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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第10話「歩みは止まらない」




「おやおや、なるほど。ついにジュールスタンにまで喧嘩を売るようになりましたか。随分と立派になられたものですね、ヴァイセンベルク」


 フェデリコが煙草を吸いながら、可笑しそうに口角を薄っすら吊った。


「うるさい、喧嘩を売ったのは私じゃない。そりゃあ気に入らないが」


「はは、でしょうね。しかし、あれの性格は手強いですよ。ワイアットとは違う、根っからの実力主義。叩きのめしたくらいで考え変わりませんよ」


 よくもまあ上司をそこまで言えるものだと苦笑いで流す。他の魔導師が聞けば開いた口も塞がらない言葉だが、フェデリコの実力を認めているヨナスは彼が冗談であろうと本気であろうと、大して気にも留めない。必要なのは現場の流れを乱さない事。出来の良い性格でも腕がなければ徹底して嫌う男だ。


「分かり合えるとは思ってないよ。ただ、阿修羅はウィリーに何か見せたいんだと思う。それを見届けに来てやったんだ」


「……そうですか。だから観客が多いんですかね、本当に困ったなぁ」


 地下訓練場で決闘が行われると知り、応援には大勢駆けつけた。目の前にいたアデルハイトやミトラ、ウィリーはもちろん、特別指導員のルシルやヘルメス寮からはシェリアに左舷と右舷。事情を聴いてカイラとマチルダも応援にやってきた。


 これから決闘をしようというときに、ヨナスも少し気が抜ける。


「まるで子供のお遊戯会だな」


「ならルールでも変えてやろうかの、小僧」


「……小僧とは随分な言い方をする」


「なあに。その首、落とすのは惜しかろ?」


 阿修羅は首をすうっと親指でなぞって、きひっ、と高い笑い声をあげる。寮で見たときとは違う、大きな体をした姿には少し驚かされた。


「どっちが正しいお前の姿なのだね」


「どちらでもない。わちきに年齢の概念はないゆえな」


 肩に金棒を担ぎ、招くように指を動かす。


「掛かってこい。わちきが遊んでやる。掠り傷でも付けられたら、この決闘の勝者はぬしに譲ってやろう。その代わり、わちきが無傷でぬしの前に立ったときは死を覚悟せよ。────この六天魔阿修羅に喧嘩を売った事を後悔させてやる」


 ヨナスが手を構えると指輪に嵌められた赤い宝石がきらっと輝く。


「良いだろう。それが一介の魔導師であったならば即座に事も済んだかもしれないが……ジュールスタン公爵家は長きにおいて王国の守護にあたってきた魔導師の家門。後悔するのはそちらだ、六天魔阿修羅」


 赤い魔法陣から火球が放たれる。人間一人を呑み込むくらいはできる巨大な火球が阿修羅に迫る。掠り傷でも十分なところを威力をわざと高めて、相手が死んでも構わない、自分もその覚悟で臨むのだからと放った。


 しかし、予想外な出来事がおきた。阿修羅は躱すどころか、正面に向かって歩き出したのだ。悠然と我が道を往くように。


「(炎の魔法でもそれなりに魔力を込めたものだ。そこいらの魔物ならば直撃と同時に爆炎で消し炭になる威力だが……何か策でもあるのか?)」


 怪しむヨナスだったが、すぐに策など必要なかったと思い知る。阿修羅は肩に担いだ金棒に頼る事すらせずに真正面から火球を喰らって爆炎に包まれた。何も知らないルシルは「なんて事! 早く助けないと!」と慌てて飛び出そうとしたが、左舷と右舷が前に立ちはだかった。


「まだっすよ、せんせえ。見てな、アタシらの姐様を」


「ウチらの姐様はあんなもんじゃ勝てる相手じゃない」


 ハッとする。煙の中を阿修羅はけろりとした様子でまだ歩き続けた。しかも、その肌には傷ひとつ付いていない。衣服も汚れさえしなかった。ある種異様とも取れる光景の中、阿修羅が歩いてくる姿に、ヨナスは僅かな恐怖を抱く。


 大魔導師の中でヨナスはワイアットと肩を並べてきた賢者に近い大魔導師だ。現場に出なくなって久しくとも、腕は鈍っていない。数多くの魔物に対する知識も豊富で、どの程度の大きさの魔物が、どの程度の頑丈さを持つのか。空は飛べるのか、地中には潜るのか。素早いのか鈍いのか、あらゆる経験と知識のパターンの組み合わせで瞬時に看破して対処してきた。だが阿修羅は話が違った。


 鬼人の特徴として、肉体的にはより優れた背丈の成人男性に比べても遥かに高く、それに見合った体格を持つ。身体能力は特筆すべき点ではあるが、その耐久性能は自らを強化しても人間に寄ったものと考えた。


 想定を超えたのではない。そもそも、想定など不可能だ。鬼人たちの中でも阿修羅は異常とも言える突出した頑丈な肉体を持ち、そのうえで妖力によって身体能力を大幅に上昇させている。加えて全身に薄い膜のように妖力の結界を張っているため、それさえも打ち破ってダメージを与える事自体が至難の業。初見で突破するには阿修羅に並ぶか、それ以上の実力を持っていなければ無理難題とも言える。


「見よ、ウィリー・ジュールスタン。ぬしの親父はこの程度じゃ。わちきに掠り傷ひとつも与えられぬ。どこにでもいる魔導師ではないか」


「虚仮にしてくれる……。これならどうだ!?」


 握り潰すような仕草をすると、訓練場の地面が形を変えて巨大な手が阿修羅を掴む。限界まで魔力を込め────先に砕けたのは手のほうだった。


「気は済んだかえ、ヨナス。言った通り、わちきは無傷でぬしの前に立った。────そろそろ死んでみるかのう、童よ」

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