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047 ラッキー

 ゴギ……ッ!

 踏み折った脊椎が痛ましい音を鳴らす。

 アルフェの足元でびぐびぐと震えたトカゲはそのまま息絶えた。


 剣のような尾と鎧みたいな骨格を持つリザルナイトだ。最後の一匹を仕留めたことで、ひとまず魔物たちの群れは収まった。


 死屍累々を見回して、アルフェはふぅと一息つく。


「討伐証明を取るほうが面倒ですね」

 《はやくやっちまえよー》


 なにせ死体にはすでにネクロムが巻きついている。

 戦闘中にも蹴散らしたりはしていたが、それでも死体たちはちらほらと解体されつつあった。


 アルフェは警戒をベルに任せ、急いで死体たちから討伐証明部位を剥ぎ取っていく。


 階層境界を超えたことで好戦的な新顔の魔物たちもたくさんいて、おかげでバックパックはかなり満載だ。


「戻りましょうか」

 《もうか? 早ぇーな》

「ここの魔物より私と遊んでください」

 《げはは! そゆことならしゃーねーか!》


 上機嫌に笑ってしっぽを巻き付けてくるベル。

 さわさわの毛が傷口に触れて、むず痒いような心地にそっと笑む。


 ベルからもらった傷はあえて残してある。

 彼女の爪も牙も鋭すぎるから傷口が綺麗な分だけ治癒は早いが、それでも見るからにアルフェは傷だらけだ。


 それでいい。

 それがいい。


 どうしてこれまでこうして来なかったのだろうと、そんなことさえ思っている。


 せっかくだから木剣でも欲しいところですが……と、ふと思うアルフェ。どこかで手に入るだろうか、とそんなことを考えて、ないなら作ってしまえばいいのかと思い至る。


 思い立ったらすぐ行動。

 アルフェは可能な限り術域を細長く伸ばし、そして真っ直ぐな棒を創造してみる。


「……」


 創造は常に想像力によって成される。

 だから、特にこういう自分の想い描く物体を現実させるのは少し難しい。火や風とは異なり、万人に共通の印象というものが少ないからだ。


 アルフェともなれば棒の一本程度は他愛もないが、金属ともつかない異質な質感の棒はやや安定性に欠ける。術域内で使うのが関の山だろう。


 《おお! なんだなんだ!》

「いえ、試しに武器をと思いまして」

 《ほーん。強いのか?》

「そうでもありません。木剣代わり程度ですよ」


 ひゅ、と軽く振る。

 重さは悪くないが、あまりにも重量が均一すぎてややバランス感に慣れない。アルフェとしては重心が手元に近い方が扱いやすかった。


「ふむ……こうでしょうか」


 迷宮内だというのにお構いなしで色々な棒を試してみるアルフェ。

 ベルは最初こそ興味深げにしていたが、やがて飽きてアルフェにじゃれつくと、なでなでしてもらうのに集中した。

 丁寧に念入りになでなでしてもらうのもまた格別だが、ときにはほぼ無意識の手つきになでなでしてもらうのも悪くはない。


 しばらくそうしていると、ベルがふと耳を立てた。

 アルフェは気に入った棒をくるくる回したり振ってみたりしていたが、ほぼ同時に足元を見下ろす。


 ―――振動。


 初めはほとんど感じられない程度だったそれは、徐々に大きくなっている。


「……ああ」


 そういえば、と思い出す。

 討伐手帳に記載があった。


 移動速度は極めて遅く、しかしその反面極めて強力な魔物だと。


「ちょうどいいですね」

 《げはは! なかなか楽しめるんじゃねーのか!?》


 アルフェは棒を消滅させ、ベルは牙を剥き出して笑う。

 振動はますます大きくなって、そしてついに通路の向こうから砕けた月晶がきらめきとともに飛散してくる。


「ヴァアアアアア―――ッ!」


 濁流がごとく鬼気迫る、それは異形の悪魔である。

 黒々と光る甲殻によって作られた悪魔の形相、その後ろにはでっぷりと太った長い胴体があって、四方八方に生える脚によって洞窟を這うように進んでいた。


 迷宮喰らいメイズイーター。

 特に迷宮を食べる訳ではないが、通路を埋めつくして全てを破壊しながら迫り来るその異様な姿から名付けられた。


 討伐手帳に記載される中で数少ない、()()()()()()()()()()()()()である。


「あなたも殺してみたかったの」

 《食いでがありそうだな!》

「……なんだか貴女、迷宮にいると食べ盛りになるのね」

 《よっきゅーを分散してやってんだよ! げはは!》

「あら、そうだったの」


 殺欲の一部を食欲に転換しているらしい。

 なんとも便利なシステムである。


 そんな会話をしている間にも間近に迫ったメイズイーターは、ふたりを通路もろとも圧殺しようとして。


「ああ。これはお譲りしましょう」

 《げはは! 任せろ!》


 疾風のごとく飛翔したベルが甲殻もろとも顔面をぶち抜いて、そのままメイズイーターの体内をぶち侵す。


 絶叫すらあげず全身を痙攣させるメイズイーターは通路を滑り、そしてアルフェの目と鼻の先で沈黙した。


「迷宮喰らいもかたなしですね」

 《おいこいつクソマズイぞ!》

「それは残念です」


 メイズイーターに弱点はない。

 月晶を砕く甲殻に護られた頭を潰すか、その巨体を死ぬまで抉るだけが攻略法だ。


 ベルにとっては容易いことである。

 アルフェも最大出力でぶん殴れば可能だろう。


 死体を弄ぶ彼女を置いて、アルフェは甲殻の欠片を拾っておく。一応これが討伐証明部位だ。これは丸ごとでも欠片でもいいが、丸ごと持っていくとなるとかなりの重労働になる。


「どうせなら本当のコンプリートを目指さなければ」

 《強ぇヤツならワタシが殺してやるよ》

「頼りにしていますね」


 なんとも運良くレアな魔物に遭遇できた。

 幸先がいいなと笑って、そしてふたりは帰還するのだった。


 学園迷宮第二層『月晶の花園』

 初探索は、十分以上の成果だった。

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