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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第43話「失うには惜しいから」



 時は少し遡り、アデルハイトはマキシムを打ち破った後、堂々と城砦の門を吹き飛ばして正面突破し、中にいた兵士たちも次々に倒して城砦内部を見て回りながら、どこかに囚われているであろうカイラたちの気配を探った。


「広いな……。道もややこしい。王国軍と違って収容人数が多いからか?」


 元々アデルハイトは複雑な地図を覚えるのが得意ではない。虱潰しに歩いていればそのうち目的の場所に辿り着くかもと考えて、あちこち回ってみたが、どの部屋もハズレだ。しかも同じところを何度か回っている。


「……うむ。入口に戻ってきてしまったな……」


 誰よりも早く城砦に侵入しておいて、なんの成果も得られませんでしたとは言いたくない。恥ずかしいばかりの状況にもう一度丁寧な探索を心がけようとして、応援に駆けつけてきたユリシスたちに声を掛けられた。


「アデルハイト! 良かった、これから探索だったか!」


 ぎこちなく振り返ったアデルハイトの視線はどこか遠くを見つめていた。


「ウ、ウン。ソウナンダ、イッショニイッテクレルトウレシイナ……」


「なんでそんなぎこちない喋り方なんだ。大丈夫なのか?」


「ハハハ……、うん。まだカイラたちは見つかってない。人数も多いみたいだし、二手に分かれて探そう。その方が見つかるはずだ」


 先に入って結構な時間を探索したとは口が裂けても言えなかった。


「わかった。じゃあアデルハイト、人員はどう分ける?」


「ふむ、そうだな……」


 誰も彼も、かなりの実力者ばかりの顔ぶれだ。だが既に親衛隊と戦ったのもあって疲弊している。体力が有り余るのはキャンディスくらいなものだ。


「お~い! みんな、此処に来てたんだね!」


「わりぃ、遅れちまったかな?」


 ぜえぜえと疲れた様子でシェリアとマチルダも合流する。運良く親衛隊にぶつからなかったのか、二人共傷ついてはいないが、疲れた顔だった。


「よかった、無事だったか」


「うん。アンニッキさんが途中でいなくなっちゃって焦ったよ」


「……報告ご苦労、後で締め上げておく」


 人数が大所帯になったところで、アデルハイトも心が決まった。


「よし、ではキャンディス。お前は私についてこい。それ以外は固まって行動しろ。敵はほぼ無力化済だが、どこに脅威が隠れているか分からない。既にお前たちが疲弊しているのは分かっている。力を合わせて生き残る事を最優先にしろ」


 アデルハイトの采配に異を唱えたのがグレタだった。


「ちょっと。私はまだ戦えるわよ、なぜキャンディスだけなの?」


「戦えたとして、どの程度だ。私やキャンディスのように戦えるのか」


「それは……難しいかもしれないけれど……」


 魔女ギルダとの戦いで、大賢者に等しい圧倒的な実力差を前に屈するしかなかったのもあってか、グレタは役に立てなかったと悔しがった。それまでは帝国兵たちを相手に、自分は戦えると信じて疑わなかった。その自信を粉々に打ち砕かれた今、何かひとつでも結果を残したいと願った。


 気持ちは察するが、とアデルハイトは優しく肩を叩く。


「だったら他の皆と行ってくれ。皇帝は万全のジルベルトとキャンディス相手に圧倒できる実力者だ。皇室の人間を抱えて戦えるほどの余裕はない。それに元々、大きな目的は人質の救出だ。皇帝と殺し合う事ではない。分かってくれるだろう」


 グレタの落ち込む顔を覗き込み、アデルハイトは優しく声を掛けた。


「泣かないでくれ、皇女殿下。あなたは素晴らしい実力者だが、まだまだこれからの人間だ。此処で失うには惜しい。私がそう判断させてもらった。……戦場ではいかに強くとも、生き残る事さえ簡単に見えて難しいものだから」


 多くの別れを経験してきたアデルハイトの言葉は、同じ経験を重ねたユリシスたち王室近衛隊の者や、死線を潜り抜けてきたキャンディスには痛いほど分かる。魔物たちとの戦いでどれだけの死を見てきたか。戦線を知る者でさえ耐え難い苦痛。恐怖も何も知らないグレタには、まだ感じてほしくない気持ちだった。


「わかったわ、おチビさん……。じゃあ約束して、あなたたちも無事に帰るって。素晴らしい人材を失うには惜しいもの」


「ハハ、承知した。期待に応えられるよう善処しよう」


 軽いハグをして、アデルハイトは軍服の羽織を整えてから────。


「では行動開始する。各自、武運を祈る!」


 それぞれ違う道を行き、城砦内の探索が始まった。既に一度は回った場所もキャンディスと話し合って、念を入れて再確認しようと決める。


 少し進んだところで、キャンディスが思い出したように手を叩く。


「そうだ、お師匠様に渡すものがあったんだ」


「ん? こんなときにか?」


「こんなときだからこそだよ」


 影の中から引っ張り出したのは、大きな布の包みだ。背丈ほどある長さで、キャンディスには少し重たいものだ。床に立てるときにゴンッ、と金属音がした。


「ずっと渡したかった。これはお師匠様が持つべきものだから」


「……そうか、そういう事なんだな」


 受け取ると包みから灼熱を思わせる力強い魔力の気配を感じて、寂しそうに笑顔を作った。


「わかった、ぜひ使わせてもらうよ」

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