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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第8話「ニブい奴」

 ひとまずミトラに言伝を任せた後、アデルハイトと阿修羅は滅多と足を運ぶ事のないメギストス寮を訪ねた。ヘルメス寮よりも大きいが、その分だけ収容人数も多く六十人となっており、決して快適とは言えそうもない。


 庭先で仲の良いグループごとにたむろしていた生徒たちが、ヘルメス寮からやってきたアデルハイトと阿修羅を見て大騒ぎする。物珍しさもそうだが、帝都制圧作戦において多大な功績を挙げた学園の魔法使いとして有名人になっており、憧れを抱く生徒が隠れてファンクラブを設立している事を本人たちは知らない。


「ええい退け退け、ぬしらの相手をするために来たんじゃないんでのう」


「すまないが通してくれ。ウィリーの見舞いに来ただけだから……」


 初めての経験にどっと疲れさせられ、寮長にウィリーの部屋まで案内してもらう頃には二人共げんなりした。二度と来ない、と誓うほどに。


「こちらがジュールスタンくんのお部屋です。お邪魔になりませんように寮長として寮生たちには注意しておきますので……すみません、ハハハ」


みいはあ(・・・・)な連中じゃな。どうせすぐに飽きるくせに」


 寮長が返す言葉もない、と苦笑いを浮かべて軽い会釈をしてから去っていく。扉の向こう側は静かなものでウィリーがいるのかも分からないほど気配も感じない。随分とまた落ち込んでいるらしい、とアデルハイトと阿修羅が目を合わせた。


「おい、ウィリー。見舞いに来てやったぞ。入ってもいいか?」


 沈黙が流れる。しばらくすると『帰ってくれ』と扉の前から聞こえてくる。弱々しい声が、もううんざりだと言わんばかりに告げた。


『合わせる顔がないよ。お前らには……助けてもらって、こんな事言うのは嫌だけどさ……。もうほっといてくれ。悔しいんだ、俺。好きな人の役にも立てないどころか迷惑しか掛けられなくて』


 また静かになる。もう言葉が返って来ることはなく、よほど心身が傷付いているのだなとアデルハイトが肩を竦める。


「帰ろう、阿修羅。無理に呼びかけても────」


 諦めようとするアデルハイトの横で、阿修羅は遠慮もなしに扉を蹴破った。むすっとした表情で、驚くふたりを他所に堂々と部屋に押し入る。すっかり散らかった部屋はいつからそうなっているのか、まるで廃墟のようだった。


「ったく。ぬしは何を複雑に考えておるのか、バカバカしい。大魔導師でさえ複数人もいて手こずるような戦場で何が出来たと言うんじゃ、おのれは」


「……俺、俺の気持ちなんか分かりっこねえよ、あんたに!」


 投げつけた枕を阿修羅は容赦なく手で叩き落とす。


「分かるかよ、ぬしほど弱くもないんでの」


「っ……そりゃ俺だって、ただ弱いだけならいいけどさ……」


 毛布に包まってベッドに横たわり、うんざりな目でポツポツ話す。


「あのとき俺はなんにもできなかった。初めての経験にびびっちゃって腰抜かして。なのに、俺と同じ境遇の女子は微塵も恐怖なんて感じてなかった」


 同じように捕まって船に乗せられていたカイラやローズマリーは船がローマンに沈められ、阿修羅に救われて、その後に帝国の人々を前にして怪我人はいないかをチェックし始めて、肉体的、精神的に不安定になった者の治療に当たった。


 戦場ではシェリアやマチルダが必死になって戦い、生き残って大魔導師たちに称えられるほどに成長していた。魔導師を目指す者たちが絶望的な現状とも向き合って戦う姿に、自分は何をしているのだろうと打ちのめされた。


 公爵令息というだけで、結局、家名を継ぐのは兄だ。自分は適当に生きていればいい。そうしていれば魔導師として大成はせずとも安泰だと、本気で考えていた。帝都へ連れて行かれて、船が沈められるまでは。


「……俺、自分が情けないよ。公爵家の人間ってだけでふんぞり返ってたのが、本当に馬鹿だったって思う。命を救われる立場になってやっと分かったんだ」


 魔導師は決して楽な職業ではない。デスクに向かって書類と睨めっこするよりも、大魔導師が中心となって調査隊を編成される事も多い。おのずと危険な地域へ踏み入る事も増える。そのとき、自分のような臆病者など誰が守ってくれるだろう。権力を盾にして従ってくれる学生とはわけが違う。


 突然に自分の命を奪おうという相手と対したとき、何もできなければ仲間を死なせるどころか自分の身さえ守るのも危ういのだ。命懸けで戦い、救助さえしてみせた阿修羅たちに散々偉そうにしておいて、合わせる顔がなかった。


「なんじゃ、情けないのう。男のくせにそんな事でめそめそしておったのか。それで見舞いも断るなど無礼千万。よくもまあ好いた女の前で女々しい事を」


 黙って聞いていたアデルハイトがピクッと動き、興味津々な目をする。


「ウィリーに好きな女がいるのか、ちょっと聞かせてもらっても」


「いや、あの俺は……その……!」


 慌てるウィリーの方に腕を回した阿修羅が、頬を指でつっつく。


「なんとも愛い奴よ。しかし隠してはおれぬぞ? 好きなら好きと言わねば相手に伝わるまい。今日ここで勝負しておかねば誰ぞに取られても良いのかえ」


「違うんだ。違うんだよ、阿修羅! 実は……その……!」


 言うべきか言うまいかと悩み、顔を真っ赤にしてウィリーは叫んだ。


「他にす、好きな人ができたんだ。帝都で会った、名前も知らない女の人を……」


「はあ? なんじゃ、わちきはそんな話は聞いとらんが?」


 阿修羅はてっきりウィリーがアデルハイトを好きだと思って背中を押すつもりでいたが、どうにも雲行きが怪しいとなって続きを促すように頬を摘まむ。


「いだだだだ……! いや、実は、船が沈む時に助けてくれた人が、名前は分からないんだけど、阿修羅にすごく似たデッカい女の人がいて……!」


 びたっ、と時間が止まったかの如く阿修羅が動かなくなる。アデルハイトもぽかんとしてしまい、それからささっと背中を向けて震えながら壁を叩く。


「おい、何を(わろ)うとるんじゃ。なあおい」


「いや……だって、くくっ……フフフ……そうか、言ってなかったもんな。仕方ない仕方ない。いや……ぷっ……くくくっ……!」


 ウィリーは状況を理解できないものの、奇妙な反応から阿修羅に説明を求めようと振り向くと、ほんの僅かに照れた顔で視線を逸らされる。


「あれ……。なに、どういう事?」


 戸惑うウィリーの傍で阿修羅は普段の姿に戻り、大きな手を頭に置く。


「ニブい奴じゃのう……。ぬしが見たソイツはわちきじゃ、馬鹿者」

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