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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第50話「全力で推しなさいよね!」

 度重なる戦闘によって疲弊した者たちと違って、アンニッキと阿修羅は殆ど戦闘らしい戦闘を行っていない。軽い散歩、あるいは運動程度。エステファニアとディアミドを前にしても、色濃い勝ち目しか見えないほどに万全だ。


「……ふん、いくら数が増えようとも私が退く事はない。こちらには聖女と大英雄がいるのだからな。さあ行け、貴様らの実力を見せてやるといい」


 そう、どうみても絶対的な勝ち目しか感じられないが、実際はいくらか不利だ。操られている手前、ディアミドもエステファニアも殺すわけにはいかない。だが手加減できる甘い相手でないのも事実だ。


「皆を守りながらアレを捕まえろって言わないよね、アデル?」


「できればそうしてほしいんだが」


「ハハッ、君に死ねと言われるとは思わなかったなぁ」


 土壇場でも冗談は欠かさないアンニッキに安堵すら覚えた。阿修羅も同様に、今は手を抜いて遊ぶわけにもいくまいとマガツノツルギを手にする。


「仕方ねぇのう。こっから負けるわけにゃいかねえじゃろう。フェデリコから聞いてるぜ、ありゃあ呪術とかいう魔法でも外道の類なんじゃとな」


「ああ。二人を解放するためにも、なんとか無力化したいんだが」


 臨戦態勢に変わったディアミドたちを前に緊張が走った。だが、突然そこへふらりとネヴァンがやってきて、怒りに満ちた眼差しでゴーヴを見つめる。


「貴様らしい卑劣なやり方だ、ドクター・ゴーヴ。先代から長く仕えてきた温情で首を残しておいてやったというのに、よくも裏切ってくれたな」


 冷たく燃え盛るような眼差しで睨み、アンニッキたちに振り返った。


「既にエステファニアとディアミドの両名は死亡している。奴が聖力や魔力の器について調べたい事があるというから任せておいたのが間違いだった。あれは既に動く屍だ。その証拠に、首に死神の紋様が刻まれてある」


 エステファニアを捕らえたのはゴーヴの采配によるものだ。どうやってかとネヴァンが聞いたときも、聖都に忍ばせていた配下の者による陰湿なプロパガンダによって聖女の力を削いで門を突破した挙句、子供を人質にしたとグローから報告があったので、あまり高い評価はできなかった。


 だが手柄は手柄だと任せるほかなく、捕らえたディアミドに関しても異常な魔力の保有量について『少々検査がしたい』と言われて、グローが獲物を譲った形になる。でなければゴーヴが捕らえた子供を殺しかねない示唆をしたからだ。


「すまない。賢者の石など欲したばかりに、私には大切なものがなにひとつ見えていなかった。ずっと傍にあった愛情にも気付かず、ついぞ失ってしまった」


 地面に突き刺さったサーベルを引き抜き、切っ先をゴーヴたちに向ける。


「貴様だけは許さぬぞ、ゴーヴ」


「魔力もなく、覇者の武具も使えぬあなたに何ができるというのですかな。ご両親にはない愚かさだ。民草もさぞやがっかりしておるだろうよ」


 ククッと笑って銃を空に向け、合図のように弾丸を放つと同時にディアミドとエステファニアたちが動き出す。────直後、無数の鎖が足下に現れた魔法陣から伸びて蜘蛛の糸もかくやの勢いで絡めとって地面に縛り付けた。


「アタシの大事なネヴァンちゃんに手ぇ出そうとしてんじゃないわよ。死にたいのかしら、ゴーヴ。あんたの呪術程度じゃ、お人形遊びも低レベルね」


 呪術で操り人形にされた者はゴーヴの意思で動く。いくらディアミドたちが優秀な駒であったとしても、やはりまともな意識がない分の隙が生まれた。そのうえギルダの鎖は相手の魔力を制限する呪いが掛けられている。捕まれば誰であろうと、もはや抵抗はできない。


 ずっと気配を消して好機を窺っていたギルダにしてやられたのだ。


「ぬ、う、ぐううぅぅぅ……! 貴様らよくも、よくも虚仮にしてくれたな……! ならば最後の手段を講じるしかあるまい。これは使いたくなかったが」


 懐から取った黒い魔石。白い文字で刻まれた古代語で、その場の誰にも解読できない言葉。魔力の波動が脈打ち、まるで生きているようだった。直感したのはキャンディスだ。唯一、彼女だけがその波動を知っていた。


「────まずい、誰かその魔石を奪って!」


「もう遅いわ、愚か者共が!」


 ギルダの鎖が、アンニッキの氷柱が、阿修羅の全力の一歩が迫った。だが、魔石は強く握って砕かれ、禍々しい紫紺の輝きが空にまっすぐ伸びていく。


「ちぃっ、遅れたわいのう……! ありゃいったいなんじゃ!?」


 暗雲を突き破り、空に巨大な魔法陣が広がって回転する。あらゆる魔法に精通するアデルハイトも見た事のないもので、それはゴーヴが研究の末に辿り着いた、あるひとつの結論。ひとつの手段。ひとつの邪悪の結晶。


 しばらくして、今度は魔法陣から鋭い紫紺の輝きがまっすぐ放たれて彼らの傍に落ちる。禍々しく悍ましい気配が周囲を満たしていく。


「────なんだ、こいつは」


 ぽつりとアデルハイトが声を漏らす。額に汗を滲ませたのは、ひどい動揺があったからだ。そこに降り立ったのは人間の形をしていながら人間ではない何者か。しかし阿修羅とは程遠い、色濃い魔力の存在。


「……あぁ、やっとゲートが開いたと思ったら」


 筋張ったような黒い巨大な双翼を持ち、ゴシックな黒いドレスに身を包む少女。黒髪のツインテールをふんわり揺らす。桃色の瞳は竜種のような縦長の瞳孔を持ち、整った顔立ちに研がれた刃の鋭さを感じさせた。


「初めまして、皆様。ここにご挨拶申し上げます」


 スカートの裾をふんわり持ち上げながら、お辞儀をする少女の姿をした何かは、顔をあげるとパチッとウインクをしてみせた。


「これが高貴な人間の女性の挨拶なんでしょ?────ついでにアタシの挨拶もしておいてあげるわ! 耳かっぽじってよく聞きなさい!」


 頭上から半円を描くように腕を振ると、黒い霧が舞って、小柄な少女の体格には合わない巨大な鎌が現れた。少女は柄を掴んで、肩にどっかり担ぐ。


魔将(シバルバー)のアイドルといえば、このアタシ! 誰もが愛してやまないリリオラ・カマシュトリを全力で推しなさいよね、人間ちゃんたち!」


 禍々しさのある魔力とは裏腹に、光のように眩い笑顔だった。

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