第38話「騒がしい男」
ウインクが鬱陶しい。見た目も好きではないし、握ったマイクがキンキンと耳に響くのでアデルハイトは自然と、とても嫌そうな顔になる。
「(コイツ、本当に帝国が誇る皇帝の親衛隊なのか……?)」
どういう戦い方をするのかも分からない。魔法使いであるのは察したが、かといって特別強そうにも感じられなかった。
「おい、そこを退いてくれないか。お前と戦うの、嫌なんだが」
「なんだよ、気遣いも出来るのかよ! イイ女だなぁ!」
「いや、じゃなくて……。弱い者イジメみたいになりそうな気がして」
「そうきたか。じゃあ俺がどう強いかってのを教えてやるぜ、ベイビー!」
すうっ、と息を吸い込んだ瞬間。アデルハイトは気付く。膨大な魔力の反応。大気中に存在するエーテルを体内に取り込んで魔力へと変換して────。
「────────ッ!!」
凄絶なシャウトが衝撃波となって周囲を呑み込んだ。敵も味方も関係ない、自分が気持ちよければそれでいい。人間も建物も構わず吹っ飛ばす。マキシム・ヴォイスの戦いにおける価値観であり、役に立たない、耐えられない仲間など仲間ではなく障害物としてしか見れなかった。
「フゥ……! なんって、サイコーに気持ちいいんだ! 何もかも吹っ飛ばしちまえばいい! 敵がいるよりはずっといい!」
「随分と派手にやってくれる。そんな芸当が出来るとは驚かされたな」
常識を覆すマキシムの魔法には、さしものアデルハイトであっても驚異的だ。本来の魔法の基礎というのは、魔力をエーテルと結合させて属性を付与するといった『魔力をエーテルに通して魔法に変換する』といった仕組みである。しかしマキシムは違う。エーテルを体内に取り込んで『魔力に変換して放出する』といった、特異体質とも言える芸当をみせた。
「ハハハハッ! どうよ、俺が怖くなっちまったかい!?」
「……ひとつ聞いていいかな。お前の番号は意味があるのか?」
「おうともさ。俺たち親衛隊の番号はまさしく序列だ!」
「なるほど。つまりお前は下から数えた方が早いというわけだ」
アデルハイトのひと言に、マキシムが顔を強張らせた。
「俺の事をバカにしやがったな!」
「馬鹿にしたわけじゃないが」
「いいぜ、いいぜ! それでも熱意は伝わってきた!」
「人の話聞くって事を知らないのか、お前は!?」
再びマキシムが息を吸い込む。シャウトのための予備動作は長く、隙が大きい。アデルハイトも時間に押されているので、そんな敵に付き合う理由はない。杖を構えて雷撃を飛ばした。
「ギャ────ッ! 何すんだ、このクソ女!」
「いやだって……隙だらけだから……」
「ちくしょう、俺の邪魔しやがって。ぶっ飛ばしてやる!」
マイクを握りしめて、再び息を吸い込む。やはりアデルハイトの妨害によって、また感電して地面に倒れる。しかし、性懲りもなくまた立ちあがった。
「やめろっつってんだろ!」
「やめるわけないだろ。というか意外としぶといな?」
いくら最低級の魔法とはいえ、アデルハイトが放つ場合は威力も桁違いだ。二度も喰らっておきながら、ビクともしていない事に気付いて渋い顔をする。
「当たり前だろうが。俺サマってのは体力がなきゃこんな事は出来やしねー! ってェ事は身体強化を身に着けてるってわけだ、魔法使いだからよ!」
「それはそうだが……あぁ、なるほど。時間をくれて助かったよ」
分析は素早い。アデルハイトの得意な事だ。マキシムの体内に蓄積された魔力が、そのまま肉体の強度を異常なまでに高めている。本来は器以上の魔力など蓄えられるはずもないにも拘わらず、その特異体質が可能にした。
「いくぜ、次は邪魔すんなよ!」
深く息を吸い込み始める。今度はジッとシャウトを待った。
「やってみろ。良い能力を持っていようが、私には届かないさ」
「だったら見せてやるよ────────ッ!!」
衝撃波は真っすぐアデルハイトのいる方向にだけ放たれる。まるで避けようともせず、ただ静かに杖を立てて────。
「吹き荒べ、我が身を護りし猛々しき風よ」
鋭い風が途端に吹き始め、渦を巻いていく。周囲の瓦礫を取り込んで、直撃した衝撃波とぶつかり合う。マキシムの直線状に放たれた衝撃波は範囲が広く、威力の巨大さからまともな大魔導師であれば敗北は必至であった。
しかし相手が悪い。大魔導師でも、賢者でもない。大賢者とは本来は与えられる称号ではなく、判断基準も曖昧なほど雲の上の存在。多くが到達できない地点であり、魔法使いの完成系の究極。アデルハイトは、そこにいる。
「ウソだろ……! 俺の二回も溜めたシャウトを!?」
衝撃波は完全に勢いを失い、嵐の壁に阻まれて消えた。やがてゆっくり止んだ風の向こう側で、アデルハイトは変わらず悠々と立ち、その背後に巻き込んだ多くの瓦礫が降り注いでも微動だにしない。
「お前の負けだ、マキシム・ヴォイス。名前くらいは覚えておいてやろう」
放たれた雷撃を喰らったマキシムは、瞬く間に痛みに叫び声をあげながら白目を剥き、そのまま膝から崩れ落ちて気を失った。目の前に立ったアデルハイトは、自分の羽織に掛かった砂ぼこりを手で払いながら見下ろす。
「溜めた魔力が直接肉体に影響を及ぼすとは本当に面白い奴だ。だが蓄積した魔力を失うと、お前は途端に元通りになる。ま、なんでも都合よくはいかないという事だな。中々に興味深くて面白かったよ、マキシム」




