夏目漱石「それから」本文と評論12-2
◇本文
代助は其夜すぐ立たうと思つて、グラツドストーンの中を門野に掃除さして、携帯品を少し詰め込んだ。門野は少なからざる好奇心を以て、代助の革 鞄を眺めてゐたが、
「少し手伝ひませうか」と突立たまゝ聞いた。代助は、
「なに、訳はない」と断わりながら、一旦詰め込んだ香水の壜を取り出して、封被を剥いで、栓を抜いて、鼻に当てゝ嗅いで見た。門野は少し愛想を尽かした様な具合で、自分の部屋へ引き取つた。二三分すると又出て来て、
「先生、車を左様云つときますかな」と注意した。代助はグラツドストーンを前へ置いて、顔を上げた。
「左様、少し待つて呉れ給へ」
庭を見ると、生垣の要目の頂(いたゞき)に、まだ薄明るい日足がうろついてゐた。代助は外を覗きながら、是から三十分のうちに行く先を極めやうと考へた。何でも都合のよささうな時間に出る汽車に乗つて、其汽車の持つて行く所へ降りて、其所で明日迄暮して、暮してゐるうちに、又新らしい運命が、自分を攫ひに来るのを待つ積りであつた。旅費は無論充分でなかつた。代助の旅装に適した程の宿泊を続けるとすれば、一週間も保たない位であつた。けれども、さう云ふ点になると、代助は無頓着であつた。愈(いよ/\)となれば、家から金を取り寄せる気でゐた。それから、本来が四辺の風気を換えるのを目的とする移動だから、贅沢の方面へは重きを置かない決心であつた。興に乗れば、荷持ちを雇つて、一日歩いても可いと覚悟した。
彼は又旅行案内を開いて、細かい数字を丹念に調べ出したが、少しも決定の運びに近寄らないうちに、又三千代の方に頭が滑つて行つた。立つ前にもう一遍様子を見て、それから東京を出やうと云ふ気が起つた。グラツドストーンは今夜中に始末を付けて、明日の朝早く提げて行かれる様にして置けば構はない事になつた。代助は急ぎ足で玄関迄出た。其音を聞き付けて、門野も飛び出した。代助は不断着の儘、掛釘から帽子を取つてゐた。
「又御出掛けですか。何か御買物ぢやありませんか。私で可ければ買つて来ませう」と門野が驚いた様に云つた。
「今夜は已めだ」と云ひ放した儘、代助は外へ出た。外はもう暗かつた。美しい空に星がぽつ/\影を増して行く様に見えた。心持ちの好い風が袂を吹いた。けれども長い足を大きく動かした代助は、二三町も歩かないうちに額際に汗を覚えた。彼は頭から鳥打を脱つた。黒い髪を夜露に打たして、時々帽子をわざと振つて歩いた。
平岡の家の近所へ来ると、暗い人影が蝙蝠の如く静かに其所、此所(こゝ)に動いた。粗末な板塀の隙間から、洋燈の灯が往来へ映つた。三千代は其光の下で新聞を読んでゐた。今頃新聞を読むのかと聞いたら、二返目だと答へた。
「そんなに閑なんですか」と代助は座蒲団を敷居の上に移して、椽側へ半分身体を出しながら、障子へ倚りかゝつた。
平岡は居なかつた。三千代は今湯から帰つた所だと云つて、団扇さへ膝の傍に置いてゐた。平生の頬に、心持ち暖かい色を出して、もう帰るでせうから、緩りしてゐらつしやいと、茶の間へ茶を入れに立つた。髪は西洋風に結つてゐた。
平岡は三千代の云つた通りには中々帰らなかつた。何時でも斯んなに遅いのかと尋ねたら、笑ひながら、まあ左んな所でせうと答へた。代助は其笑ひの中に一種の淋しさを認めて、眼を正(たゞ)して、三千代の顔を凝と見た。三千代は急に団扇を取つて袖の下を煽いだ。
代助は平岡の経済の事が気に掛かつた。正面から、此頃は生活費には不自由はあるまいと尋ねて見た。三千代は左様ですねと云つて、又前の様な笑ひ方をした。代助がすぐ返事をしなかつたものだから、
「貴方には、左様見えて」と今度は向ふから聞き直した。さうして、手に持つた団扇を放り出して、湯から出たての奇麗な繊い指を、代助の前に広げて見せた。其指には代助の贈つた指環も、他の指環も穿めてゐなかつた。自分の記念を何時でも胸に描いてゐた代助には、三千代の意味がよく分かつた。三千代は手を引き込めると同時に、ぽつと赤い顔をした。
「仕方がないんだから、堪忍して頂戴」と云つた。代助は憐れな心持がした。 (青空文庫より)
◇評論
読者の心が動き、物語の面白さを感じる回。
「グラッドストーン」…軽く細長い旅行かばん。(角川文庫注釈)
