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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第4話「愉快な仲間」

 全員が驚いて石のように固まってしまった。理解はできても受け入れるのに時間が掛かった。しかし、落ち着いている間はない。騒がしい声が聞こえてきて、徐々に近づいてくる方へ視線を向けると確かにリリオラがいた。先頭に立っていた。堂々と学園の制服に身を包み、大きな双翼は隠して。


「居た居た────っ! 久しぶりね、仔猫ちゃんたち!」


 たたっ、と小走りに大きく手を振って駆けてきたリリオラが、アデルハイトたちの警戒する雰囲気に気付いてびたっと足を止めた。


「あっ、そっか。事情も説明してないのに、いきなり仲良くしようだなんてせっついても嫌よね。ごめんごめん、アタシったら馬鹿だなぁ!」


「そうだよ。てめえは馬鹿だよ、ぶりっ子」


 一歩後ろについてきていた少女がじと目でリリオラに冷たくする。ようやく整理がついてきたアデルハイトが、軽く深呼吸してから尋ねた。


「久しぶりだな。そっちのは?」


 目つきの悪い少女が真っ赤なウルフヘアをふいっと揺らす。


「ミトラ・ララン。……人目が多いから早く中に案内してくれよ」


「そうか。私はアデルハイトだ、握手くらいはしよう」


 にこやかに差し出された手を物珍しそうにジッと見つめる。リリオラが肘で小突いて「人間がやる挨拶のひとつよ。ほら、握手!」と催促して、やっと握り返す。ミトラは視線を逸らして恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「よ、よろしくな、人間────じゃなかった。アデルハイト」


「ああ。それじゃあ中に入ろうか、皆を案内しないと」


 これまでは三年が案内を担当するのが当たり前だったが、今年は不在なので二年が担当する。ヘルメス寮の特色として庭に広い稽古場がある事と、寮は少人数で利用するには邸宅のように大きく、他の寮とそん色ない。部屋の数は入れる生徒の数よりやや過分に用意され、娯楽室などもあるがエドワード以外はあまり使わない。冬場には暖炉を焚くので阿修羅が入り浸ってソファで寝ている光景がよくある。


「三年もいないから、部屋は空いているところを好きに選んで────」


「いぇーい、ウチら一緒の部屋にしよーね紅ちゃん!」


「アタシはどこでもいっすよ! 二人一緒じゃなきゃ嫌っすけど!」


 どたどたと走って話も最後まで聞かずに部屋を選びに行くのをぽかんと皆が見つめる中、阿修羅が引き攣った笑顔で「あいすまぬ」とひと言謝った。


 左舷と右舷は出会いこそ荒々しいものの、阿修羅の前に姉妹の契りを交わすほど心が密接に繋がっている。起きるときから寝るときまで常に一緒じゃないと、よほどの理由がない限りは絶対に嫌なのである。


「こほん。まあ良いじゃないか、元気なのは……あれ、リリオラは?」


「アデルハイト、リリオラがボクの部屋に」


「なんでお前の部屋にいるんだ。そしてなんで奴は荷物を広げてるんだ」


 シェリアの部屋の中をウロウロして、トランクをそっと置くと窓辺に立って日当たりの良さにウンウン頷くリリオラがいる。何をしているのかと思えば、振り返ってバチッとウインクをかまし────。


「アタシもここがいいわ! 一緒の部屋でも平気よね!」


「駄目だよ! アデルハイトならまだしも!」


「なんでアデルは良くてアタシは駄目なのよ? こんなに可愛いアイドルでも?」


「そりゃ君も可愛いけど……そうじゃなくって!」


「いいじゃないの、友達になりましょ! 親友とか良くない?」


 揉めている二人をよそに、ふとアデルハイトが他の面子を振り返ると、今度はミトラがいない。慌ただしい空気から逃げ出すように空いた部屋の扉が開いているのでのぞきこんでみると、部屋の真ん中にポツンとミトラが立っていた。


「何をしてるんだ?」


 リリオラの仲間であれば間違いなく魔族だが、そのわりには敵意も興味も感じない。雰囲気的にはどっちつかずだ。友好的な関係を築ければいがみ合う事もなくなるだろうとほんの僅かな期待を寄せてみる。


「人間の世界ってのは綺麗だ。此処が欲しくなった」


「……それはどういう意味で」


「オレには居場所がない。誰もオレを仲間とは思ってくれてない」


 ミトラが寂しそうな目をする。


「魔界はいつだって弱肉強食。オレを喰らおうとする奴がいれば、オレに喰われた連中もいる。でも此処じゃあ、わざわざ喰らい合う事を考えなくていいだろ」


「リリオラは優しいじゃないか。あいつは仲間じゃないのか」


 魔族にしては誰よりも友好的に見える、最も人間に近い雰囲気を持つリリオラだが、それでもミトラにとっては違っていた。


「アイツはオレを恐れてる。仲良くなろうとはしてくれるけど、いつもどっか顔色を窺ってる。だけどお前は違ったろ。最初っから笑いかけてくれた」


「人間の殆どはそういう感じだよ。言い方は悪いが魔族とは少々違う」


 うん、と頷いてミトラはくすっと笑う。


「いいね。オレの部屋はここにする。人間の事をもっとよく知る良い機会だと思って出てきたんだが、まあ今のところ悪くねえ」


「気に入ってもらえたなら嬉しいよ。だがなぜ学園に……」


 なにも人間を知るだけならアデルハイトたちと関わる理由はない。もっと多くを見て回る事も出来ただろうと言われると、ミトラは少しだけ考えて────。


「ま、いいんじゃねえの。リリオラがお前らを気に入ってるから」


「そういうものか……。それもいいかもな」

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