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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第52話「さらなる脅威」

 たった一瞬で決着がついた。信じられない結果で。


 阿修羅は強かった。アデルハイトも、下手をすれば負ける相手だろうと思う相手だ。それをリリオラは見た限り本気のひとつも出さずに倒してみせた。


「で、そっちの残ったお姉様はどうする?」


「……退け。阿修羅の傷を治す」


「あら優しい。でもそれが正しいわ。放っておけば死ぬもの」


 足下に倒れている阿修羅を見下ろして、ふふんと鼻を鳴らす。


「これできっとアタシのファンになってくれるわよね。だって強いんですもの、あんたもそうでしょ……えーっと、」


「アデルハイトだ。お前はリリオラといったか」


 阿修羅の腕を元通りに治すのを膝に手を置いてジッと眺めながら、リリオラは名前

を呼ばれた事をとても嬉しそうにニコニコして頷く。


「そうそう。アタシとっても強いんだ。魔族になって三年目だけどね」


「お前の言う魔族とは何だ、魔物とは違うのか?」


 聞いた事のない幾つかの言葉について尋ねようとしてみる。期待はしていなかったが、意外にもリリオラはすんなり答えた。


「ちょっと違うわ。本能で生きるのが魔物。理性と知性で生きるのが魔族よ。そして魔族になるためには、多くの魔物を捕食する事が大切なの」


「捕食……。そういえば過去の文献で記録があったな」


 魔物はどこからやってきたのか、具体的には判明していない種もいる。魔界の存在が確認される前から生息する魔物の生態について、盛んに研究が行われてきた。司令部に保管される資料のうち、アデルハイトもいくつか目を通したことがある。魔法の研究で、魔物たちが使う魔力を用いた『能力(スキル)』から新たな魔法を創れるかもしれないと考えていたからだ。


 捕食行動について目にしたのは、まだ軍に入って間もない頃だった。


「たしか魔物同士の捕食で魔力の器を強く成長させるんだったか」


 リリオラがぱちぱちと手を叩いて褒め称えた。


「よくできました、人間ってよく観察してるのね。その通り、アタシたちは捕食して強くなる。そうして一定の水準を超えた者が魔族になるの」


 傷が癒えてくると、眠っていた阿修羅がゆっくり目を覚ます。


「ぬ、う……。わちきはどうなって……」


「負けたよ。それもあっさりと」


 顔を覗き込んでニコニコするリリオラが阿修羅の頭を撫でた。


「ごめんね、ここまでするつもりはなかったんだけど勢い余っちゃった。まあ、大目に見てよ。これでアタシのファンになってくれる?」


「なるかよ、バァーカ。わちきはまだ本気を出しとらんのでな」


 むぎゅっと鼻をつまむと、リリオラは慌てて手で払い除けた。


「何すんのよ、可愛いアイドルの顔に!」


「知った事か。わちきはまだやれる」


「強がりねぇ。本気出す前にやられてちゃ世話ないでしょ」


 事実、本気で戦わなければリリオラには手も足も出ない。いや、本気を出したとして五分だろうか。阿修羅がそう考えたのを見透かしたのか、リリオラがニヤリとして続けざまに言った。


「アタシだって本気なんか見せてないわよ」


「なんじゃと? ではあれは……」


「ええ、もちろん。手を抜いてあげたってコト。だから────」


 空に浮かんだ魔法陣が再び輝きを帯び始める。リリオラが見あげて言葉を途切れさせた。ぼーっと見つめて、はあ、と溜息を吐く。


「ねえ、海の向こうに見えるのはあんたたちのモノ?」


「そうだ。あれには大勢の人間が乗ってる」


「そう。じゃあ、今すぐ守りに行った方が良いわね」


────直後、閃光がまっすぐ海に向かって落ちる。大きな衝撃に波がうねった。リリオラの忠告に阿修羅が慌てて立ちあがった。


「やべえ、ありゃ船がひっくり返るぞ!」


「ああ、まったく! 忠告が遅い!」


「そうなの? ごめんなさい、アタシそういう感覚鈍くて」


 一息に阿修羅がすっ飛んでいく。アデルハイトも追いかけようとしたが、大きな鎌で行く手を遮られた。


「待ちなさい。あんたはこっちにいた方がいい」


「は? なぜ……」


「待ってれば分かるわ。こっちに来るもの」


 ほんの数秒後、空から黒い影がひとつ飛んでくる。音もなく、着地寸前で勢いを落として緩やかに降り立ったのは、背の高い整えた口髭を蓄えた男。いかにも紳士風なブラウンのベストを着ていて、モノクル越しに見つめる半開きの気だるげな目がアデルハイトをじろっと捉えた。


「ゲートが閉じるぞ、リリオラ。帰らなくて良いのかね?」


 前髪を櫛で後ろに流しながら話しかけると、アデルハイトに殺気を放った。ゾッとするほどの冷たさを遮ってリリオラが前に立つ。


「アタシたちの仕事は人間の文明を知る事じゃないの? そのために、興味のあるアタシたちが選ばれたはず。帰る理由はないわ。開ける方法だってないわけじゃないんでしょ」


「……やれやれ。それで人間を庇うのは話が違うだろう。それとも、あちらの人間共が大勢乗っているものが安全を確保するまでの時間稼ぎかね」


 軽く掲げた手が、ゆっくり握って閉じられると、その背後に見える船が突如現れた黒い渦に呑まれて轟音と共にバラバラに破壊されて海に沈んでいく。


「これで必要なくなったな。帰ろう、リリオラ」


「っ……だから野蛮な魔族は! あんただって人間の文化が好きなくせに!」


「好きだとも、文化はね。実に知的で良い。だが生物としては下等にも程がある」


 口論になって、アデルハイトがリリオラの肩にそっと手を置いて下がらせた。


「そんな横暴を見過ごすわけにはいかないな。お前、名前は?」


「良かろうとも。挨拶くらいはしよう、マドモアゼル」


 胸に手を当て、一方は背中に回して深く礼をし、そのまま顔をまっすぐ向ける。まったく感情も乗せず淡々と告げた。


「私の名はローマン。魔将(シバルバー)が一人、ローマン・ガルガリン」

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