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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第35話「有志たち」




 二日後。時計の針が午後を指した段階で、アデルハイトは郊外でポータルを開く準備を整える。本来は大魔導師数人で開く大きなポータルを三つも同時に開いてみせるのは、もはや人外のそれとしか形容できない偉業であった。


「(さて、どれだけの人数が来てくれるか)」


 人脈のないアデルハイトはポータルを開く作業に徹して、他の仲間を頼った。暇を持て余す形で待っているのは阿修羅と左舷、右舷の三人だけだ。


「のう、アデル。ワイアットは軍でも相当の実力者だったんじゃろう。あれが死んだせいで誰も来ないなんて事、本当にあるまいな?」


 指一本で逆立ちしながら足の上に左舷と右舷を乗せてジッと姿勢を保ち続ける。阿修羅はそんな事をして遊び、まだ現れる気配のない仲間に気を揉む。


「どうかな。もしかしたら誰も来ないかもしれない。でも、お前たちがいて負ける事などありえないと思ってるよ。たとえ最小限の人数でもね」


「けっ、信頼されると文句の言いようもないわいのう」


 そろそろ集合の時間だというのにまだ誰もやってこない事に、アデルハイトもそろそろ不満を覚え始めていた。しかし、右舷が遠くを指差して「あっ、見て見て! きたみたい! バリ多い!」と報告するので目をやってみると、確かに想定していたよりはずっと多くの有志たちが集まって来ていた。


「悪い、アデルハイト。近衛隊にも声を掛けたが、やはり国王の守護が任務だから呼んできてくれたのは二人だけだ。俺の部下になる」


 紹介されると部下の二人が拳でどんと胸に叩いて当てた。


「よろしくお願いします、アデルハイト卿。わたくしはアーヴィング・ルナ・ディミールと言います。学園でもヘルメス寮在籍の経験があります」


 男性の隊員の挨拶の後に一歩前に立つ女性が名乗った。


「私はアラナ・ソル・アレクサンドラ。近衛隊副隊長であります」


 二人の肩を叩くユリシスは自慢げに彼らをアデルハイトの前に立たせた。


「二人共、俺ほどじゃないにしろソードマスターの称号を持つほど卓越した素晴らしい腕の持ち主だ。戦場では必ず活躍してくれると思う」


「ああ、来てくれてありがとう。私の名はアデルハイトだ。よろしく」


 硬い握手を交わした後は、さらに軍人の魔法使いたちが駆け付けた。


「我々はフリーマンを慕う者で話し合って此処へ来た。多くの軍人たちは理解してくれなかったが、仲間のために戦いたいと思っている。許可を願えるか」


「もちろんだとも。歓迎するよ、諸君」


 集まって来た軍人たちは百五十人はいる。階級にばらつきはあれど、中には大魔導師も複数いて心強い。皆がワイアット・フリーマンを弔うためなら死んでも構わないとやってきたほど情に厚い者たちだ。


「やあやあ、随分集めたねえ」


「アンニッキ! そっちはどうだ、誰かいたか?」


「君も知らない優秀な人材を連れてきたよ」


 隣に連れ立っているのは紅い燃え盛るような色の髪をした女性だ。背は低く、学生のように幼く見える。着ているドレスはいかにも貴族令嬢といった雰囲気だ。


「グレタ・ケイトリンよ。よろしくね、おチビさん」


「おい、アンニッキ。これから行くのは遠足か何かか?」


「ちょっと失礼じゃないの! 私は立派な魔法使いよ!」


「そうだぞぉ、アデル。ファウロス陛下の孫娘の事を知らないのかい」


 さすがのアデルハイトもぎょっとしてグレタを見つめた。


「……待て待て、国王陛下の孫娘!? なんでこんなところに!」


「そりゃあ天才だからだよ。そして、彼女は自ら志願して此処へやってきた」


 町で志願を募っていたところ、偶然にもグレタの目に留まった。そして『自分も手を貸したい』と言い出したのだ。最初こそ断りはしたが、熱意に押されて許可したものの、ファウロスが諫めるだろうと思ったら本当に来てしまった。というのが顛末だ。しかし実力は折り紙つきだとアンニッキは言った。


「グレタは凄いよ。君と同じ無自覚な天才肌というか。十九歳らしいけど、昨日の間に腕を確かめたら、彼女は規格外の魔力の器を持っている。しかも魔力の扱いまで完璧なのに全て独学ときた。まるでどこかの誰かさんを思い出さない?」


 独学と聞いて驚く。通常、王族ともなれば魔法についても個別にそれぞれの分野に特化した教師がつくものだ。しかしグレタはそうしなかった。積まれた有り余る書物の全てを自ら記憶、実践を繰り返して五年でほぼ完璧なまでに魔法を扱うまでに成長していた。アデルハイトにはまだまだ劣るが、いずれは賢者の称号を授かっても不思議ではない。むしろ当然のような人材だった。


「はは……。陛下の冷たさとは逆に情熱的だな」


「もちろんよ。でもヘンね、おチビさんと聞いてたのに私より大きいわ」


「誰が何を吹き込んだかは知らんが、まあ、今は私の方が大きそうだ」


 固い握手を交わす。責任重大という言葉で合っているのかと不安になる。


「お師匠様」


 自分の影の中から出てくるキャンディスに振り返らずに挨拶を交わす。


「やあ、キャンディス。もう領地の件は片付いたのか?」


「友達に任せてきた。もし死んだら、そのまま譲るつもり。未練もないし」


「ハハハ。悲しい事言うなよ。兄と育った大切な土地だろ」


「……かもね。だから生き残るよ。アタシ頑張るから」


 後悔はまだ胸にある。小さく残ったものを、アデルハイトが蕩かす。


「大丈夫。死なせたりしないよ、私の大事な弟子なんだから」


「ふふ、お師匠様はやっぱりお師匠様だね」


 少し遅れてシェリアとマチルダもやってくる。家族や友人と話し合った後で、許可が出れば来るように伝えた。二人共、緊張の面持ちだった。


「皆、準備が出来たらまた声を掛ける。少しシェリアたちと話したい」


 伝えて、その場を離れるとシェリアたちを迎えに駆け寄った。


「本当に来てくれるとはな」


「ボクはまあ、仲良くないからね。適当に返されちゃったよ」


「どうせ反対されてもお前は来てくれたと思うがな」


「あながち間違ってないかも」


 普段通りのシェリアだ。そこに恐怖心は欠片もない。


「わかった、さあ皆に挨拶でもしてこい。私はマチルダと話すから」


「うん、待ってるよ。後でね!」


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