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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第2話「また会えると信じて」

 軍人のフリーマンと聞いて、全員が目を丸くする。まさか自己紹介の仕方でも間違ってしまったのだろうか、とルシルが慌てて頭を下げた。


「す、すみません、お堅い挨拶でした。どうにも軍にいた頃の感覚が抜けてなくて。えっと、えっと……! あ、あの、ワイアット・フリーマンの妻と言えばもう少し親しくして頂けますか……?」


 一見はクールな印象だが、実のところ慌ただしいルシルの姿には気が緩む。最初に前に出て嬉しそうに迎えたのがシェリアだった。


「わあ、やっぱりワイアットさんの奥さんだったんだ! ねえねえ、子供産まれたんですよね!? おめでとうございます、今日は……いないんですか」


「あ、えっと。うん、いないんです。連れてきてもよろしいのですか?」


 興味津々なシェリアに尋ねると、目をきらきら輝かせながら。


「もちろんですよ! ボク、ちっちゃい子とか好きで!」


「フフ、でしたら今度連れてきてあげます。あ、皆さんの事はワイアットから聞いてますよ。あなたはシェリアちゃんですよね、とても優秀で明るい子だと」


 ぽんぽんと頭を撫でられて照れるシェリアをにこやかに見て、それから後ろにいる他の面々の名前も呼んだ。


「エドワード君に、ローズマリーちゃん。そっちは新しく入ったばかりの阿修羅ちゃんですよね。何度か会った事があると聞いてます。カイラちゃんに会えなかったのは残念ですね……。それから────」


 視線の先に映る少女に、嬉しさと悲しさが入り混じった複雑な感情が浮かぶ。この子が、と思いながら屈んで視線を合わせた。


「アデルハイトちゃんはお久しぶりですね。ワイアットが出立した翌日に顔を出してくれたきりではありませんか?」


「ハハ。すまない、落ち着いたら会いに行くつもりだったのに。まさかあなたが新任される事になったとは驚いたよ。ヨナスは具体的な話を避けてたから」


 帝都から戻ってきて素直に学業へ戻れたわけではない。今回の一件で、アデルハイトとシェリア、マチルダの三人は学生の身でありながら軍人として従事しただけでなく、多大な戦果を挙げたとして功績を認められて名誉ある称号の授与があった。特にアデルハイトは他の魔導師の証言もあって、皇帝ネヴァンから直接の同盟締結についての提言を受けたとして、その子供らしくない能力の高さのおかげで──正体を隠してるのもあるが──頻繁に会議への出席を求められた。


 それも『アデルハイトを交渉の席に着かせる事』というのが帝国側からの条件だったからである。無条件での同盟締結のはずが、帝国内でネヴァンの新たな側近に就いたギルダから、面子というものがあるのだから体裁的に交渉の形を取って綺麗な落としどころを作るべきだと提案があった。


 先んじて事情を伝えられていたアデルハイトは、それからというもの仕方なく何度も長時間の拘束に甘んじるほかなく、いつも学業を終えてから夜遅くまで掛かるので無暗にルシルを訪ねるわけにも行かず先延ばしになっていた。


「いいんですよう、忙しいのは存じてますし。貴女の事は司令部で有名ですよ。学園の生徒でありながら帝都の制圧戦ではほぼ単独で数千の兵を食い止めたとか、そりゃあもう武勇伝がいくらでも」


「……誰かが話盛ってるなぁ。別にそこまでやってないが」


 帝都の兵士の数はすさまじいものだった。右を見ても左を見ても、群れを成して襲ってきたのは事実だ。しかし、わざわざその全てをいちいち相手にした覚えはない。アデルハイトの記憶では帝都の制圧は殆どアンニッキや阿修羅たちによるところが大きく、自分はさっさと城砦に入ったのだから。


「とにかく、これから皆様とはしばらくの付き合いになります。ワイアットの教え子たちがどんな子か見ておきたくて無理を言ってジュールスタン公爵に取り合ってもらったのです。これでも大魔導師の端くれですから任せて下さい!」


 どんっと胸を張るルシルにアデルハイトは首を傾げた。


「あの可愛いらしい娘。誰かに預けてきたのか?」


「ええ、今日は軽い挨拶のつもりで母に預けています。ご心配なく、その後は皆さんの指導に携わりながら、のんびり育児でもしようかと。もちろん許可も頂いてますよ。夫が亡くなって寂しくなったと言ったら快く……」


 哀しむどころか利用しているあたりが、ワイアットの好きになりそうな奴だとアデルハイトは苦笑いしつつも、少しホッとして胸を撫でおろす。


「そうなんだな。私はてっきりその、少し恨まれているかと」


「……? どうしてあなたを恨む事があるんですか?」


 返されてアデルハイトは気まずく答えた。


「いや、ほら……。最後に会ったのは私みたいなものだから。あのとき無理にでも遠征を止めていれば、ワイアットだって死ぬ事はなかったかも……」


 俯いてしまったアデルハイトの頭をぽんぽん撫でて、ルシルは笑い飛ばす。それがいったいどうしたのだと言わんばかりに。


「どうせ止めたって行きましたよ。そういう人だから好きになったんです。それにね、アデルハイトちゃん。他の皆様も、いろいろと哀しんでおられるところに、こんな事を言うと狂ったと思われるやもしれませんけれど、」


 ルシルは言うべきか少し迷ってから、やはり言うべきだと頷いた。


「生きてると思うんです、あの人。遺体、何も見つかってませんから」 

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