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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第33話「魂に刻まれた意志」

 結局、話は平行線を辿った。意見は完全に分かれて時間が過ぎていくばかりで、最終決定権は国王にあるとはいえファウロスも悩ましい問題だった。


 どちらの意見も正しいのだ。小さな命ひとつ救えずして何が国王かと思う反面、帝国と争う事で大勢の命が尽きるのは目に見えている。魔法に優れていない分、技術力で秀でた帝国を相手に挑むのは難しい。答えは単純に出せない。


 そうして悩んだ末に出した結論は『志願兵を募る』というものだった。過酷な戦闘行為で命を落とすかもしれない。そんな状況下でも戦う強い意志を持った者を募り、最小限の人員での救助を行う。必要以上の戦闘を避けながらの潜入作戦でも構わないという案。守りを固めている都市に攻め込む、あるいは忍び込むと言うのだから、当然の事ではあるが命懸けの作戦になる。


 中級魔導大隊の末路を見れば、ワイアット・フリーマンの戦死は軍の士気を大きく下げるものとなり、戦いに馳せ参じるであろう兵士の数は想像に容易い。残念ながらアデルハイトの進言は切り捨てられたも同然だった。


「話はこれで終わりだ。余は疲れた。そなたらの意見が纏まらぬ以上、他に打つ手はあるまい。アデルハイト卿、これが最善だと受け入れてくれるな?」


 実質、敵に回ったも同然。結局は国王も保身を選んだのと変わらない。人命を損ずる事がないよう手をまわしたようで、国民へのアピールにアデルハイトたちを使おうとしているのだ。自分なりの手段を講じたと。最小限の犠牲で済ませ、今後は帝国の動向を見つつ自分の立場を守りたかった。


「つまらねえ奴らっす。戦う根性もないんすかね」


「アタシらはどっちかってーと死んでも助けに行くけどねえ」


 左舷と右舷が挑発的な言葉を吐くが、ファウロスは酷く冷めた目で「そなたらのような種族とは違う」と言ってのけ、ロッソを護衛に伴って公爵邸を後にする。うんざりだとばかりに阿修羅が舌打ちした。


「わちきらが蛮族だとでも言いたげな奴じゃったのう。あれが国を治める人間の姿とは、なんとも呆れてしまうわい。……で、そこの反対派の魔法使いはなぜまだここにいるんじゃ。さっさと帰った方がよかろうて」


 ヨナスが小馬鹿にして鼻を鳴らす。


「話も聞けんのでは蛮族と言われても仕方なかろう。会議の結論とは別に、私にも用がある。言い争ったとしても蔑ろに扱いはしない」


 咬みつかんばかりにぐるると唸った阿修羅を気に留めもせず、懐から加工された魔石をテーブルに置く。


「携帯しやすいように加工された記録魔石だ。ワイアットが現場で最後に遺した、貴様宛のメッセージだ、アデルハイト卿」


「私に……。ここにいる全員に聞かせても問題ないか?」


 ヨナスはうむ、と頷いてその場にいる全員を一瞥してから────。


「聞く権利は彼を知るべき者すべてにある。念のため私も確認させてもらったが、機密を口外するようなものじゃない。……ただの遺言だ」


 魔力を注げば、ザザッ、とやすりをかけたような雑音が途切れながら響く。やがてガタゴトと聞こえ始めてワイアットの静かな呼吸が流れてくる。


『困った事になったな。エンリケの余波が此処で効いてくるとは……。なんとか押し留めてはいるが、時間の問題だ。もう部下の大半を失い、残る殿軍は自分だけとなってしまった。ポータルを開く時間的余裕もない。……これは私の友であるアデルハイト・ヴィセンテたちに送る最後の言葉になるだろう』


 深呼吸。聞こえてくる複数の怒号。今なお追われる身でありながら、その最中に記録を遺していこうとするワイアットの声に、先ほどまでの剣呑な雰囲気は消え失せ、誰もがこれから聞くであろう言葉のために祈りと悲しみを胸に抱く。


『悪くない人生だった。良き友人に恵まれ、良き生徒に恵まれ、良き家族に恵まれた。言葉足らずの、情けない俺を愛してくれた者たちに感謝を。俺はここまでになるだろうが、お前たちの人生はこれからも続く事を願っている。そして最後になったが、アデルハイト。お前には俺の家族を頼みたい。面倒を見てくれとは言わないが、ときどきでいいから様子を見に行ってやって欲しい。自分の娘の成長を見届けられないのが残念だ。お前のように凛々しく美しく育って欲しいと願って、その名を借りてアデリアと名付けたんだ。妻も一目会ってみたいと言っていたから、仲良くしてやってくれ。俺の大事な家族に……会いたかったな、最期くらいは』


 悲痛な言葉を遺して、ぷつりと記録は途絶えた。ヨナスは残念そうに首をゆっくり横に振り、魔石を置いたまま席を立った。


「失うのは勿体ない男だった。早すぎる死には哀悼を示そう。……もう一度よく考えてみる事だ、アデルハイト卿。わざわざ攻め入らずとも、我らには帝国が攻め入る隙を与えられないよう壁を構築しなおす兵力がある。たかが四人の子供のために命を捨てる理由はない。たとえそれが身内の命であったとしても」


 去ろうとする背中に、アデルハイトは魔石を手に取りながら言った。


「だとしても行くよ。たとえ私ひとりだけになろうとも」


「……せめて武運くらいは祈ってやろう。精々、結果で見返す事だ」

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