第1話「新たな季節」
新学期を迎えるのと同時に卒業式がやってきた。慣れ親しんだ魔法学園の顔ぶれも大きく変わる事になり、明るかったヘルメス寮の治療魔導師志望、カイラが巣立っていく。同時に特別指導員であったアンニッキも兼ねてより計画していた娘の夢を叶えてやるための教育に専念するので卒業となった。
「フフ、今日でお別れだね。君たちとの時間はとても掛け替えのないものになったよ。命の危険に晒されたりもしたけど……まあ、それも良い思い出」
恐怖心を乗り越えて、治療魔導師としての道を歩む決意は変わらない。これまで反対していたアンニッキも『もう娘も大人になるから』と進路についてはしつこく言わなかった。軍に所属する事には、未だに気に入らなかったが。
今は荷物をまとめてヘルメス寮の門前で親子揃って、大きな鞄を片手に愛する家族のもとで再び三人で暮らす事になった。聖都とのしがらみからも解放され、エステファニアからもこれからのお詫びに家族で旅行でもどうかと聖都への招待状まで受け取った。しばらくは時間も空くので丁度良い機会だ、と。
「寂しくなる。お前には迷惑ばかり掛けてしまったな」
「そんな事ないさ、アデルハイト。私は君が来てくれてから本当に助かったんだよ。二年の子も退学して、危うく独りになるところだったんだから」
カイラを見送るために皆集まって、代表するアデルハイトの後ろでえんえんとシェリアとローズマリーが泣く。阿修羅も目に涙を浮かべ、必死で堪えていた。
「寂しくなるのう。もっとぬしと一緒に釜の飯を喰らうていられれば良かったのに。一年足らずでお別れじゃとは……!」
「あはは。でも王都で暮らしてはいるし、いつでも会えるさ。阿修羅ちゃんには助けてもらって頭があがらないよ。また遊びに来て、歓迎するから」
帝都でローマンが全ての船を一度に破壊した瞬間、阿修羅は左舷と右舷まで妖術で呼び出して、死ぬ気で救助活動を急いだ。大勢いたためにカイラたちを見つけるのに手間取り、危うく死なせるところだったが無事に救出したのだった。
「いつかわちきらの国にも招待しよう」
「ふふ、楽しみにしてる。ありがとうね」
ちんまりな阿修羅の頭を愛おしく撫でる。
「ぬああ……やめよ、照れくさい! 泣けてしまうじゃろう!」
ひしっ、と抱き着いて我慢できなくなった阿修羅まで泣き始めるとアンニッキも困ったように笑う。自分の娘が慕われているのは嬉しいが、そろそろ行かなくては次のヘルメス寮に選ばれる生徒たちが来るだろう、と。
「さ、君たち。もう下がりたまえ。名残惜しいが私たちにも時間がある。カイラもいつまでもくっついてないで行くよ」
「うん、お母さん。それじゃあ、みんなまたね!」
二度と会えないわけでもないのだが、それはそれとして学園から去っていくとヘルメス寮の看板娘とも言えたカイラがいなくなるのは寂しい。シェリアもローズマリーも、ぐずぐずに泣きながら「絶対にまた会おうね!」「お茶会に呼びますから!」と見えなくなるまで何度も呼び掛けた。
「にしてもよ。いつの間にか俺は置いていかれちまったな」
エドワードが肩を落としてシェリアを見る。自身は捕まった一方で、襲撃事件の折にシェリアは自分だけでなく傍にいた人々までも守ったのだ。入学したばかりの頃は自分がヘルメス寮の二位だったにも関わらず、ぎりぎり滑り込んだとも言えるシェリアがめきめきと頭角を現して追い抜いてしまった。残念に思うのも無理はない。まして、その師がアデルハイトであるのだから、なおさらだ。
「そうですわね……。わたくしたちは何も役に立てませんでしたから」
「だからここ最近必死になってたんだな。言ってくれれば手伝ったんだが」
「助けてもらっておいて、まだ借りを作りたくなかったんですの」
窮地を救ってもらってばかりで迷惑をかけてばかり。何かひとつでも自分たちの力でと考えたとき、エドワードとローズマリーは互いを育て合う事にした。どちらも優秀な魔導師になれる素質はある。アデルハイトもそれで十分だろうと頷く。
「それよりのう。とくべつしどういんのアンニッキがおらんようになったのであれば、また新しい奴が来るわけじゃろ。話は聞いておるのか?」
「ああ、それが……。有名な大魔導師だそうだ」
少し前にアデルハイトは軍に呼び出された。それも、あまり良好な関係とは言えないヨナス・ジュールスタン公爵からである。戦争が終わった後、その労いも兼ねて呼ばれ、『お前には驚かされた。私の意見を訂正しよう』と直々に謝罪を受けたのだ。その後に少しだけ食事を共にした際にあれこれと話を聞いていた。
「随分と腕の立つ大魔導師らしいぞ。元軍人だったが、ずっと前に結婚して退役されていたところを復帰したそうだ。生徒より先に来ると聞いてるが……」
遠くからやってくる人影に目をやる。手には地図を広げ、道に迷った様子できょろきょろと周囲を見渡す女性がいる。ショートヘアの長い前髪が片目を隠しているのが印象的で、穏やかさと凛々しさが半々の美しい顔立ちだった。
女性はぱあっと顔を明るくして、早足にアデルハイトたちの傍へ来た。
「聞きたいのですが、ここがヘルメス寮ですか?」
「ああ、その通りだ。あなたが新しい特別指導員の……」
「よかった。道を覚えるのが苦手で……。自己紹介が遅れました」
地図を折りたたむと後ろ手に、ビシッと姿勢を整えて────。
「私はルシル・フリーマンと言います。皆様の今後を支える大魔導師として、前任者のアンニッキ・エテラヴオリ様の後任としてやってまいりました」




