第42話「丸くなった」
なぜいつまで経ってもディアミドが姿を現さないのか。大事になって、わざわざジルベルトの仇でも取りにいったに違いないと思っていたら、持ち前の精神性からか、相手の戦い方に合わせて敗北していた。これにはアンニッキもげんなりして『きっと後でアデルに叱られるだろうな』と苦笑いをした。
それからしばらく話は続き、その度に寄って来た帝国兵が悲惨な目に遭わされた。なんとか襲撃の機会を窺っていると、ようやく歓談も終わりを迎えた。
「あ~、久しぶりに近況報告なんかして楽しめたよ。そろそろ行かないと、大通りも随分静かになったし阿修羅たちも暴れ終わったのかな……」
「阿修羅って、さっき言ってたあなたを殺しかけた奴が来てるの?」
誰よりも長い付き合いのギルダでもアンニッキの事はよく分からない。自由奔放で何にも縛られて生きていないので、とっつきやすさはあるが、その裏側にある本来のアンニッキ・エテラヴオリという人間性については明確な判断が出来なかった。自分を殺そうとした相手とまで平気で組めるのが不思議で仕方ない。
「今は頼もしい仲間だよ。じゃ、また今度酒でも飲もう」
「ええ、もちろん。元気でね」
楽しい時間ももう終わり。次に会うのはいつだろう、などと考えていたギルダが、ハッとして去って行こうとするアンニッキを呼び止めた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ちなさい! あなた逃げられるとでも!?」
「君の情緒どうなってるんだよ。今の流れで戦うとかあるか、普通」
「あのねえ、ここまで来たらちょっとは遊んでいきなさいよ。退屈なの」
「私は別に退屈じゃないから。用事があって来てるだけだから」
「え~。いいの、あなたのお友達も結構痛めつけちゃったのに?」
「知らないよ、そんなの……。君がこれ以上戦わないのなら無理に相手する理由なんてどこにもないだろう。別に仇討に来たわけじゃないんだ」
旧知の仲であるギルダは少々サディストで、自分が気に入った男が言う事を聞かなければ躾と称して痛めつける事はあるが、だからといって殺したりはしない。『五体満足でなきゃアタシが世話しなきゃいけなくなるでしょ』と、四肢を奪う事もない。男とはアクセサリー。扱いはある程度丁寧にというのがギルダのモットーだ。アンニッキはよく知っているので、わざわざ無理して戦う理由がなかった。
そのうえ、アンニッキにとっては『五体満足で生きているなら問題ない』と自分が心の底から大切にしている者以外は非常に甘く判定するため、既に仲間が撤退した後で、わざわざギルダを相手にするのは時間の無駄に感じた。
「こっちは結構楽しみだったんだけど? あなたを殺せるかもって」
「よく言うよ。ちっとも強くなってないだろう、君。何してたの今まで」
「人が傷付くような事を言ったらいけないって親に習わないの?」
「君には言ってもいいって教わった気がする」
「自分の親をなんだと思ってるのよ。常識ってものがないわけ」
どうあっても取り合ってくれないアンニッキに、ついぞギルダが折れた。襲い掛かっても良かったが、我が子の無事が確認できるまでは我慢すると誓った。
帝国の親衛隊に選ばれたのも、皇帝直々にスカウトされたからだ。『帝国が大陸制覇するには力が足りない。卿はどこにも属さぬのだろう?』と、一騎討で自分が勝てば帝国軍に加わるよう取引をした。
結果は敗北。覇者の武具を複数、完璧に使いこなすネヴァンを前にギルダはあと一歩のところまで追いつめたものの、瞬間の判断ミスで敗北を招き、軍門に下った。だから、帝国に対する愛着は一切なかった。あるのはせいぜい、皇帝ネヴァンという人間への憐憫。愛情を知らない子供の行く末を憂いて残っていた。
「ねえ、アンニッキ。あなたたちって、ネヴァンを殺すの?」
「……ふふ、君はどう思う」
「あなたなら躊躇なく殺すかなあって考えてるわ」
「冷たい。いくら私だってそこまでじゃないよ。でもね、」
これまで一度だってギルダは見た事がない。アンニッキの優しそうな笑顔。
「私たちのリーダーは底抜けに優しいから、きっと君が考えているような事にはならない。そう信じてもらえると嬉しいかな」
本当に丸くなったものだとギルダは感心さえする。あのアンニッキが、どうやればここまで人間性を獲得できるのか。そう思うと今の冷たい皇帝の心も誰かが手を差し伸べられれば、きっと豊かに蘇るかもしれないと信じられた。
「わかったわ。じゃあアタシも手伝ってあげ────────」
何かが爆発したような巨大な音に声がかき消される。巨大な城砦が派手に倒壊しながら、時折鋭い閃光を塵の中に紛れさせた。
「もう始まってるみてぇじゃのう。ぬしらは悠長に遊び呆けとるのか」
「うわっ、阿修羅!? 君もまだ外にいたのか?」
「ん。おう、親衛隊とやらもすぐに片付いたわ。弱すぎて退屈じゃった」
親衛隊の屈強な男たちだったが、阿修羅が相手は運が悪いと言わざるを得ない。退屈凌ぎであしらわれて、弱った後をどうするかは左舷と右舷次第だと任せて阿修羅は城砦へ向かおうとしてアンニッキの気配に気付いて寄り道をした。
そして、視線は隣にいたギルダを鋭く捉えた。
「ほお、こりゃあええのう。随分と強そうな小娘ではないか」
「っ……!? う、あ……な、なによコイツ!?」
殺気ひとつで完全に気圧されて動けない。皇帝ネヴァンよりも遥かに脅威的な怪物。今まで一度も見た事のない存在にギルダが動揺する。
「こらこら、阿修羅ったらやめたまえ。私の友人なんだから」
「ちっ、しゃあないわい。にしても派手な戦いになっとるのう」
城砦での戦闘は苛烈になっていく。そのうち更地になるぞ、と阿修羅がケラケラ笑い、まっすぐ見つめて────。
「ま、この勝負はわちきらの勝ちと言ったところか」




