第27話「奇襲」
騒がしい三人組をよそに、アデルハイトはユリシスと歩きながらたわいない話を交わす。最近の学園での生活がどうだとか、王室近衛隊の忙しさだとか、とくにこれといって大した話はしていない。
アイスを買って食べ歩きながら、ふらふらとあちこち見て回っているうちに、普段なら稽古で騒がしくもあるヘルメス寮の前に来ていた。
「此処も随分とお前に馴染んだよなあ、アデルハイト。以前は少し違和感があったけど、今はすっかり学生って感じだ」
「そうか? なんとなく実感が湧かないよ、エンリケの事もあったから」
少し前までは賢者の石をめぐってエンリケに命を狙われていたのだ。心穏やかではない。期待していた学園生活はもっと楽しいものだった。最近になってやっと落ち着いたばかりというのがアデルハイトの印象だ。それも束の間、今度は帝国の脅威に晒される事になったのだが。
「良い事も悪い事もたくさんあった。だが、こうしてまだ生きてる。贅沢な話だよな、自分の人生をやり直すなんて」
「それも与えられた機会あってこそだろ。別にいいじゃないか」
囁くような声が、アデルハイトの背後から響く。
『そうだよ。私たちがお前を選んだ。お前に恩を返したかったんだから』
申し訳ないような、情けなくなるような、悲しいような。とても優しい声だった。
「……うん、まあ、それならいいかもしれない」
「おっ、アデルハイト。花火の準備をしてるみたいだぞ」
忙しそうな監督官たちを見て、あぁ、と思い出す。
「そういえば、学園の監督官になった者は生徒たちとは別に何か仕事があると聞いていたが、花火だったのか。確か五日間、必ず夜に打ち上げるとか」
「毎年やってたなあ……。今まであまり興味がなかったから忘れてたよ」
花火が打ち上げられるのは、決まって午後七時の暗い時間。生徒たちも、客たちも揃って、花火を楽しんでその日の終わりを迎えるのが通例になっていた。既に学園の中央広場では大勢が集まっていた。
「楽しみだな。私はいつも研究に没頭していたから、こうしてみるのは初めてなんだ。花火というのはとても綺麗なのだろう?」
「ああ、すごく綺麗だよ。……なあ、アデルハイト」
緊張に拳を握りしめる。妙に熱っぽい感覚が全身に纏わりつく。
「もうすぐ王国軍と近衛隊は協力して聖都周辺に配備された帝国軍を掃討する計画が立てられている。それが終わったら、俺と付き合ってくれないか」
花火が打ち上げられ、空で美しく弾けた。誰もが見惚れる中、アデルハイトとユリシスはお互いを視界に映す。
「こ、答えをもらってもいいかな」
「悪いが付き合えない。……と言いたいところだが」
くすっ、とアデルハイトが微笑みを浮かべて。
「今度こそ全部終わったら、恋愛も悪くないかも────」
突然、爆発音が響いた。花火ではなく、王都のどこかからで、群衆が振り返った先では煙が上がり、宙をいくつもの瓦礫が舞ってあちこちへ落ちた。学園も例外ではなく、本来あるはずの結界が機能しておらず、瓦礫が降り注いで襲った。
「危ない、ユリシス!」
咄嗟の出来事に最も素早く反応できたのはアデルハイトだ。しかし、呆気に取られたせいで判断が遅れた。飛んできた頭よりも大きな瓦礫が直撃して、身体強化の魔法も掛けていたが完全ではない。アデルハイトはぶつかった衝撃で、下敷きにならないまでも大きなダメージを負って、意識を朦朧とさせた。
「(だ、ダメだ……。なんとか助かったが、今のは効いた……。何が起きてる、ただの爆発事故にしてはあまりに……)」
立ちあがれない。見えるのは人々の足下ばかりで、意識を手放さないように必死に縋りつくので精一杯だった。
「ドク、ここが例の有能な魔法使いの養成所って奴なんだろ。そのわりには出来の悪そうなのばかりが集まってるじゃねえか、下らねえ!」
「ククッ。そう言うな、オスカリ。私の魔力測定装置があれば問題ない」
声だけが聞こえる。いったいどこの誰なのだろうか。
「アデルハイト、聞こえるか。どうも俺も片腕をやられた。担いで逃げてやれそうにない。誰か救援がくるまで、なんとか時間稼ぎをしてみる」
やめろ。やめてくれ。行くな。口は動くが声は出ない。必死に震える手を伸ばすが、願いとは真逆にユリシスは手負いの状態で戦いに向かう。どうあっても聞き入れるつもりはない。泣きそうになった。ジルベルトを失い、キャンディスまで死に掛けた。今度はお前がいなくなるつもりかと叫びたかった。
だが、アデルハイトはもう耐えられずに意識を失ってしまった。
「なんだぁ? ちいせえ男がこっちに来たぜ、ドク?」
「オスカリ……。あんなものを相手にしている時間はない。出来の良い子供を連れて行くんだ。きっと皇帝陛下もお喜び下さるぞォ」
見るからに屈強で大柄な男は、かなり背の高めなユリシスでさえ子供と思えるような差がある。分厚い筋肉に覆われた肉体が挑発しているふうに見えた。
一方、ドクと呼ばれる男は白衣を着たガリガリの男で、猫背の窮まった姿勢がぴくぴくと笑う度に小さく揺れる。どちらも見るからに危険な気配を漂わせているので、ユリシスは剣を片手に、強い警戒心で常に動きだせるよう構えた。
「どこの誰かは知らないが、これ以上の横暴は看過できない。ただちに降伏しなければ、王室近衛隊隊長のユリシス・ヴィセンテが与えられた権限を以て、この場で貴様らを処断させてもらおう」




