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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第5話「魔将の星」




 波乱の幕開け────かと思いきや、魔法学園は思いのほか平和だった。いつもと変わらずヘルメス寮では稽古が続き、少し空気が変わったのは、二年になってしばらく経った頃、とうとう学科の選択をする事になったからだ。


 剣術科を選択した生徒はヘルメス寮に在籍していても新たに剣術科の寮へ移ることになっており、エドワードとローズマリーが退寮する。これまでとはがらりと変わった空気がヘルメス寮を満たす。


「……寂しくなるね、ボクたちの寮も雰囲気が変わったって感じ」


「お前何も気付いてないのか。結構どうかと思うが、この寮の現状」


 ルシルはともかくとして、寮にいるのは阿修羅と左舷、右舷の鬼人たち。それから魔族であるリリオラとミトラだ。純粋な人間の生徒などアデルハイトとシェリア以外にはおらず、まして授業を受けるだけ無意味に等しい顔ばかり。身分を偽っての在籍には、自身も含めていかがなものなのかとアデルハイトはひどく呆れた。


 そのうえ問題なのが────関係がまるで良好ではない事だ。


「おい、てめえら寮の中を走るんじゃないわいのう! 左舷、右舷!」


「えーっ! 誰もいないんだからいいじゃないっすか、姐様!」


「そうそう、ウチらこんなチビな体になって走り回るの久しぶりなんですよ!」


 幼い子供のような左舷と右舷にルールを教えようとする阿修羅だが、どうにも甘やかしてしまって強く怒らないので、やんちゃぶりは留まるところを知らない。アデルハイトが再三注意を促してもあまり変わらなかった。


「あら~、阿修羅ちゃんってばプリン食べてないじゃない。アタシ貰っていい? いいわよね、ありがとう! ん~、おいし!」


「おいふざけんじゃねえ、わちきが大事にとっておいたぷりんが……!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ食堂の中が、まるで保育所だとアデルハイトもシェリアも苦笑いを浮かべる。前の方が静かで良かったな、とぼやきそうだった。


「なァなァ、アデルハイト。オレのジュース知らねぇ?」


「さっきリリオラが飲んでたぞ」


「あのやろ……だーからアイツと一緒は嫌だって言ったんだよもう!」


「私も今はそう思うよ。あんなに騒がしい奴らだとは」


 付き合ってもいられない、と自分のデザートに手を伸ばす。


「ん。シェリア、私のプリン知らないか」


「え? 知らないよ?」


「そうか。その口の端についてるのは……」


「あっ、プリンだね。へへっ……」


「お前の手にあるものは」


「うん?……プリンだねぇ」


「では、そのプレートに乗った空の容器は?」


「……プリンの容器、だね」


 シェリアがとても恥ずかしそうにぷるぷる震えていた。


「ごめんなんで食べちゃったんだろ……あれ、変だな。話してたらつい」


「はあ……。なんでこうも……」


 大して執着もないし残念とも思わなかった。ただ、もう疲れてしまったと魔力制御の稽古にでも戻ろうと先に食堂を後にする。窓の外にはルシルが準備運動をしているのを見て、あれが理想的な風景だな、と遠い世界のように感じた。


「ところでミトラ、私についてくるのはいいが稽古するのか?」


「ん。してもいいなとは思ってるよ」


「リリオラを見る限り、お前も相当に強いんだろう。必要なさそうだが」


「オレたちはそれぞれ違う能力を持ってるだけだからな」


 同じように外で魔力制御の稽古をするルシルを見て、ミトラは言った。


「魔法使いが魔法を使うように、オレたち魔族や魔物ってのは能力を持ってる。リリオラなら大鎌で斬った相手を魔力の炎で焼き尽くす。単純に切れ味も抜群だから、抵抗できる奴はそういない。だから魔法に頼る必要がなかった」


「それじゃあ、今は魔法を学ぶに足る理由が見つかったと」


 ミトラは強めに頷いて、少し暗い表情を浮かべた。


「今の魔界はお互いが生きるために喰らい合う。ってのも環境が悪すぎるからだ。人間のせいとか責める前に、あの植物もまともに育たない大地をなんとかしてぇんだ。そうすりゃ同族同士で食い殺し合う事も減るかなってよ」


 最初は人間の世界などどうでもよかった。資源が豊富ならば奪っても良いと思った。そもそもどういった世界かは知らず、人間は知性的だが本質は野蛮で非常に厄介な生物だと聞いていた。だから言われたとおりにリリオラの付き添いくらいの感覚で足を運んでみると、意外にも友好的だった。魔族と知っているのに。


 だから興味が湧いた。どうやって人間が生活し、どうやって繁栄を重ねてきたのか。そこにある単純な理屈がなんとも恨めしいとさえ思った。彼らにはあって、何故我々にはないのか。何故その技術を自分たちだけのものにするのか。


 そんなものが我が侭だと気付くのに、三日も要らなかった。


「オレたちは荒んだ世界で生きてる。だから精神は擦り減って本能に縋って生きる方がマシだと奪い合う。だからここで学んだものを持って帰って、連中を納得させればきっと変わると思うんだ。今は複雑な勢力図があるけど」


「勢力図……。お前たちも結託しているばかりではないんだな」


 悲しそうにミトラが首を横に振った。


「みんなで仲良く結託できてればどんなにいい事だったか。だけどアイツは色んな奴と手を組んで、魔界を牛耳ろうとしてる。そのためにオレを追い出したんだ」


「アイツっていうのは?」


 思い出すだけでうんざりする。もしくは嫌いだとはっきり言えるほど、あの憎たらしい作り笑いが頭にくる、とミトラは険しい表情になった。


「メルカルト・チュータテス。魔将を統べる星、ロードの代理だよ」


「……ロード。それが最も強い者の称号というわけか。だが代理という事は本来のロード、つまり魔将の星とやらが存在……して……?」


 これまでの話を頭の中で纏めていくうちに、アデルハイトが驚愕の眼差しをミトラに向ける。まさか、と考えたのを見抜いたようにミトラはニヤッと笑う。


「ああ、そうさ。────オレが魔将の星(シバルバー・ロード)だ」

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