夏目漱石「それから」本文と評論13-3「罪のある人」
◇本文
翌日になつて、代助はとう/\又三千代に逢ひに行つた。其時彼は腹の中で、先達つて置いて来た金の事を、三千代が平岡に話したらうか、話さなかつたらうか、もし話したとすれば何んな結果を夫婦の上に生じたらうか、それが気掛りだからと云ふ口実を拵えた。彼は此気掛かりが、自分を駆つて、凝と落ち付かれない様に、東西に引張回した揚句、遂に三千代の方に吹き付けるのだと解釈した。
代助は家を出る前に、昨夕着た肌着も単衣も悉く改めて気を新たにした。外は寒暖計の度盛の日を逐ふて騰る頃であつた。歩いてゐると、湿つぽい梅雨が却つて待ち遠しい程 熾んに日が照つた。代助は昨夕の反動で、此陽気な空気の中に落ちる自分の黒い影が苦になつた。広い鍔の夏帽を被りながら、早く雨季に入れば好いと云ふ心持があつた。其雨季はもう二三日の眼前に逼つてゐた。彼の頭はそれを予報するかの様に、どんよりと重かつた。
平岡の家の前へ来た時は、曇つた頭を厚く掩ふ髪の根元が息切れてゐた。代助は家に入る前に先づ帽子を脱いだ。格子には締りがしてあつた。物音を目的に裏へ回ると、三千代は下女と張物をしてゐた。物置きの横へ立て掛けた張板の中途から、細い首を前へ出して、曲(こゞ)みながら、苦茶々々になつたものを丹念に引き伸ばしつゝあつた手を留めて、代助を見た。一寸は何とも云はなかつた。代助も、しばらくは唯(たゞ)立つてゐた。漸くにして、
「又来きました」と云つた時、三千代は濡れた手を振つて、馳け込む様に勝手から上がつた。同時に表へ回れと眼で合図をした。三千代は自分で沓脱へ下りて、格子の締まりを外しながら、
「無用心だから」と云つた。今迄日の透る澄んだ空気の下で、手を動かしてゐた所為で、頬の所が熱つて見えた。それが額際へ来て何時もの様に蒼白く変はつてゐる辺に、汗が少し煮染み出した。代助は格子の外から、三千代の極めて薄手な皮膚を眺めて、戸の開くのを静かに待つた。三千代は、
「御待遠さま」と云つて、代助を誘ふ様に、一足横へ退いた。代助は三千代とすれ/\になつて内へ這入つた。座敷へ来て見ると、平岡の机の前に、紫の座蒲団がちやんと据ゑてあつた。代助はそれを見た時一寸厭な心持がした。土の和れない庭の色が黄色に光る所に、長い草が見苦しく生えた。
代助は又忙しい所を、邪魔に来て済まないといふ様な尋常な云訳を述べながら、此無趣味な庭を眺めた。其時三千代をこんな家へ入れて置くのは実際気の毒だといふ気が起つた。三千代は水いぢりで爪先の少しふやけた手を膝の上に重ねて、あまり退屈だから張物をしてゐた所だと云つた。三千代の退屈といふ意味は、夫が始終外へ出てゐて、単調な留守居の時間を無聊に苦しむと云ふ事であつた。代助はわざと、
「結構な身分ですね」と冷ひやかした。三千代は自分の荒涼な胸の中を代助に訴へる様子もなかつた。黙つて、次の間へ立つて行つた。用簟笥の環を響かして、赤い天鵞絨で張つた小さい箱を持つて出て来た。代助の前へ坐つて、それを開けた。中には昔し代助の遣つた指環がちやんと這入つてゐた。三千代は、たゞ
「可でせう、ね」と代助に謝罪する様に云つて、すぐ又立つて次の間へ行つた。さうして、世の中を憚(はゞか)る様に、記念の指環をそこ/\に用簟笥に仕舞つて元の坐に戻つた。代助は指環に就ては何事も語らなかつた。庭の方を見て、
「そんなに閑なら、庭の草でも取つたら、何うです」と云つた。すると今度は三千代の方が黙つて仕舞つた。それが、少時続いた後で代助は又改めて聞いた。
「此間の事を平岡君に話したんですか」
三千代は低い声で、
「いゝえ」と答へた。
「ぢや、未だ知らないんですか」と聞き返した。
其時三千代の説明には、話さうと思つたけれども、此頃平岡はついぞ落ち付いて宅にゐた事がないので、つい話しそびれて未だ知らせずにゐると云ふ事であつた。代助は固より三千代の説明を嘘とは思はなかつた。けれども、五分の閑さへあれば夫に話される事を、今日迄それなりに為てあるのは、三千代の腹の中に、何だか話し悪い或る蟠があるからだと思はずにはゐられなかつた。自分は三千代を、平岡に対して、それだけ罪のある人にして仕舞つたと代助は考へた。けれども夫れは左程に代助の良心を螫すには至らなかつた。法律の制裁はいざ知らず、自然の制裁として、平岡も此結果に対して明かに責めを分たなければならないと思つたからである。 (青空文庫より)
