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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第49話「我が帝国のために」

 後悔しても遅かった。賢者の石を求める者が自分たちだけであるはずがない。まして、エンリケ・デルベールは狡猾で行動派。裏切られたときの事も考えて、仲間を増やそうとしているのは当然。最終的にアデルハイトに負けたのは、ジルベルトたちとの戦闘で明らかに摩耗しているのを差がついたと驕ったからだ。


 阿修羅たちの存在から見ても明らかで、帝国と最初から手を組んでいたとしてもおかしくはない。そして、その牙が剥かれる事を自分たちも考えておくべきだったのだ。エンリケが危険な人物だと分かっていながら、それでも共に背中を預けた仲間だと信頼を寄せていたのもまた事実。ならばネヴァンを責めるのはお門違いだ。彼女もまた、賢者の石という甘い果実で誘われた被害者なのだから。


「でもそんなのって……。ううん、ボクが言う事じゃないよね」


「いいんだよ。あなたの優しさは伝わってるよ、ありがとう」


 殺されかけたはずのジルベルトだって受け入れてみせたのだ。今度だってきっと大丈夫。何度苦しい思いをしても、大切なものを抱えて立ちあがれるシェリアの姿にはキャンディスも憧れすら抱く部分がある。ジルベルトを失った傷も、いつかは癒えていくという確信があった。


「話は纏まったかな。反対意見を持つ者があれば、別にそれでいい。私が裏切り者だと言いたければ伝えてもいい。私が間違っていたとしても、もうこの考えを曲げるつもりはないんだ。ここまで振り回して悪かった」


 頭を下げるアデルハイトを見て、皆が互いに顔を見合わせてから呆れつつも『まあいいか』と感じた風に笑った。全員の答えは決まって、ユリシスがそれを代表してこほんと咳払いをしてから伝える。


「お前の意志は伝わった。俺たちから言う事は何もない。どうせアンニッキや阿修羅でも平然と受け入れただろうさ。文句はないよ。でも、」


 ぼうっと立っているネヴァンをちらと見る。


「そのままの姿で連れて行くわけにもいかないだろう。早めに着替えさせたり、擬装魔法でも使って見た目を変えて出ていった方が────」


 耳を劈くような射撃音が響く。高い魔力を含んだ弾丸は威力を増して、狙いをつけた相手を撃ち抜かんと飛来した。いち早く気付いたのがグローだ。帝国で長く暮らしてきたことで銃声は聞きなれている。


 咄嗟の事態にも的確に方向を把握。次の行動に出た。だが、それは気付いていない者を救うためのもの。伸ばした腕がネヴァンを突き飛ばし、庇ったグローの体を抉って大きな風穴を開けた。


「……グロー?」


 全員が突然の事に呆気に取られた。グローは歯を食いしばり、腹から飛び散った血と臓物が最愛の主人を汚した事に怒りを滲ませながら。


「……悪いなぁ、お嬢。最後まで仕えるって約束したのによォ」


 ぐらりと倒れる大きな体を、小さな女の体が抱き留めて支える。


「グロー、何をしている。立たぬか、私の護衛なのだろう……? グロー、返事をしないか! 私と約束を交わしてくれたじゃないか、君は……!」


 泣き叫ぶネヴァンの前にアデルハイトが盾になるように立った。


「何者だ、隠れてないで出てこい!」


 言われると、瓦礫の影からひとりの男が片手に銃を持って姿を現す。


「ふん、何を偉そうに。帝国を捨てて逃げ出そうとする小娘を始末しようとしたくらいで騒がしい。やはり尻の青い小娘に帝国は背負えまいか」


 男の姿を見て、ユリシスたちが険しい顔を向けた。


「あいつ……! 確かに王女殿下がとどめを刺したはずじゃ……!」


「騎士殿は楽観的で良いな。言ったはずだ、肉体のスペアがあると。最初から私は自分の戦闘能力に期待していない。複製をいくつも用意してある。初めの私など、とうの昔に滅んで久しいものだ。そして────」


 ゴーヴの傍に新たな二人の影。歪んだ笑みが勝利を確信している。従えているのはディアミドとエステファニア。どちらも行方知れずとなっていたが、敗北の後に囚われて呪術の下に操られていた。


「ここからが本当の戦いになる。弱った貴様らを駆除して、私があるべき帝国の姿を取り戻す。何もかも奪わせてたまるものか。冷酷であった先代の素晴らしき実力主義の国であるべきなのだ、我らがナベリウスは」


 凍える炎の帝国。ナベリウスの別名がそれであった。ゴーヴの信ずる帝国は、そうでなくてはならない。どんなときでも冷酷に、徹底的に、手段を問わず。国民であろうとなかろうと、邪魔立てすれば殺せばいいで済むはずだった。


 だが、新たな皇帝が擁立された。ネヴァンは慕う皇帝とは違い、帝国第一主義でありながらも冷酷さはない。国民たちの不平不満に応えるかのように新たな規範を立てたかと思えば、王国とは小競り合いばかりをして無理な侵攻はしない。


『無駄な労力で兵士を減らすのは愚策であろう?』


 死ぬ気で戦えば勝てるに決まってる。なのに新たな皇帝は若さゆえなのか、戦場に立とうとしない。兵士を死なせる覚悟もない。先代が役立たずだと罵ったのも頷ける、帝国にあるまじき君主に他ならない。ゴーヴが怒るのは、まさしくこれまでの古き帝国を愛するがゆえだ。


「早々に片付けさせてもらおう、この新たな私の操り人形で」


 虚ろな表情のディアミドとエステファニアが動き出す。それぞれ与えられたものらしき武器を手に構えて踏み出そうとした瞬間、妨害する氷の槍が空から降り注ぎ、アデルハイトたちの前にアンニッキと阿修羅が降り立った。


「遅れてしまった、悪いね! もう安心したまえ、アンニッキ様の登場だ!」


「おうおう、生意気にも自分で戦わねえとは情けねえ! こりゃあイッパツぶん殴って躾けてやらねば分かるまいのう!」

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