第25話「何度転んでも」
エテラヴオリの血は濃く受け継がれており、代々ナベリウス皇家は白髪に黄金にも似た美しい色の瞳を持っている。次第に暴力的な性格になっていったのも、元をたどればアンニッキとラハヤの血がそうさせたからだ。
「……すごく似てた。髪は長かったけど」
「悪いね、今まで黙ってて。まあ大して関係はないけど」
「どう考えても関係あるだろうが」
つま先でアデルハイトに思いきり脛を蹴られて、アンニッキは庇うように腕で抱えながら飛び跳ねて痛がった。
「そんなに怒る事ないだろ~! こっちだって知ったの最近なんだから!」
「あのな……。お前がきちんと覇者の武具を処分していればこうは……」
「それは違うよ、アデル。あれは処分できないんだよ、私には何も出来ない」
ズキズキする足がマシになると姿勢を正して、口先を尖らせながら。
「ラグナを見ただろ。アイツはディアミドを所有者として選んでいて、それ以外の者にはまともに操る事は疎か、手にする事だって出来やしない。魔力で構築されるせいで普段は実体もない。だから眉唾だと言われてきたんだ」
どうやって所有者を選んでいるのかも分からない武具についてはアンニッキでも把握しきれない。せいぜいが、その武具がどういった能力を持つかだけだ。それも見た事のある範囲で。
「ともかく私たちに今できる事はないと思うね。フェデリコ、和平交渉について帝国側は期間をどれくらい設けてくれているんだい?」
「それが何も言わなかったんですよね。ただ、良い返事を期待していると。そうでなければ大きな被害を出す事になると宣戦布告にも取れる言葉を残したそうです。それで現在は、さらに支援を送って現地で会議を行う予定です」
わざわざ戦線を下げたのはいつでも進軍出来るという強気な帝国側の譲歩であり、これ以上ない交渉の余地を残している示唆なのだろう、と上層部では急ぎ聖都の戦力を固める事で、さらなる進軍による被害を防ごうと考えている。
なにしろ相手は四英雄のうち二人も同時に相手して仕留めた怪物がいる。オロバス共和国への警戒を手薄にしてでも人員を割くべきとの意見もあった。
「ちなみに私は派遣されないので、ご安心ください」
「ハハハ。何かあっても、お前がいるなら心強いよ」
妙に通じ合っている風な二人を見て、アンニッキとキャンディスが不思議に感じた。フェデリコはあまりにアデルハイトからの強い信頼を受けている。一介の中級魔導師がなぜそこまで、と疑問が浮かぶ。
「ねえ、アデル。君たちって付き合い長いのかい?」
「程々にな。ユリシスほどじゃないが」
「ふうん……。ま、いっか。それよりこれからどうする、帰る?」
「キャンディスも行こう。せっかくだから学園祭に顔を出してはどうかな」
「え……でも、アタシは……そんな気分にはなれないかも」
ジルベルトもいない今、どんな顔をして学園祭に出ればいいのかと落ち込んだ。一緒に回りたかったのだ。いつかまた皆で、と楽しみにしていたから。
「前向きになりたまえよ、キャンディス。戦場に立てば明日にも友人は死ぬかもしれない。いや、実際に私たちはそうやって失ってきた。俯いていては、君を命懸けで逃がしたジルベルトもがっかりしてしまうよ」
助かるならキャンディスの方が良い。そう判断したのはジルベルトに他ならない。生き残るつもりは毛頭なく、生き残って欲しいという希望をキャンディスに託したのだ。ならば泣くだけよりも前を向いて歩いている方が、ジルベルトも背中を押しやすい。物事を良いふうに捉えるのは決して悪い事ではないのだ。
「……うん。ジルに会いたいけど、もう叶わないんだ。だったら、必ず帝国との戦争で戦場に立てばいい。彼の分まで頑張るって約束しないと」
「うむ、その意気だな。ではひとまず帰るとしよう」
急いだところで出来る事は今はまだない。目の前の事に集中しておいた方が今後のためにも良いと判断して帰路に就く。アデルハイトだけが、もう少しだけフェデリコと話してから帰る、とひとり残った。
「随分と慌ただしくなってきましたね」
「ああ。学園祭の間は何もないといいんだが」
「そうもいかないかと。ですが皆様の安全には尽力致しますよ」
「頼もしいね。……ところで、まだ大魔導師の試験は受けないのか?」
「今後も受ける気はありませんよ。なったところで意味はない」
フェデリコが懐から煙草の箱を取り、口の近くを叩いて一本だけ出す。
「なんだ、煙草やめたんじゃなかったのか」
「子供の前では吸えんでしょう。あなたもいかがです、昔はよく吸っていらしたじゃないですか。やはり子供の体では吸うのに抵抗ありますか?」
アデルハイトはちらっと煙草を見てから肩を竦めた。
「私はやめたよ。今はちっとも興味がない」
「いいですね、ストレスがなくて」
ぷは、と一息に煙を吐き出してフェデリコは眠たそうな顔をする。
「これは独り言なんですがね。帝国の戦力に比べて、この国は魔導隊という優れた存在がいても数では到底敵わない。遥か昔の話ではありますが、子供でも才能があれば出兵させたと聞きます。覚悟はしておいた方がよろしいかと」
忠告を聞きながら揺らいで消えていく煙をぼーっと眺める。
「ああ、本当にそうだな。これ以上誰もいなくならないのが一番だ。……だけど、きっと無理だろう。ここから先に起こる事がなんとなく分かるよ」
「お互い難儀な性格ですね。静かに生きたいのにそうもいかない。何度も何度も、躓いて転んでばかりです」
顔も合わせず、揃って空をみあげて笑った。
「それでも立ちあがれるのなら何度だって立ちあがればいいさ。諦めないというのは生きた人間の特権みたいなものだからな」