◇評論
「翌日になつて、代助はとう/\又三千代に逢ひに行つた」。その言い訳・理由付けとして、「先達つて置いて来た金の事を、三千代が平岡に話したらうか、話さなかつたらうか、もし話したとすれば何んな結果を夫婦の上に生じたらうか、それが気掛りだからと云ふ口実を拵えた」。しかし代助自身、分かっている。「此気掛かりが、自分を駆つて、凝と落ち付かれない様に、東西に引張回した揚句、遂に三千代の方に吹き付けるのだと」。
昨夕代助は、他の女性と体を重ねた。だから彼は、「家を出る前に、昨夕着た肌着も単衣も悉く改めて気を新たにした」のだ。「外は」「熾んに日が照つた」。「代助は昨夕の反動で、此陽気な空気の中に落ちる自分の黒い影が苦になつた」。「彼の頭は」「どんよりと重かつた」。同じところに留まることを許さない焦燥が、彼を急き立てる。しかし頭はどんよりと曇っている。
「平岡の家」に着くと、「裏」で「三千代は下女と張物をしてゐた」。彼女の「細い首」、「曲(こゞ)みながら、苦茶々々になつたものを丹念に引き伸ばしつゝあつた手」、「代助を見」る目。ふたりはその瞬間、言葉を失う。「代助も、しばらくは唯(たゞ)立つてゐた」。見つめ合うふたり。「漸く」代助が「又来きました」と言うと、「三千代は濡れた手を振つて、馳け込む様に勝手から上が」り、「同時に表へ回れと眼で合図をした」。「自分で沓脱へ下りて、格子の締まりを外しながら、「無用心だから」と云つた」。「頬の所が熱つて見えた」。「それが額際へ来て何時もの様に蒼白く変はつてゐる辺に、汗が少し煮染み出した」。「代助は格子の外から、三千代の極めて薄手な皮膚を眺めて、戸の開くのを静かに待つた」。
このように代助は、三千代の一挙手一投足、表情、目つき、姿かたちを注意深く見つめる。何も見逃すまいとするかのようだ。自分を迎え入れようと急ぐ様子、頬のほてり(これは代助が来てくれたからだ)、いつもと同じ蒼白さ、薄い皮膚。愛する相手のそれらすべてが、代助にはいとおしい。
ここまでのふたりの会話は、「又来きました」という代助の言葉と、「無用心だから」、「御待遠さま」という三千代の言葉しかない。ふたりに言葉は不要なのだ。
「座敷へ来て見ると、平岡の机の前に、紫の座蒲団がちやんと据ゑてあつた。代助はそれを見た時一寸厭な心持がした」。物と場所はその人を表す。平岡の存在を濃厚に感じ、そうしてそのそばにいる時の三千代を憐れに思う代助。
「土の和れない庭の色が黄色に光る所に、長い草が見苦しく生えた」や、「此無趣味な庭」には、そこに住む平岡に対する批判・反感が込められている。だから、「三千代をこんな家へ入れて置くのは実際気の毒だといふ気が起つた」のだ。
三千代の「あまり退屈だから張物をしてゐた所だ」という言葉は、「夫が始終外へ出てゐて、単調な留守居の時間を無聊に苦しむ」意味だと分かった上で「代助はわざと、「結構な身分ですね」と冷ひやかした」。これはシャレになっていない。戯れかける代助に「三千代は自分の荒涼な胸の中を」「訴へる様子もな」く、「黙つて、次の間へ立つて行つた」。この後彼女は自分の思いを行動で伝え、代助をたしなめる。
簟笥の中に大事にしまってある「赤い天鵞絨で張つた小さい箱」の「中には昔し代助の遣つた指環がちやんと這入つてゐた」。この「ちゃんと」は、しっかりと代助の好意を受けとめ、「記念の指環」を大切に保管しているという意味が込められている。(話者が三千代に寄り添った表現) けれど三千代は、多くを語らない。「三千代は、たゞ「可でせう、ね」と代助に謝罪する様に云つて、すぐ又立つて次の間へ行つた。さうして、世の中を憚(はゞか)る様に、記念の指環をそこ/\に用簟笥に仕舞つて元の坐に戻つた」。先日代助から受け取った金で、三千代は質入れしていた指輪を取り戻したのだ。その行為に対する代助の了承を得ようとした、「可でせう、ね」という言葉。生活のためでなく、指輪を取り戻すために大事な金を使ってしまったことへの「謝罪」。彼女が、「世の中を憚(はゞか)る様に、記念の指環をそこ/\に用簟笥に仕舞」う様子を後ろから見ていた代助は、彼女の自分への好意を感じたはずだ。だから「代助は指環に就ては何事も語らなかつた」。
