pierrot
「どうやったら、人を愛せるのですか」
男は今日も道ゆく人に聞いて回る。
人は怪訝そうに男を見て、あるいは無視をして、そのまま通り過ぎた。
街は、男に冷たかった。
男は切実に愛について知りたかったのだ。冷え切った心に熱が欲しかったのだ。誰かを愛そうともしてみたが、うまくいかず悲惨な目に遭うだけだった。犬にすらそっぽをむかれた。
どれだけ愛に向き合っても、男は愛がわからなかった。
ある日、いつものように街で愛について聞いて回っていたら、広場から陽気な音楽が聞こえてきた。
男は広場に向かった。
広場には人が集まっており、その中心に1人の道化師がいた。
奇妙な動きをしている道化師に、群衆は酒をかけたり石を投げたりして楽しんでいた。
男はただその様子を見ていた。しばらくして、傷と酒でボロボロのびしょびしょになった道化師が後片付けを始めた。
「どうやったら、人を愛せますか」
男は道化師に聞いたが、道化師はへんてこな声で笑うだけだった。男は諦めて家路に就いた。
翌日も広場から陽気な音楽が聞こえてきた。
男は広場に向かった。群衆の中心には道化師の他に屈強な男がいて、道化師をサンドバッグのように袋叩きにしていた。群衆はそれをみて感情を爆発させていた。
しばらくして、ボロボロびしょびしょ道化師は木の棒を杖代わりにして立ち上がった。その様子から左足の骨が折れているのだろうと推測できた。
男は道化師の片付けを手伝うことにした。その間、道化師は相変わらずけたけたと笑っていた。
「どうすれば、人を愛せますか」
男の質問に、道化師はけたけた笑うだけだった。
「愛とは、なんですか」
何を聞いても、どうしても、道化師はただただ笑うだけだった。
翌日、そのまた翌日も、広場に道化師は姿を表さなかった。人がぽつんぽつんと、それぞれがそれぞれの友人とささやかにお酒を交わしているだけ。広場にはどこか寂しげな、冷たい空気が漂っていた。
男は今一度、家に籠って愛に向き合うことにした。
人形を市場で買って、それを愛してみることにした。
人形にエマという名前をつけた。
ご飯も同じ物2人分用意したし、一緒の布団で寝た。
家に篭っている間、エマを愛することだけに全てを注いだ。
しかし、男は愛を認識することはついに出来なかった。
——久しぶりの外の日差しは眩しく、暖かかった。街ゆく人々は前を向き、それぞれの友人と、恋人と、幸せそうに街の通りを歩いていた。
そして、広場から陽気な音楽が聞こえてきた。
男は広場に向かった。
広場では、右手と左足を失った道化師が、左手と右足でうまくバランスを取り、奇妙に踊っていた。
群衆の投げた石が道化師の右足に命中し、道化師はバランスを崩して転んだ。それをみて群衆はどっと沸いた。
道化師はまた立ち上がり、また踊った。今度は石が左手に命中し、道化師が転んだ。また群衆は盛り上がった。
“祭り”が終わった後、道化師は地を這って後片付けを始めた。男は道化師を手伝うことにした。
「あなたにとって、愛とは何ですか」
男は聞いた。
道化師はしゃがれた声で答えた。
「愛とは、差別です」
「私は彼らを愛しています。ただ、自身は心底嫌いです」
男は驚いた。そして悟った。
愛とは不公平そのものなのだと。
その日の晩、男はエマにのみ食事を作った。エマにのみ布団をかけて、自身は床で寝た。
翌朝、エマを壁に叩きつけた。その場で思いつく限りエマの尊厳を踏み躙った。
男は、快晴の下で満面の笑みを浮かべた。
今日も広場では陽気な音楽が流れていた。
中心には道化師と屈強な男がいて、屈強な男は大きな刃物で道化師の体を解体していた。
道化師は血を吐きながらごぽごぽと声を発していた。もはや笑ってるかどうかすらもわからなかった。
道化師の吐いた血がレコードにかかって、音楽が不気味に歪んだ。そして群衆は一番の盛り上がりを見せた。
全てが終わった後、ボロ雑巾のように扱われぐちゃぐちゃの肉塊になった道化師はもはや動くことはなかった。男は1人で後片付けを始めた。
天気は快晴だった。青い空がどこまでも続いていた。