第12話「その目は欺けない」
ライバル。良い響き。聞いた事もない。生まれてこの方、アデルハイトにはライバルと呼べる者がいなかった。もちろん、自分に並ぶだけの強さを持った者はいたが、かといって『共に切磋琢磨する』といった仲ではない。どちらかといえば互いに気に入っているだけという雰囲気で協力する関係だった。
「まあ、わたくしの腕を以てすれば超えられない壁はありませんわ」
「ボクだって負けないよ。せっかくヘルメス寮に入れたんだから」
校舎を出ると、まだ寮に向かっていない生徒たちも多い。初日は自由に見学できるので急ぐ理由もない。どこへ行こうかと皆が話し合っている。
「わたくしたちはどうします?」
「栄えあるヘルメス寮の人間がだらしなく過ごすのか」
「む……。一理ありますわ。先に寮へ行きましょう」
誰もが憧れるヘルメス寮。気を引き締めるためにも先に足を運ぶのが最善というアデルハイトの遠回しな提案には、ローズマリーもシェリアも同意した。誰よりも努力して辿り着いた才能だけでは足りない場所なのだから、と。
しかし、そんな彼女たちの心に対して傷をつけようとする者はいる。
「ねえ、見てよ。シェリア・ジネットだわ、庶民なのにヘルメス寮ですって」
「知ってる、知ってる。貧乏なくせに学園に入りたがったとかいう」
「あれがヘルメス寮なんてありえないよな。絶対何か不正したに決まってる」
恨み節に過ぎない。多くの者が、その出身を上流階級とする血筋ばかり。機会に恵まれ、努力だって重ねてきた。だが才能があるかどうかは別の話だ。
それでもシェリアの心に重く突き刺さる言葉なのは事実で、途端に表情を曇らせて俯いてしまった。不正などしていないが、庶民であるのならば彼らにそう思われて当然だと勝手に受け入れて────。
「傲慢な連中だ、自分の才能が劣っていると信じたくないらしい。自分が大魔導師に抜擢されるなんて夢物語に浸っていたいのかもな」
わざとらしい大きな声でアデルハイトが挑発する。侮辱されたのが自分であったのなら、そうまではしなかった。しかし標的は大切な最初の友達ときた。ならば応ずるのが当然とばかりに売り言葉に買い言葉で返した。
陰口を叩いたのはメギストス寮でも上位に食い込む成績の良い生徒たちだったが、アデルハイトから言わせれば爪の先ほどの才能さえ感じない。
「なんだと、お前だって下品な孤児の生まれのくせしやがって」
「ヴィセンテ公爵が偉いから自分も偉いと勘違いしてるんじゃないの?」
話していた三人のうち、二人が強気に反応する。待っていましたとばかりにアデルハイトが指差して真っすぐ振り下ろすと、彼らは地面に叩き伏せられた。何が起きたのか周囲どころか喰らった本人たちでさえ理解できていない。
「教えておいてやろう、少なくともお前たちよりは偉い。僻むくらいなら努力する時間を増やすべきだな、劣等生。そのうち落伍するかもしれんぞ」
小馬鹿にして鼻で笑い、シェリアとローズマリーの背中をぽんと押す。
「行こう、あんな連中と遊ぶ暇なんて私たちにはない」
ざわつきを背に再び歩き出す。あまりの驚きぶりにシェリアは言葉が出てこなかったが、三位の成績であるローズマリーは冷静さをすぐに取り戻す。
「なんですの、今のは。ありえませんわ、最上位魔法を使うなんて……」
「子供には扱えないって? そんな事ないさ、私は天才だから」
堂々とするアデルハイトの前に、ローズマリーが足を止めて険しい顔を向けた。
「あなたはわかってませんわ、アデルハイト。わたくしはそんな事を言っているのではいませんのよ。いくら魔法を使えても魔力の制御が未熟なわたくしたちでは、殺してしまいかねない危険があったと言っているのです!」
「あ、いや、それは御尤もだが、きちんと扱ったうえでだな……」
詰め寄られて助け舟を求めるアデルハイトの視線に気づきながらも、シェリアは首を横に振った。実際、最上位の魔法を操れるのは訓練を積んでいなければ無理に等しく、彼女たちの目にはたまさか上手くいったふうに映った。
しかし、そこへ「大丈夫ですよ、彼女の魔力の調整は完璧でした」と声を掛ける男がいる。監督官のフェデリコ・ブラッドフォードだった。
「これはフェデリコ監督官様。本当なのですか?」
「ええ、近くで見ていましたから。……しかし問題は騒ぎを起こした事です。少し話をしたいので、ヴィセンテさん以外は席を外してもらえますか」
当然の事だ。入学早々、授業も始まらぬうちから問題行動を起こすなど以ての外と言わざるを得ない。シェリアがローズマリーの背中を押して進む。
「寮で待ってるよ、アデルハイト!」
「ああ。すぐ行くから」
こほん、とフェデリコが咳払いをする。
「やれやれ、困ったものです。初日から問題行動など」
ぱちんと指を鳴らすと魔力の波がふわりと広がった。
「これで他の方々に私たちの話は聞こえません。最初はどうにもおかしな子だと思いましたが……事情を話して頂きましょうか、ヴァイセンベルク」