次の代助の「そんなに閑なら、庭の草でも取つたら、何うです」という「ひやかし」もセンスが悪い。せっかく好意を示したのに、何の反応も見せない代助から発せられたこの言葉に、「今度は三千代の方が黙つて仕舞つた」。
それで代助はやっと本題に入る。
代助「此間の事を平岡君に話したんですか」
三千代(低い声)「いゝえ」
代助「ぢや、未だ知らないんですか」
三千代の説明…「話さうと思つたけれども、此頃平岡はついぞ落ち付いて宅にゐた事がないので、つい話しそびれて未だ知らせずにゐる」 この三千代の説明は、嘘とまではいわないが、彼女はそもそも話すつもりはないと考えている。彼女は既にこの時、「世の中を憚(はゞか)る」秘密の共有を自覚しており、またそれを肯定している。この時彼女は代助との関係に一歩踏み込んだ。
代助の反応…「固より三千代の説明を嘘とは思はなかつた。けれども、五分の閑さへあれば夫に話される事を、今日迄それなりに為てあるのは、三千代の腹の中に、何だか話し悪い或る蟠があるからだと思はずにはゐられなかつた」。当然この「話し悪い或る蟠」とは、代助への愛である。代助にその認識はまだ薄いようだ。普通であれば、自分への好意を示してくれたことへの喜び・歓喜が先に来るべきところなのに、「自分は三千代を、平岡に対して、それだけ罪のある人にして仕舞つた」という点に、彼の注意は向けられる。平岡に対する隠し事としては、代助から黙って金を借りていることではなく、代助への好意を持っていることの方が重大だ。三千代はそれを強く意識しているのに対し、代助の認識はややぼんやりしている。この代助の鈍さが、この後の展開に影響してくる。
代助は思考を進める。三千代の平岡への罪の自覚は、それほど自分の良心を責めない。なぜなら、「自然の制裁として、平岡も此結果に対して明かに責めを分たなければならないと思つたからである」。「法律」によって自分と三千代は「制裁」されるかもしれないが、平岡も同様に「自然」によって責められて当然だと、代助は考える。ここに至ってやっと代助も、自分と三千代は愛し合っており、その思いは世の中から責められるものなのだという認識をはっきり持つ。
今話の語り手の説明は、これまでとは異なり、一歩踏み込んだ感がある。三千代の代助への好意を説明する文言が表れたからだ。「話し悪い或る蟠」は明らかに代助への愛を表す。
【姦通罪について】(姦通罪 - Wikipediaより)
配偶者のいる者が、それ以外の者と姦通することにより成立する犯罪。
日本においては伝統的に、姦通(あるいは不義密通、不倫)は重罪とされ、公事方御定書でも両者死罪の重罪とされ、協力者もまた中追放か死罪であった。また夫は現行犯の場合には姦男と妻を殺害しても罪には問われることがなかった。アイヌの社会においても、不義密通を犯した者は見せしめとして男女ともに耳そぎ、鼻そぎ、あるいは頭髪や髭を抜き取られた。
明治期に入り、1880年7月17日に布告された旧刑法(明治13年太政官布告第36号、1882年1月1日施行)においては、その353条に規定され、1907年4月24日に公布された刑法(明治40年法律第45号。1908年10月1日施行)183条に引き継がれた。
[戦前の日本における犯罪構成要件]
姦通罪は必要的共犯として、夫のある妻と、その姦通の相手方である男性の双方に成立するものであり、夫を告訴権者とする親告罪で、女性は告訴することができなかった。また、告訴権者である夫が姦通を容認していた場合には、告訴は無効とされ罰せられないものとされた。夫が告訴するには、姦婦との婚姻を解消し、または離婚の訴を提起した後でなければならない。再婚または離婚の訴の取下は告訴の取消と見なされる。内縁の夫のある婦女が他の男子と私通しても姦通罪は成立しない。正妻のある男が他の婦女と私通しても姦通罪は成立しない。