「代助は、「なに、訳はない」と断わりながら、一旦詰め込んだ香水の壜を取り出して、封被を剥いで、栓を抜いて、鼻に当てゝ嗅いで見た。門野は少し愛想を尽かした様な具合で、自分の部屋へ引き取つた」
…グラッドストーンの革鞄といい香水といい、西洋の文化を身にまとう金持ちでおしゃれな代助の様子。彼は、香水の香りを楽しむさまを書生に見られても恥ずかしいとは思わない。門野はだから、「少し愛想を尽かした様な具合で、自分の部屋へ引き取つた」のだ。
「要目」(かなめ)…「カナメモチは庭木として利用される赤い葉をつける樹木です。カナメモチは丈夫なため生垣として利用されており、その丈夫さから昔は扇の要として使われていたことが名前の由来とされています。」(カナメモチの育て方!生垣としての植え方や剪定など管理のコツを解説! | BOTANICA (botanica-media.jp))
「代助は外を覗きながら、是から三十分のうちに行く先を極めやうと考へた。何でも都合のよささうな時間に出る汽車に乗つて、其汽車の持つて行く所へ降りて、其所で明日迄暮して、暮してゐるうちに、又新らしい運命が、自分を攫ひに来るのを待つ積りであつた」
…「こころ」の先生も無職だったが、代助も随分いいご身分だ。大した理由もなく気軽に旅行に出ることができる。「行く先」は風任せ。「高等遊民」の面目躍如。「旅費は無論充分でなかつた」が「無頓着で」、「愈(いよ/\)となれば、家から金を取り寄せる気でゐた」。結局親がかりなのだ。
「本来が四辺の風気を換えるのを目的とする移動だから、贅沢の方面へは重きを置かない決心であつた。興に乗れば、荷持ちを雇つて、一日歩いても可いと覚悟した」
…目的が曖昧で、「荷持ちを雇つて」歩く旅に、「決心」や「覚悟」という言葉はふさわしくない。はたから見れば、呑気なアラサーというしかない。
環境を変え、それまでの人生を振り返り未来を考察するのが目的という旅を代助は、「四辺の風気を換えるのを目的とする移動」と述べている。
嫂の圧迫と三千代の引力に悩む代助は、自然、「又三千代の方に頭が滑つて行つた」。そうして、「立つ前にもう一遍様子を見て、それから東京を出やうと云ふ気が起つた」。「代助は急ぎ足で玄関迄出」、「不断着の儘、掛釘から帽子を取つて」三千代のもとへと出かける。
「外はもう暗」い。「美しい空に星がぽつ/\影を増して行く様に見え」る。「心持ちの好い風が袂を吹いた」。「長い足を大きく動かした」などからは、愛する人のもとに向かう心の高揚がうかがわれる。彼は「二三町も歩かないうちに額際に汗を覚え」、「頭から鳥打を脱」り、「黒い髪を夜露に打たして、時々帽子をわざと振つて歩いた」。好きな人に会いに行くうれしさと期待。
三千代の「暗い人影が蝙蝠の如く静かに其所、此所(こゝ)に動いた」。それは、「粗末な板塀の隙間から、洋燈の灯が往来へ映つた」ので分かった。わずかな光と影の世界に住む、影絵のような三千代の、寂しさや心細さ、不幸が感じられるシーンだ。
「三千代は其光の下で新聞を読んでゐた。今頃新聞を読むのかと聞いたら、二返目だと答へた」
…わずかな光を頼りに生きる三千代の哀れを少しでも消してあげようと、代助はわざと明るく戯れ言を言う。その問いを批判せず素直に返す三千代がかわいらしいし、かえって面白い。彼女の返事は、代助の心を清めてくれただろう。
「「そんなに閑なんですか」と代助は座蒲団を敷居の上に移して、椽側へ半分身体を出しながら、障子へ倚りかゝつた」
…代助はなおもこのように言いかかり、三千代との心の距離を狭めようとする。身体はというと、「座蒲団を敷居の上に」自ら「移して」、「椽側へ半分身体を出し」、「障子へ倚りかゝつた」。なじみで気安い関係であることがわかる一方で、平岡がいない場面であるから、部屋を開放し、三千代と距離を取るという配慮が感じられる。代助は三千代にとても気を遣っているのだ。
「平岡は居なかつた。三千代は今湯から帰つた所だと云つて、団扇さへ膝の傍に置いてゐた。平生の頬に、心持ち暖かい色を出して、もう帰るでせうから、緩りしてゐらつしやいと、茶の間へ茶を入れに立つた。髪は西洋風に結つてゐた」
…主人が留守の場面で愛する人妻と相対するアラサーの男。しかも相手は風呂上がりで頬が少し紅潮している。髪はいつもの島田ではなく西洋風に簡単にまとめただけ。いつ間違いが起こってもおかしくないエロい場面だ。
「明治初期の女性の髪型は?
