第47話「激戦」
戦わねば生き残れない。戦わねば勝ち取れない。呼吸ひとつするのも苦しい日々とはまた違う息苦しさ。眼前に立つひとりの魔導師から放たれる圧倒的なまでの強者の存在感。並大抵の者では精神が立っているだけで焼き尽くされる。
ネヴァンはそれを乗り越えて、なおサーベルを構えた。
「いいだろう、最後まで戦おう!────余こそはナベリウス帝国第十四代皇帝、征服者ネヴァン・ウァスファ・フィン・ナベリウスである!」
勝てないとは分かっている。それでも昂った。剣がぶつかりあった瞬間、その重みに耐えかねて打ち合いにもならない。純粋な力比べではアデルハイトが圧倒する。だが細かな技術では僅かにネヴァンが上回った。
わざと真正面から挑みかかるふりをして、アデルハイトの剣に合わせて受け流しながら懐に入り込み、腹に鋭く柄頭で殴りつけて飛ばし、浮いたところにサーベルを振り抜く。それで取れる程、アデルハイトの命は軽くない。
「流石だな、見惚れそうだ」
蜃気楼のように姿が消え、サーベルが空を切った。直後、ネヴァンの影が四方にまっすぐ伸びて、その先端からアデルハイトが四人に分身して飛び出す。キャンディスの得意技であり、本来扱える人間は限られた魔法もアデルハイトの分析力と賢者の石による力があれば行使も可能になる。
「《切り裂け、本能の赴くままに》!」
漆黒に染まったスルトの斬撃。冷静なネヴァンはサーベルを逆手に握って高く掲げながら────。
「ああ、なんと愉快な事だろうか。神秘たる雷。威厳に満ちし光輝。肯定、これは裁きである。────《落ちろ、神たる雷霆よ》」
サーベルから放たれた鋭い雷撃が轟音と共にアデルハイトの影を全て焼き払い、消滅させる。常軌を逸した破壊力は広いダンスホールを吹き飛ばして寒空の下に二人を晒す。四方全てが本体ではなく作られた虚像だった。
離れた位置でアデルハイトが振った灼熱剣スルトは炎に包まれると消え、入れ替わってトリムルティの杖が手に握られている。
「複数の覇者の武具を操るとは聞いていたが、最初から握ってた武器までそうだったとはな。警戒していなければ危うく消し炭だ」
「ああ、こちらの手の内は見せた。卿はこれからのようだな」
全身に響くアデルハイトの高まっていく魔力。杖を手にした瞬間、これまでとは違う気配を帯び、流石のネヴァンも息を呑む。
「(……大魔導師。いや違う、あの程度ではない。ではエンリケのような賢者。それも違う。紛れもない魔法の極致へ辿り着いた者。大賢者か)」
背後に見える巨大な魔力。期待に胸が膨らんだ。これまでの日常は、今日このためにあったに違いないと思えるほど魅力的に映った。
「いくぞ、ネヴァン。────死ぬなよ」
振られた杖から放たれた炎は鞭のように撓り、床を叩き壊していく。足場が崩落する中、砕けた瓦礫を蹴ってネヴァンがアデルハイトに迫る。至近距離まで迫ってから夢幻時計クロノスで時を止め、雷霆剣ゼウスによって耳を劈く雷鳴と共に切り裂く。しかし、狙った相手は既にいない。
頭上から降り注ぐ氷柱の雨を掻い潜り、時が動き出すと瓦礫が落下して砂煙が周囲を満たす。姿を隠して、気配を殺しながらも、着地したアデルハイトの背後を取ってサーベルを振り下ろす。
「綺麗だろ? 《聖なる守護の盾》は」
振り向きもせずに赤い十字の丸い輝く盾に軽々と防がれる。さらにアデルハイトは一歩先を行く。創ったディアミドとは違う、新たな性能を加えて。
「ぬ……!? マズい、これは────!」
受けた斬撃と同等の威力を衝撃波として反射する。吹っ飛ばされたネヴァンはいくつも壁を打ち抜いていく。追撃に向かったアデルハイトが、衝突して止まったと思しき壁の前で杖を構えたが、気配はそこにない。
「────上か!」
落下してきたネヴァンの雷撃をアデルハイトが防ごうとする。経験の差が僅かに現れ、頭上に残ったのは身に着けていた羽織り一枚。フェイントをかけ、背後に回って足を引っかけて転ばせ、頭上からサーベルを振った。
今度はそこにアデルハイトがいない。同様に羽織りを残し、ネヴァンの正面から杖を構えて額を宝玉でコツンと叩く。
「もう一度吹っ飛んでみろ」
振りあげた杖が旋風を起こしてネヴァンの体を切り裂いて傷つけながら天井をぶち抜いて空へ飛ばす。浮いたところを追撃で飛んできた水の球体に囚われた。さらに遠くへ投げられて再びダンスホールがあった場所、瓦礫の山に激突する。
「……私の城砦が酷い有様だ。あちこち崩れて勿体ない」
「命懸けで手に入れたんだろうな。先代の皇帝は甘い相手ではなかっただろ」
「あぁ、もちろん。私の方が優れていただけで、奴も十分に強かった」
空から降ってきたサーベルがネヴァンの顔の傍に突き刺さり、裂けた頬から血が滲む。明確な敗北。余力がありながらも、立ちあがれば次はないと分かる。目を瞑って深く息を吸い込み、ネヴァンはゆっくりと告げた。
「────私の完敗だ、アデルハイト」




