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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第23話「まだ間に合う」

 その日は何も手につかなかった。いつもなら明け方までやっている魔法の研究も出来ず、何か食事を摂っておくべきかとも考えたが、気が乗らずに部屋でジッと夜を待っていた。夜になって皆が寮に帰ってきても挨拶だけ交わしてまた閉じこもった。疲れているからとだけ言って誤魔化した。


 ジルベルトもキャンディスも大切な弟子だ。一度は道を違えたが、なんとかして引き戻して良好な関係も築けるようになったばかり。どちらもそれなりに苦労をしてきたからこそ許せたのに。思わず目に涙が浮かぶ。


「……馬鹿だよな、まったく」


 殺したのは誰か想像はつく。賢者の石を追い求め、ジルベルトとキャンディスを討てるほどの強さを持っているとしたら────。


「ディアミド、お前はどこに行ったんだ。まさか自分ひとりで?」


 きっと敵を討ちに行ったに違いないと確信する。ディアミドはジルベルトを新しい弟子だと喜んで可愛がっていた。それを突然奪われたのだ。仕方ない事情とはいえども、喪失感に苦しんだはずだとアデルハイトも胸が痛くなった。


「そろそろ行かないと」


 暗くなって、フェデリコも今頃は学園の正門で待っているだろうとローブを着て外へ出る。誰の追跡もないかと確かめて走り出す。いつもより風が冷たくて、息が苦しくなった。こんなにも自分は心の脆い人間だっただろうか。アデルハイトの表情がまた暗くなっていく。


「お待ちしてましたよ。まったく寒いのになかなか来ないから」


「それは申し訳ない。……おや、もう一人いるのか?」


「ええ。念のため声を掛けておいた方がよろしいかと思いまして」


 一緒に待っていたのはアンニッキだ。こちらも浮かない顔をして、アデルハイトにどう声を掛けていいかも分からないといった様子を見せた。


「では行きましょう。あまり長く立っていると気付かれますから」


 町中はいつもより騒がしい。魔導師たちが結界の点検や避難経路の確認などを静かに行うのは日常茶飯事だが、それに加えて今後の帝国軍の動向次第で避難指示があるかもしれないという事をあちこちで知らせ回っていた。


「アデル、辛いだろう?」


「中々キツいよ。ジルベルトもキャンディスも死んだなんて」


「うん。私も、あの二人が死んだとは信じられない」


 四英雄とまで言われ、アデルハイトたちに近い実力を持った者。それが二人揃って敗北を喫したなどにわかには信じがたい。しかし、フェデリコから告げられたのは紛れもない事実だ。愛想笑いを浮かべようにもうまくいかなかった。


「話は全て聞いてる。ディアミドとも連絡が取れないんだって?」


「会ったのは昨日の昼頃だったかな。それきりだよ」


「そりゃ頭にきて当然さ。……でも、敵の強さも分からないから不安だな」


 いくらディアミドでも確実に勝てる保証はない。世の中には阿修羅のように大きく上回る実力を持った者がいる。皇帝ネヴァンもそれと同等の可能性もあるのだ。多少の戦闘行為を行ったアンニッキは、その底知れなさに背筋を冷やす。


「学園祭が終わったら、私たちも聖都へ行ってみよう。もしかしたらディアミドとも会えるかもしれないし……」


「ああ、だといいんだが。ともかく他の皆には心配を掛けないようにしよう。せっかくの学園祭なんだ、あいつらには良い思い出にしてほしいんだ」


「そうだね。悲しい表情で学園祭を終えるのは避けないと」


 アデルハイトもアンニッキも多くの経験を積んできている。いまさら知った顔が死んだとて、悲しみのどん底に突き落とされるほど脆くはない。しかしシェリアたちは違う。ときには争い、ときには笑い合った相手だ。見ず知らずの土地で帝国軍によって討たれたなどと知れば、どれほど悲しい事かと案じた。


「さあ、こちらです。遺体安置所で今は眠っております。魔法で現状を維持し続けておりますから顔色は良く見えるかもしれませんが」


 フェデリコに案内された部屋のベッドで、キャンディスは眠っていた。今にも起きそうな穏やかな表情だが、その体は傷だらけで片腕が失われている。脇腹も切り裂かれ、内臓が飛び出した状態だった。


「ここへ来たときには生きている事さえ不思議な状態でした。医療魔導師も呼んだのですが、魔力を弾く呪いのようなものに掛かっていて……」


「ちょっと退いて、私に見せてくれないかい?」


 フェデリコを軽く押し退けてキャンディスの遺体にアンニッキが触れた。


「……アデル、この子の体にはまだ魔力が残っている。自分で呪いを掛けたんだ。おそらく延命処置に使った禁術かもしれない。この子魔塔にも出入りしていたんだろ、てことは魔法の心得が多少はあったはずだ」


「禁術って。私の資料にもいくつかあったが、これに類するものは……」


 アデルハイトは危険な魔法については資料を残さない。研究するに留めて、これ以上は必要ないと判断したら廃棄した。大賢者に至れる者にしか操れないような特殊で繊細がすぎる魔法がエンリケに資料もなく解明できるはずもない。


 だから、そんなものをキャンディスが使えるとは思えなかった。


「この禁術について詳しい説明は後にしよう。まずは治療が先だ」


 アンニッキが傷口である肩と脇腹に触れると、失った腕は瞬く間に取り戻されて脇腹の傷もきれいさっぱりに消えた。いまさら遺体をどうにかする事になんの意味があるのかとアデルハイトは眺めていたが────。


「アデル。まだ間に合う、この子を蘇生しよう。こいつは禁術によって生きる事も死ぬ事も出来ていない。でも数時間後には完全に死んでしまうから」

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