〇旧刑法(明治40年法律第45号) 第183条
「有夫ノ婦姦通シタルトキハ二年以下ノ懲役ニ處ス其相姦シタル者亦同シ」
(夫のある女子が姦通したときは2年以下の懲役に処す。その女子と相姦した者も同じ刑に処する。)
「前項ノ罪ハ本夫ノ告訴ヲ待テ之ヲ論ス但本夫姦通ヲ縱容シタルトキハ告訴ノ效ナシ」
(前項の罪は夫の告訴がなければ公訴を提起することができない。ただし、夫自ら姦通を認めていた時は、告訴は効力を有しない。)
〇戦後の廃止
第二次世界大戦後、1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法には、男女平等が定められ(第14条)、男性にとって都合の良い姦通罪は、同条に違憲となる状態となった。一部には「妻のある男性にも平等に適用するように改正すれば、憲法に違反しない」とする意見もあり、当時の世論は、若者が両罰化に賛成で、年配者が姦通罪廃止に賛成という意見だったが、同年10月26日の刑法改正によって、刑事罰としての姦通罪は廃止された。
○まとめ
以上をまとめると、次のようになる。
「配偶者のいる者(三千代)が、それ以外の者(代助)と姦通」し、これを姦婦(三千代)との婚姻を解消しまたは離婚の訴を提起した後に夫(平岡)が告訴すると、姦通罪が成立する。告訴権者である夫(平岡)が姦通を容認していた場合には、告訴は無効とされ罰せられない」
代助と三千代は愛し合ってはいるが、この時まではおそらく、まだ姦通はしていない。
(平岡との結婚前にどうだったかは、後に考察する)
従って、この法律を前に代助がどう判断し行動するかが、この後問われることになる。
代助と三千代は姦通するのか?
それを知った場合、平岡はどう考え行動するのか→告訴するか、容認するか?→それぞれの場合、代助と三千代はどう行動するのか?…告訴されれば姦通罪成立。容認されればふたりの生活が可能。
(姦通罪に問われた後に、ふたりで人生を歩むことはできるだろうが)
つまり、姦通するかどうかは代助と三千代の意志になるが、それを受けて姦通罪を問うか否かは平岡の意志ということになる。
自分と三千代が姦通したら、平岡はどう考え行動するだろうか? というのが、この場面での代助の恐れということだ。
もちろん姦通によって、父・兄・嫂たちとの関係は断たれ(家族関係と経済の途絶)、世間からはバッシングされる(不義密通)だろう。また平岡(友人)からは厳しく責められる。
代助と三千代は今、深く後悔している。
なぜあの時自分たちは相手への好意を素直に認め、表し、結婚しなかったのだろう?
なぜ自分は平岡に三千代を斡旋してしまったのだろう?
あの時自分は、友情を誇る自分に酔っていたのではないか?
まだ若く未熟だった自分たち。
その思慮の足りなさ。
あの時、自分の気持ちに素直になれなかったことが、現在のふたりを復讐する。(そうして平岡へも)
取り戻せない時間。
やり直せない人間関係。
代助と三千代の後悔は深い。
愛はすべての上位にある。
この後のふたりを見守りたい。
○補足
「姦通罪」は、肉体関係が要件となる。プラトニックラブの場合は、罪に問えない。その場合は精神力な不義ということでの関係者間の軋轢ということになるのだろう。
漱石は、三千代に会う前の代助に、他の女性と交渉させている。これは、代助に肉欲があることを示したもので、当然、愛する三千代へもそれは向かうことになる。だから代助の気持ちがさらに募れば、また、三千代がそれに応ずれば、ふたりは肉体的にも結ばれる運命にある。ふたりのこころは既に繋がれた。次は体もひとつになるのが必然だ。ふたりはプラトニックになり得ない。(以前、代助は自分の顔を三千代に一尺ほどの距離に近づけた) ふたりは姦通罪に問われる可能性が高い。
そこまで漱石は、ちゃんと計算して物語を作っている。
愛する三千代に会う前に、なぜ他の女性と交渉したのかという疑問も、これで解消する。




