第39話「連携の勝利」
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「走れ、止まるな! もう既にアデルハイト隊が大多数の撃破を済ませてる! 俺たちは第二波だ、各個撃破で敵に数の有利を取らせるな! 下級魔導師は負傷者の援護及び戦線離脱に尽くせ!」
ユリシスが指示を叫ぶ。第二波として帝都へ降り立ったとき、既に大多数の帝国兵が無力化されており、各方面に配備されていた兵士たちが移動しつつあった。第一波を担ったアデルハイト隊は大賢者クラス二名の大暴れによって大きな戦果を挙げた。これに追随する形で、ヴィセンテ隊も混乱にある帝国の部隊を撃破していく。当然、全員が無傷とはいかない。
六十名にも満たないアデルハイト隊は既に大多数の魔導師が疲労と魔力切れから負傷しており、撤退を余儀なくされている状況だ。ユリシスは生存を最優先にするようアデルハイトからの指示を受けており、死んでもいい大きな戦力だけを残して、残りには撤退を命じた。
「ユリシス隊長。よろしかったのですか、戦場にグレタ殿下を連れて来ても……。あのまま撤退を命じておくべきだったのでは?」
一歩後ろを走るアーヴィングが不安をぶつけると、ユリシスは頷いた。
「俺もそう思ったよ。だが殿下は正義感に溢れるお方だ、俺の指示など聞きはしないさ。だから全力で守ればいい。そもそも、俺たちの敵はそう多くない。アデルハイトの部隊のおかげで仕事が楽なもんさ」
ユリシスはアーヴィング、アラナの三名と行動。グレタにはキャンディスがついている。問題なく撃破は進んでいき、帝都の鎮圧が近付く。
だが、それを阻むように新たな敵が現れた。
「────いけねえなあ。雑魚共が良い気になってるのは気に入らねえ」
「言ってやるな、オスカリ。今くらいは悦に浸りたいのだろう」
ユリシスが足を止める。立ちはだかったのは、オスカリとドクター・ゴーヴ。学園での敗戦を思い出して、嫌な汗がじわりと額に滲む。
「いやあ、まさか俺たちのところに来るとはね……」
「ハッ。こりゃあ王都で俺にボコボコにされた王子様じゃねえの! なんだ、また叩き潰されに来たか? 今度は片目じゃ済まないかもなァ!?」
既に一度は倒した相手だとオスカリもゴーヴも嘲笑する。確かに強敵だ、簡単に通らせてくれはしないだろうとユリシスも腹をくくった。
だが、決して勝てないとは思わなかった。
「やれやれ、口の達者な連中だよ。だけど俺もあのときは万全じゃなくてね。────痛い目を見たくなかったら、油断はしない事だ」
ユリシスは動かない。だが、彼のひと声に合わせてふたつの影が瞬時にオスカリの背後を取った。アーヴィングとアラナだ。どちらも百戦錬磨のソードマスターであり、共に『神速剣』という技術を習得する。身体強化の中でも脚部の性能を爆発的に引き上げて行われる特殊な歩法で背後を取り、魔力を乗せた武器によって切り裂く技。魔法剣士としての特異な攻撃はないが高速戦闘を実現する。
「このッ、ちょこまかと……!」
体の大きなオスカリの戦い方は、ユリシスたちと違って力任せだ。その分、振りが大きく動きを読みやすい。すばしっこい二人を捉えられても、大きな一撃を当てるまでがあまりにも遠かった。
「しっかりせんか、オスカリ。私の手伝いが必要かね?」
「問題ねえ、ドク! いくらやったって俺の体に傷はつかねえからな!」
そうだ、とユリシスも頷く。オスカリのパワーは身に着けた魔石から来ているが、一方で常識から逸脱した頑丈さはエステファニアの聖力による。いくら斬りつけても傷ひとつ付かないのは大きな壁だ。
しかし、既にユリシスはひとつの突破方法を見出していた。
「さて、そろそろ俺も参戦しようか!」
オスカリの注意をアーヴィングとアラナが交互に誘って意識を集中させない隙を狙う。まさに、その瞬間が最も重要になる。そこを同じく静観していたゴーヴが気付かないはずもなく、素早い判断でユリシスの妨害にまわった。
「ハッ、オスカリを潰せば私を倒せると踏んだか? なるほど大した男だ、あの敗北では懲りないらしい!」
立ちはだかって毒の霧を吐く。周囲に立ち込めた濃い魔力の霧は、最低でも同等の魔力でなければ吹き飛ばせない厄介なものだ。当然、一度は完全敗北を喫したユリシス相手ならば通じると疑わない。
「俺にはふたつ狙いがあった。ひとつはあんたが、あのデカブツの戦いを最後まで見届けるかどうか。そうすれば、俺は間違いなくアレを倒す手段がある。そしてもうひとつは、あんたが動いた場合────前に出てくるのを待ってた」
最初から、先に倒すべきはゴーヴであるとは考えていた。出発前、交戦したフェデリコに詳しい状況と使ってきた魔法について知り、オスカリはただ破壊力に長けていて圧倒的な強さを持つ阿修羅に対して出来たのが苦し紛れの自爆だ。しかしゴーヴは毒を操る。おそらくはかなり強力なものであると推測され、もし吸い込めば敗北は必至。だが、魔導剣士には優れた対抗策があった。
「残念だったな。ソードマスターってのは剣の腕だけで授与されるものじゃない。良い所のひとつは見せてやらないとな?」
全身が白銀の輝きを放った。あらゆる武具に魔力を纏って自身をあらゆる毒や呪い、あるいは洗脳といった呪術から身を護る手段。ユリシスは特に優れた魔導剣士であり、王室近衛隊の隊長になる所以でもある。
「小癪な小僧めが!」
鋭い切れ味でゴーヴの腕を肩から飛ばす。しかし顔色ひとつ変えない。むしろ変化があったのはオスカリのほうだった。
「おい、ドク! 大丈夫────っちい、鬱陶しい!」
なおも斬りかかってくる、まったく無駄も隙もない連撃にオスカリは手いっぱいだ。一人ならまだしも二人同時の戦闘は、パワー型には厳しいものがある。周囲を巻き込んでも良いのなら簡単な事だが、オスカリの破壊力ではゴーヴまで巻き添えになってしまう。王都での戦闘とは真逆の状況に追い込まれていた。
「さて、爺さん……。いくら聖力を受けているとは言っても、今の聖女では効力なんてたかが知れてる。俺たちは単独じゃあ大した事はないかもしれないが、こうしてチームさえ組めれば戦いに自由が利く。残念だが、こちらの勝ちだ」




