第51話「ファンサービスをしてあげる」
「おお……おお、おおぉ! 召喚に応じたか、魔物よ! 研究の甲斐があった、待ち侘びたぞ。このためにエステファニアを捕らえて殺したのだから!」
駆け寄ったゴーヴに、リリオラが冷たい眼差しを返す。
「あんたって空気を読むって事知らないわけ?」
「いきなり何を言っている、貴様は私の呼びかけに応じて……」
はあ、と大きなため息を吐いたリリオラは、そのままゴーヴの胸倉を掴んで力ずくで膝を突かせる。見下ろす視線は怒りに満ちていた。
「いいかしら、しわくちゃのおサルさん。此処はアタシの舞台。アイドルってのは舞台で輝く姿をファンに届けるのが仕事なわけ。────気安い態度で近寄って来てんじゃねえよ、他の皆に迷惑だろが」
空中に放り投げると両手で構えた大鎌を振るって、ゴーヴを真っ二つに切り裂く。問答無用で瞬く間に黒い炎に包まれた老人の体は塵となって消え、残った機械の心臓だけが黒焦げで地面に転がった。
「ふうっ、これだから迷惑なファンって苦手。でもほら、皆も嫌そうな顔してたしこれが正解よね! あっ、でも大丈夫、安心して。皆には手を出すつもりないから! 勝手にアタシを従えられると思ってた奴だったから殺しただけ!」
何がどうなっているのかを誰一人として呑み込めない。理解できたのは、目の前にいる少女リリオラが、怖ろしく強い存在である事だけだ。近づこうという気さえ起こさない。目の前を荊の道が阻むかの錯覚さえ起こす。
「ぬしは何者じゃ。返答次第では此処から生かしては帰さぬ」
敵意を剥き出しにしたのが阿修羅だった。これまでの敵とは格が違うだけでなく、そもそも尋常ではない血の臭いと邪悪の気配が漂っているのだ。戦うべきか否か、見極めるために強気な姿勢で対話を促す。
「アタシは魔将のリリオラよ。魔将ってのは魔界で最も強い五人の魔族だけが名乗る事を許される称号。ま、ここ五年で色々様変わりしたから、そういった分類がされたのもほんの最近の話なんだけど」
双翼が折りたたまれ、塵になって消える。それがリリオラの戦意のない証。緊張感を与える相手への礼儀。ファンへの奉仕とも言える行動だ。
「五年前に魔界と人間界を繋ぐ道が塞がれてから、アタシたちは苛烈なまでの生存競争に追いやられたわ。そうして生きていく中で理性なき魔物から理性ある魔族へと適応、進化したの。でもま、今頃こっちへ来て何かしたいってのはないわ。そうね、強いて言うなら、交流? いいわね、あんたたちのぶんめいって奴を学ぶのが知性ある魔族としては大事かも。ね、悪くない話でしょ、仲良くしましょ!」
差し出した手を阿修羅がバシッと無情に叩いて払った。
「阿呆か、わちきがそう簡単に魔物なんぞ信用するかよ」
「……ふ~ん? 信用しといた方がいいと思うけど。あんた弱いんだから」
自分に自信のある強者ほど嘗められるのを好まない。こと阿修羅の種族においては強さに誇りを持つ。目の前の少女が想像を超えた強さであるのは理解していても、勝てない相手ではないと踏んでいたので額に青筋を浮かべた。
「ぬかしやがる。敵意の有無など知ったことじゃあねえ、此処でひとつぶちのめしてやるわいのう。どちらが格上かを思い知らせてやろうではないか」
「いいわよ、殺し合っても。ファンサービスをしてあげる」
ちらっ、と視線が阿修羅の背後にいる面々に映った。
「ちょっと下がっててもらった方がいいんじゃない。あんたの事馬鹿にしたけど、はっきりいってこの中じゃ二番目くらいに強いでしょ? アタシ、あんたの事本気で潰しに掛かるわよ」
「……言いやがる。わちきが一番つえぇっつったらどうする」
リリオラが口に手を当ててプッと笑った。
「ンなわけないじゃん。あっちのお姉様の方が強そうだもの」
ぼーっと眺めていたアデルハイトに、目を細めて微笑みかける。『あっちの方が楽しそう』と、もし万全であったら勝負でも挑んでいた気さえした。
「まあ、ええわいのう。じゃが、こんな場所でいきなり暴れて自衛も出来ねえようなカスを仲間にした覚えはねえ! 喧嘩ってのはイキナリ始めるもんじゃ!」
不意を突いて顔面を掴もうと伸ばした腕が空ぶった。リリオラは阿修羅の腕に乗っかり、悠々と鎌を担いだまま足をぷらぷらさせた。
「大きいといいわね、止まり木って感じかしら。でも忠告はしたわよ、下がっててもらえって。アタシは周りを気遣えるほど出来てないの」
瞬間、事態に気付いたアデルハイトとアンニッキ、ギルダの三人が即座に動く。ディアミドたちの死体を抱え、まだ状況を把握できない者たちを問答無用で下がらせ、アデルハイトはネヴァンを抱えると先を走ったアンニッキのもとへ投げた。
「アンニッキ、そいつら連れて隠れてろ!」
「了解! 君はいいのか!?」
「問題ない、私は阿修羅の方が心配だ!」
状況が状況だ。それ以上の言葉は交わさず、アンニッキはすぐさま全員を領域魔法の中へ避難させる。振り返ったアデルハイトも、あわや飛んできた黒い炎の斬撃に焼かれるところで、傍をいくつも通り過ぎていった。
「っ……! 阿修羅、無事か!?」
目を向けた先で、確かに阿修羅は立っていた。だが────。
「だから言ったのに」
両腕が肩から無惨にボトッと落ちると燃え尽きてなくなり、阿修羅自身の肉体も正面から背中にかけて、ばっさりと痛ましく斬られた痕を残す。溢れた血が足下に溜まる。阿修羅は気合で立っていたものの、両膝から崩れ落ちた。
「はい、リリオラちゃんの勝ち。殺してないだけ感謝しなさいよね」




