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038 偶然の三人

 第二第三の休講日を迷宮探索に費やしたアルフェは、第一層『石の森』の魔物の大半を討伐し終えていた。

 残りは多少特別な位置にいたり条件がある相手なので、腰を据えて向かう必要があるが―――それにしても破格の速度である。


 おかげで疲労感がちょっぴり頭を熱する第一講義日。


「おぉおぉ性懲りもなく集まっているではないか若人よ」


 通りがかったおばあさんくらいの他人事でいる学園長の言葉が示すように、学生たちは始業式と同じく大討議場に集められていた。


 今日は着任式で、生徒会を中心とする委員会の新メンバーたちが正式に委員として加入することになる。


 といっても式でやることは委員会の先生たちのあいさつくらいだ。腕章などのアイテムは式の後で配布されることになる。


「ま、適当に頑張るがよい」


 つまり学園長には別に役目がないので、おかげで彼女はずいぶんとやる気がないらしい。


 平和である。


 さておきそんな着任式もつつがなく終わり、アルフェは正式に風紀委員会に所属した。


 そしてそこで、初めて彼を見る。


 ―――なるほどそれは、異様と呼ぶべき威容だ。 


 彼はまるで極太の鞭を何本か束ねたみたいな剛腕を組んで、堂々不遜たる振る舞いで立っている。

 獅子のように波打つ黄金のたてがみと強烈な眼差しは、彼のその内面をありありと語るようだ。


 生徒教員を含め、全員が彼を見上げることになるほどの巨躯。立っている姿はさながら壁だ。


 風紀委員長―――ヴァルヘルト。


 法という『正義』が、人の形をしてそこにあった。


「……」


 アルフェが見つめると彼はちらりと視線を向けてくるが、さしたる興味はないようで生徒たちを見下ろすのに戻った。


 まるで個人個人になどさしたる興味がないように見える。彼の目が見ているものは、きっとただひとつだ。


 アルフェにはそれが分かった。


 ……フリエ先輩がおっしゃったより、参考にできそうなお方ですね。


 そっと薄ら笑みを浮かべるアルフェ。


 生徒会長に風紀委員長―――いずれも目的の白を持つ者たちだが、学ぶところは多いらしい。


 なにはともあれ正式に風紀委員になったアルフェは、さっそく腕章を通し手袋を装着する。


 黒の天秤に純潔の指先。

 侵されぬ、汚れなき正義の象徴だった。


 《げはは、似合ってるぜ》


 じゃれついてくるベルをさりげなくなでてやる。

 どうやら彼女も気に入ったらしい。


 風紀委員となったアルフェはこれから先の学園生活で常にこれらを身に着けることになるのだ、似合わないよりはずっといい。


 ところで。


 装備品をもらうその場で、アルフェは驚くべき遭遇をした。


「おそろいだなー!」

「え、へへ、へ」


 快晴に笑うロコロコと、全力で人見知りを発動して不器用すぎる愛想笑いをするミーティア……そのふたりの腕にも黒天秤の腕章が通っている。


 ロコロコは急に殴りかかってきたところを殴り返して、ミーティアはすれ違いざまに挨拶をしてしまったので問答無用で、それぞれ戦いになったらしい。


『つい殴っちゃったんだよなー』


『ぜ、全然知らなく、なくて、と、とっても偶然で、えへ、へ、』


 とのこと。


 ロコロコはさておきミーティアまで風紀委員会に認められる実力があるとは驚きだった。

 もっともロコロコは『会計』を名乗る委員によって氷漬けにされ、ミーティアも似たようなヒドい目にあったらしいが……


 ともあれ、アルフェの数少ない知り合いもともに風紀委員になったようだ。

 どちらも狙わずして用紙を得たというのだからまったく奇遇である。


「ロコはロコロコってゆーんだよろしくな」


 アルフェの向こうで縮こまっているミーティアに、ロコロコは微妙な距離を保ちながら笑いかけた。

 ミーティアの人見知りを見抜き、比較的打ち解けていそうなアルフェをクッションにして交流を図る。


「アンタもアルーのトモダチか?」

「とっっっっ、」


 硬直。


「ええ。学内ガイダンスで少々」

「も゛ッッッッ!」


 再起動。


「どっ、わっわたくし、み、みーてぃ、ミーティア、です」

「ミティな。ロコはロコって呼んでな!」

「み、ミーティア……」

「?」


 はてな?

 と首をかしげるロコロコ。

 ミーティアがなにを気にしているのか全く理解していないという純粋無垢なまなざしである。


 ミーティアはあきらめて微妙な笑みを浮かべた。

 アルフェはそんな彼女と向き合って「ぽひっ」そっと肩に手を置く。


「ミーティアさん。これからよろしくお願いいたします」

「ぁ……、あの、よ、よろしくおねがい、します」


 頬を染めてもじもじとうつむくミーティア。

 まだ人見知りは拭えないらしい、とそんなことを思うアルフェの後ろで、ロコロコはじぃとミーティアを見つめていた。


「ロコさんもよろしくお願いいたしますね。迷宮といいなにかと縁がありますが」

 《ケッ》

「そだなー」

「……おふたりは迷宮で逢瀬しているのですか」

「逢瀬というのは語弊がありますが―――ミーティアさん?」


 振り向くと、なにか表情の滑り落ちてしまったみたいなミーティア。

 アルフェと視線が合うと、ぼやけていた瞳が清明になって、パチパチと瞬く。


「ああ申し訳ありません……。それで、おふたりは迷宮でお会いするような間柄なのですか……?」

「おんなじ講義とってるからなー」

「どちらも討伐技術の講義で高評価を狙っているのですよ。迷宮で偶然お会いして」

「そうですか。偶然。偶然……」


 ぶつぶつと呟いたかと思うと、彼女はまるでつい一瞬前までの落ち着いた雰囲気が嘘みたいにきょどきょどと視線をさまよわせる。


「きゅ、急にごめ、ごめんなさい、わ、わたくしのことなんて置いて、つ、続けてください」

「続けるもなにも、ただ挨拶をしていただけですから」

 《げはは、なんだコイツ》


 ミーティアが卑屈に笑うので、アルフェは首を傾げた。

 どうやら彼女はロコロコと相性が良くないらしい。


 アルフェは少し考えたが、とりあえずぱんっと手を打った。


「さて、目的のものも頂戴いたしましたし講義に向かいましょう。一限まではそう時間もありませんから」


 着任式は朝っぱらからだったので、もちろんこのまま講義がある。必修とはいえ理由もなく遅刻などしようものならばAを落としかねない。


「そだなー」

「そっ、そそそうですねっ」


 もちろんふたりにも否はなく、三人はそろって講義に向かう。


 偶然にも同じ風紀委員になったことで、これから一緒に行動する機会が増えそうである。


「……ふ、ふふ、おそろい……」


 ……偶然にも。


 《……ほぉん》

「?」

 《いやぁ。どうでもいーぜ》


 ベルは笑っていた。

 ロコロコもちらちらミーティアを見ている。


 アルフェは気になったが、気にしないことにした。

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