第3話「見慣れた後輩」
帝都での撤退戦において殿を務めたワイアットの行方は誰も知らない。ドクター・ゴーヴの独断による聖都への強襲が原因であり、その後の報告は殆どなかった。皇帝でありながら見下していたネヴァンに報告を怠ったのは別として、彼の立場から他者への報告義務がおよそなかった事も問題だった。
そのため聖都および王都の強襲において、敵をせん滅したのか、捕縛したのかという報告書が欠けていて存在しないため、誰も分からない状態だった。調査隊が派遣された際にも『死亡を確認』とされていたが、当時の現場があまりにも凄惨な状態だったので、臆病風に吹かれて自分たちの命を最優先にして具体的な調査を怠ったと軍内部では批判の的となっている。
「今はジュールスタン公爵様が捜索の舵取りをされているそうです。公になると問題なので、とか。ですが当事者の皆様にくらいは伝えてもいいでしょう」
「そうだったのか……。では、まだ生きている可能性が」
「もちろんです。あの人はそう簡単に死ぬ人ではありません!」
明るく陽気な振る舞いは、本当と嘘が半々に混ざり合ったものだ。たまらなく不安なのにそれを見せまいとしているのと、戻って来たときにワイアットが申し訳なく思わないように明るく迎えてやるのだという決意が込められている。
「実際、見つかったのもあの人が普段使いしている眼鏡と杖だけが見つかっていて、それ以外の痕跡は何もないんだとか。当時は吹雪いていたそうですから、もしかしたら怪我をしてどこかに逃げ延びているかも」
「ああ、きっとそうだろう。早く帰って来るといいな」
アデルハイトが寂しそうにするのをルシルはまた優しく頭を撫でる。
「湿っぽい話をしてすみませんね。あなたにも辛い思いをさせました。さあ、気を取り直して、皆さんに朗報もありますよ。なんと、この後すぐにヘルメス寮へ入ってくる新しい子がやってきます!」
そう。毎年入ってくる成績優秀者の上位五名がヘルメス寮での生活を許される。アデルハイトたちの新たな仲間、もとい後輩たちがやってくるのだ。────ただし、その人数は減っていた。
「でも、残念ですよね。今年はヘルメス寮には四名しか入れないんだとか」
「……四名だけ? 残りの一人は?」
「それなんですけど、そもそも大魔導師になれる素質がある事が前提でして。しかも今回はかなり特殊な人材らしくて、王国出身がいないそうで」
今年は新たにメギストス寮、トリス寮ともに増築して新入生を多く迎えた。というのも帝国軍の襲撃があった事で軍隊所属の魔導師を大勢失い、その補填として新たな人員の育成を加速させる必要に迫られたからだ。
しかし残念ながら今年度、大魔導師として才能を開花されると検査で判明した魔法使いは、これまでの五名に初めて満たない事態となっていた。
「あ。そのうちの二人が来たみたいですよ。さっきもお会いしたんですけど活発な感じで、好印象です。肌の色で少し目立ちますが、私たちと何ら変わらないので仲良くしてあげてくださいね。差別、ダメ絶対!」
そう言って前もって注意を促したものの、やってきた二人を全員がよく知っていたので、特に気にする事もなく、驚きさえしなかった。
「姐様だけズルいっすよ、アタシらは国に帰って忙しかったのに」
「おーっす、皆の衆! ウチらもようやくの入学ってね!」
すっかり見慣れた顔。左舷と右舷が遅れての入学。文化交流という名目での編入があった阿修羅もまた、アデルハイトと共に軍への呼び出しが多かったので、その際にヨナスに『ぜひともわちきの可愛い妹たちを』と頼んでいた。
当然、帝都鎮圧において彼女ほど戦果を挙げたのはアデルハイトとアンニッキしかおらず、褒賞は然るべき対応と考えて許可を出した。だが時期が時期だったので、それならばせっかくだから春先にしてはどうかと提案を受け、快諾したのもあって再会が些か遅れる形となった。
「わあ~、左舷さんと右舷さん!」
「お久しぶりですわね。帝都でお会いした以来ですか?」
「帝都じゃ世話んなったな」
シェリアたちは嬉しそうに迎え入れたが、阿修羅はアデルハイトの後ろにサッと隠れてしまった。じろりと睨むように見て「ほんとに来よったな。遠慮を知らぬのか」と、嫌そうだ。
「なんでっすか、姐様……!? まさか入学の本当の理由が交流とかそんなのじゃなくてアデルハイトと一緒にいたいからだからっすか!?」
「人の心を溝にでも捨ててきたんか」
あまりに包んだ物言いを知らない妹分の言葉に阿修羅は頽れてしまった。事実、エルハルトの遺した忘れ形見であるのは、ディアミドだけでなく阿修羅にとってもそうだ。せっかく会えたのに傍を離れるのが惜しかった。
「ハハ、なぁんだ。皆様は最初から仲がよろしいのですね」
ひとまず安心したルシルに、アデルハイトも嬉しそうに答えた。
「わりと見知った仲なんだ。色々と共に苦境も乗り越えてきた」
「そうなんですねえ……。ふふ、良かった」
「ところで、残りの二人には会ってないのか?」
ルシルは首を横に振って肩を竦めた。
「人集りが出来ちゃってて見えなかったんですよ。すごい可愛い子らしいんです、二人共。ひとりは自分をアイドルだって言ってて、皆と握手して回ってるとか。名前はなんでしたっけ……そう、思い出しました。リリオラ・カマシュトリちゃんです」




