胎(ハラ)は亡き、祓えぬ母(カカ)へ。
「嗚呼、あの村に行くのなら、そのスイカは切ってから持っていきなさい」
大学生となってから、三度目の夏休みのことだった。
久々の帰省。地元に近い地域に住む親戚にそこの祭へと呼ばれ、実家に帰るついでに寄っていこうと車を走らせていた道中。その途中にある道の駅で初老の男性に声を掛けられたと思ったら、そんな不可解なことを言われた。
祭には酒や果物を家の表に供えると聞いていたので、それならば手土産に、とせっかく大きなものをまるごと買ったのに、それを切ってしまっては意味が無いだろう。しかし、そのことを説明すると、初老の男性は「尚更だ」と語気を強めた。
曰く、あの村では昔、余所から来た身重の女性が村八分に遭った際に、『スイカ割り遊び』と称して村の子供達をけしかけられて腹の子を亡くしてしまった、ということがあったのだという。そして、身重だった女性は村を恨みながら自害した、とも。
丁度、祭が近い夏の終わり頃。この時期だったそうだ。
その後、何事も無かったかのように祭は開催されたのだが、異変はそこで起きた。
――――ぁ、……ゃぁ、――――おぎゃぁ。
祭の日。日が暮れると、村の家々から赤子の声が聞こえてきたのだそうだ。
真っ赤な夕焼けが辺り一面を染め、濃い影を焦げつかせる中。縁側に供えられた祭の供え物、その中心に置かれたスイカから、その声は反響するようにして聞こえていたという。
――――まさか、まさか。村で古くから受け継がれてきた『祭』という神聖な事柄が、たかが一人の人間の、否、『余所者』の恨みなんぞで穢されるなど。
村の者は皆そう思えど、蝉の鳴き声をも掻き消す程に村中で聞こえる数多の泣き声が、疑念を膨らませては不安と恐怖を煽り立てる。
そして、一つ。割ってみることにしたそうだ。
もし中身が想像通りなら、と考えると、感触が直に伝わる包丁を入れるのは憚られたのだろう。
鈍く重い音と共に、それはいとも簡単に割れた。真っ赤な塊と液体は無造作に散り、近くにいた者の靴を、裾を染め、まるで這い縋る幼子の手のような形へと滲んでゆき――――――怖じ気づいてよろけた者の足元で、ぶにゅ、と音を立てた。
それ以来、その村では祭の時期になると、村にスイカを持ち込まず、また、持ち込ませないようになったのだという。
「へぇ、そうなんですか」
僕はそう、納得したように言った。
バカバカしい。
内心そう思って聞いていた。
僕も昔はひ弱でこういう話を信じて怖がったりもしていたが、今ではジム通い等でいくらか筋肉質になれたからか、自分に自信が持てた上に交遊関係も変わり、非現実的な物事には興味すら持たなくなった。やはり、現実を楽しんだ方が有意義だろう。
昔は両手でもスイカを丸々一個持つのは難しかったが、今では網に入れてあれば片手でもそれなりに軽々と持てる。この変わりように、親戚は驚くことだろう。
嗚呼、早く見せてやりたいなぁ――――。