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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第6話「派閥争い」

 魔将の星と呼ばれるようになったのは、そう昔ではない。ミトラが最強の魔族として君臨したのは五年前である。魔界が封印された直後、ミトラ・ラランはあらゆる魔族、魔物を統べる星となった。


 それまでは魔将と呼ばれる魔族数名がそれぞれ勢力を抱いた。中立派のメルカルト・チュータテス。過激派のエースバルト・イスクル。穏健派のローマン・ガルガリン。それぞれが人間に対して異なる感情を抱いており、互いの目的のために牽制しあっている。特に穏健派は人間を嫌う者も多いが認めるべき部分は認めるという考え方であり、過激派とはあまり相容れない。


 では中立派どうなのか。問われればミトラは彼らを『狡賢い』と評価する。派閥として、過激派にも穏健派にもつかない中立派は魔界さえ自分たちのものであると豪語し、管理者を気取ってミトラに取り入ろうとする。そんな事が見抜けないほど馬鹿でもない、と当人はうんざりしたように溜息を吐いた。


「オレは誰よりも強い。だが力でねじ伏せるだけじゃ魔界は変わらねえ。だからメルカルトはオレを人間の世界に送ったんだと思う。結局、魔族同士がぶつかり合うときは殺し合いだ。アイツはそれで過激派を取り込みたいんだろう」


 人類を破滅させたうえで魔界を統べるための力を得る。ただでさえ力の強い魔族が結託するという事は、いくら最強の魔族であるミトラでも手に負えなくなる可能性が高い。そうなったとき、自分の望みが叶わないどころでは済まない。何もかもが壊れていく危機感に苛まれていた。


「つまり、その中立派の大きな狙いは過激派を取り込んで勢力を拡大しながら、お前を引きずり下ろす事……。それで人間界に来るのは最善だったのか?」


「気持ちは分かるよ。オレが人間に味方して、あまつさえ武力で解決すれば連中はそら見た事かと湧いて、説得力の欠片もない身勝手な魔族だと敵視する。でもだからといって、よく知らないままお前らの味方は出来ない」


 自分の目で確かめて、自分で答えを出す。そのためにミトラはやってきた。メルカルトの勧めが決して良いものではないと知りながら。


「ならリリオラが来ているのは?」


「アイツは人間に対して友好的だから。で、もうひとつサプライズが」


 窓の外を指差す。ルシルが準備運動をやめて明るく誰かに手を振った。門を開けて入って来たのは、いかにもな老紳士風の男。たっぷり蓄えた口髭を自慢にさすり、窓の向こうにある視線に気付くと小さく手を挙げて柔らかな笑顔を見せた。


「いやいやいやいやいや! アイツは何をしているんだ!?」


「そりゃあ保護者だよ。オレとかリリオラの監督役とか言ってるけど、ありゃ自分が楽しみたいだけだ。ほら行こうぜ、アイツも話したそうだから」


 少なくとも敵意は感じない。ミトラも万が一に暴れようものなら絶対に止めると先に言ってくれたので、仕方なく嫌々な気持ちで外へ出る。


「よう、ローマン。遅かったじゃねえか」


「すまない。入学式の後で少し立て込んでしまって」


「気にしてねえよ。それより……」


 明らかな敵意で迎えたアデルハイトに、ローマンが視線を逸らして溜息を吐く。


「やれやれ、手厳しいね。歓迎されないというのは辛いものだ」


「思ってもない事を吐くな。お前は────」


 ぐいっ、とローブを引っ張られてきゅっと軽く首が締まる。げほっと咳き込んで後ろを振り返れば、真剣な目でルシルが「こら、ダメでしょう。言葉遣いは正しくしなさい」とアデルハイトを叱った。当然、ルシルの目にはローマンはただの保護者に映っている。指導するのが教員としての役目だ。


「お気遣いなく、マドモアゼル。子供はこれくらい元気な方が良い」


「いやあ、しかしこれは基本的な常識ですから。私にため口を使うのは許しても、他の方に対して失礼な態度を取ってはいけないと教えるのが大切なのですよ」


 意外にもぐいぐい来られて、ローマンも少し動揺する。手を出せないからとはいえ、人間に詰め寄られるのは初めての経験だった。


「それは失敬。ご指導のお邪魔をしましたな。……ですが、それは私も同じ事です。アデルハイトとは長い付き合いですから、どうぞご心配なく」


「そうなんですか、アデルハイトちゃん?」


 助け舟を出されるのも嫌な気分だったが、口先を尖らせて渋々頷く。


「というわけだ、マドモアゼル。身内の大切な話もあるので、ご迷惑をお掛けするがしばらく席を外してはいただけないだろうか」


「そういう事でしたら構いません。では後ほど中でお話し致しましょう。アデルハイト、用が済んだらローマンさんを応接室へ案内してあげてください」


 頷いて答える。ルシルが寮の中へ入っていくのを見届けてから、がっくりと疲れが肩に乗っかるのを感じた。


「くそっ、なんなんだ。お前は私たちを下等生物と見下しているんでは?」


「戦いにおいてはね。だが君たちの認めるべきところは認めているつもりだ」


 ごほん、とローマンは強めに咳払いをして話を変える。


「大事なのはそんな事ではない。君たちに伝えるべき事があって、私もこうして足を運んだというわけだ。メルカルトの目を欺くのも楽ではない」


「メルカルトと言うと……ロード代理とやらとは仲が悪いのか」


 どうだか、とローマンは肩を竦めた。


「あれは狡猾な奴だ。お喋りはしても心を許していい相手ではない。ま、だからこそ私がわざわざここへ来たのだがね。それで大切な話というのが、」


 人差し指で髭をふわっと撫でて、ミトラに僅かな視線を向けて────。


「我々穏健派は魔界の安寧と存続のため君たち人類の味方をする。たとえミトラがどちら側につく事になったとしてもな」

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