第1話
「いっけな〜い!遅刻遅刻〜!」
そんな少女漫画の最初に見かける、所謂テンプレ的なセリフを言いながら食パンをくわえて走るのは私、黒染 結羽。
物語の登場人物の様な名前をしているが、実際はなんてことの無い24歳会社員。
普通の高校、普通の大学を出て、普通に就職した、Theフツーな人生を謳歌している一般人だ。
趣味は漫画とアニメ。好きな食べ物はカレーライス。
個性らしい個性と言えば、名前と、物語におけるテンプレが好きだというくらいだろう。
異世界物であれば、勇者として召喚され魔王討伐を依頼される。旅の途中で出会った美女美少女をハーレムに加え、挙句の果てには討伐対象の魔王ですらハーレムに加える。
少女漫画であれば、朝ギリギリの時間にパンを加えながら出発し、冒頭のセリフを言いながら走る。すると曲がり角でイケメンとぶつかり、悪態を付かれる。何とか学校に到着すると、転校生が来るとの知らせが。その転校生が朝ぶつかったイケメンだった。
そんな、世の中にありふれた物語。
幼い頃に見たある異世界漫画。その漫画も例に漏れずテンプレ満載の物語だったが、だからだろうか。こんな世界があったなら、私も輝けるのだろうか。そう思ったのを今でも覚えている。
そのせいか、テンプレが起きる事を夢見てことある事にお決まりの言動をするようになったのは……まぁそれは置いておこう。
兎に角、私が何を言いたいかと言うと、イケメンがぶつかってくれますように!!
この一言に尽きる。
と、そんな事を考えている内に会社までの最後の曲がり角だ。
ここでぶつからなければ今日も物語のテンプレから外れた、ただの私の日常で終わるだろう。
どうか、誰かとぶつかって日常から抜け出せますようにっ!
「どけぇぇぇぇぇえ!!!!」
―ドスッ!
私の願いが届いたのか、曲がり角で誰かとぶつかった。
相手はイケメンだろうか。どんないい男なんだとぶつかった相手を見る。
顔は…マスクとサングラスでよく分からない。
服は…全身真っ黒。
手には…赤く染った包丁を握っている。
「ひぃぃぃいっ!」
あ、どっか行った…
顔も分からなかったし、ただぶつかっただけで、また日常に戻るのだろう。
あれ…足が重い…。
脇腹が熱いのに…体は寒い…。
―どさっ
「キャァァァァァァァ!!!」
近くで悲鳴が上がった。
そうか。刺されたのか。私は。
物語でよくある展開だ。
序盤で主人公は刺されて死んで、異世界に転生する。
幼い頃から願い続けた、非日常的な毎日。その夢が叶うかは分からない。が、少なくとも1歩を踏み出したのは間違いないだろう。強制的にではあるが。
ただ一つ言いたい。
微妙にテンプレからズレてない…?
ほら、普通主人公が刺される時って、誰かを庇うのがお決まりじゃん!
なのに私は…食パンをくわえながら走って、曲がり角でぶつかった相手に刺されて死んだ。
あれ、これただひたすらに運が悪いだけで終わらない…?
お願いします神様!どうか私を異世界に転生させてください!!