明治5年(1872)年、東京府は女子に対して断髪禁止令を出しました。女性たちにとって、髪型の自由は男性のそれよりも遅れていました。髪を切るのにいちいち役所に提出する「断髪届」があったほどです。しかし、明治16年(1883年)に鹿鳴館ができたことをきっかけに、女性にも洋装が認められるようになりました。そしてその二年後には、「婦人束髪会」というものが結成されました。それまでの日本髪はきれいに保つため5日おきに油を塗らなければなりませんでしたが、洗髪は頻繁にできなかったため、不衛生。かつ結髪代もかさみ、不経済でした。そのため、洋風の髪型への移行という運動が起きました。婦人束髪会が提唱した束髪というのは、「西洋上げ巻」「西洋下げ巻」など。日本髪よりも簡単に結べるのが特徴でした」(西洋上げ巻、ザンギリ頭…文明開化の明治時代、男女の髪型はどのように変化したのか | ファッション - Japaaan - ページ 2)
ここでの三千代は風呂上がりであり、これよりもさらに簡略化したまとめ髪だっただろう。
「平岡は三千代の云つた通りには中々帰らなかつた。何時でも斯んなに遅いのかと尋ねたら、笑ひながら、まあ左んな所でせうと答へた。代助は其笑ひの中に一種の淋しさを認めて、眼を正(たゞ)して、三千代の顔を凝と見た。三千代は急に団扇を取つて袖の下を煽いだ」。
…愛する妻が待つと思えば、夫は帰宅を急ぐだろう。帰りが遅く放っておかれる三千代に淋しみを感じる代助は、「眼を正(たゞ)して、三千代の顔を凝と見た」。「あなたは心の底で本当は、どう思っているのですか」という意味のまなざし。代助に「顔を凝と見」られた「三千代は急に団扇を取つて袖の下を煽いだ」。これもまた色気が感じられるシーンであり、代助はドキドキしただろう。三千代のしどけない姿が、艶っぽい。
「平岡の経済」はそのまま三千代に影響する。だから彼は「気に掛か」り、「正面から、此頃は生活費には不自由はあるまいと尋ねて見た」。「左様ですね」といって、と云つて、再び「一種の淋しさ」を含んだ「笑ひ方をした」。
代助は考える。平岡家の経済状況がすぐに好転するとは考えにくい。だからそれを代助から問われた三千代は、このような反応をするしかない。自分は三千代に辛いことを聞いてしまった。だから彼は「すぐ返事をしなかつた」のだ。
返事に困る代助の様子を見て、三千代は、「貴方には、左様見えて」と聞き直す。「さうして、手に持つた団扇を放り出して、湯から出たての奇麗な繊い指を、代助の前に広げて見せた。其指には代助の贈つた指環も、他の指環も穿めてゐなかつた」。「自分の記念を何時でも胸に描いてゐた代助には、三千代の意味がよく分かつた」。三千代は生活費に不自由している。指にはめていた大切な代助からの贈り物も他の指輪も、すべて質に入れてしまった。
「三千代は手を引き込めると同時に、ぽつと赤い顔をした」。演技的所作をした自分に気づき、恥ずかしがる様子。そうして彼女は、「仕方がないんだから、堪忍して頂戴」と、素直な言葉で述べる。
代助は、これらすべてから三千代の「憐れ」さを心に感じる。愛する人が困っている。それをどうにかしてあげたいと思うのは当然の帰結だろう。
次話で代助は、三千代に紙幣を渡す。