031 風紀委員という者
風紀委員会への所属にはたったひとつの条件がある。
いたってシンプルな条件だ。
強さである。
学園の風紀を乱す者を、その武力でもって制圧できるほどに―――風紀委員会という存在がそれだけで抑止力となれるほどに、強く、強いこと。
ではその『強さ』をどうやって証明するのか。
これもまたシンプルだ。
武力を推し量るのは―――武力のみである。
さて、長きに渡るお茶会を終えたアルフェは悠然と校舎を歩いていた。危うくイベントが終わるところである。
新入生たちも一通りメンバー募集の催しを見て回ったころらしく、宴もたけなわといった様子だ。朝イチよりもずいぶんと騒がしい。
その分風紀委員会のメンバーたちも大忙しらしいが、実はそれにも理由があったりする。
というのも、一斉加入日の学園内には特別なルールが敷かれている。
例えば『手を挙げて廊下を歩かない』『校舎内で帽子をかぶらない』『風紀委員に自己紹介しない』『風紀委員に握手を申し出ない』『校歌を歌わない』『学園長の悪口を言わない』―――などなど。
それらはルールだがペナルティはなく、ただし破れば風紀委員会が飛んでくるのだが……この特別ルールの違反に限り、風紀委員会への反抗が全面的に許されている。
風紀委員会への所属を求める生徒は、普通であれば破られることのないこのルールにあえて違反し、風紀委員会へと自らの力を示すのだ。
そして、それらの元気な者たちを鎮圧することで風紀委員会の力を生徒たちに示すことにもなる。
一斉加入日恒例の風紀委員会実力行使。
武力上等の埒外法権『風紀の乱』
要するに風紀委員会大スカウト大会である。
アルフェもまた、それを求めて歩いているのだ。
そうしているとちょうど見回りをしている風紀委員がいたので、アルフェは彼の前に回った。
「どうも初めまして。アルフェ、と申します」
にこりと笑みを向けた瞬間ビュッ! と問答無用で振るわれる風紀委員会汎用装備の特殊警棒。
《げはは! そうこなくちゃなあオイ!》
目の前にルール違反者がいた、と理解するよりも早く反射で振るわれる制裁の一撃をアルフェは踏みつけるように受け止め、瞬く顔面に拳をぶち込んめばたたらを踏んでのけぞる腹に迷いなくヒールをねじ込む。
「ぐぼっ……! あがっ!?」
お腹を抑えてうずくまる彼の後頭部を踏みつぶしたアルフェは、突然の凶行に騒然とする生徒たち、その向こうから猛然とやってくる次なる風紀委員たちを見据えて笑みを深める。
「さすがは風紀ですね」
《げはは! 食べ放題じゃねえか!》
足元の風紀委員を講義室にシュートして、襲い来る風紀委員へと華麗にお辞儀。
「ッ!」
問答無用で警棒を振り上げる顔面を足場に軽やかに飛び越え、天井を蹴り飛ばしながら別の顔面を引っ掴んで落下の勢いで廊下にたたきつける。
即座に足元を薙ぎ払って体勢を崩したひとりに掴んでいた生徒を投げつけてもろとも吹き飛ばし、前後から振り下ろされる警棒をあっさりと受け止める。
「ふっ」
ぎゅる、と捻りながら警棒を押し込むことで腹を突き、前のめる襟元をつかんでふたりの顔面を衝突させる。
《足りねぇなあッ!》
あっさりとねじ伏せた死屍累々のなかでドレスを整えるアルフェ。
「!」
その瞬間背筋を貫くような悪寒にとっさに振り向いた頬をかすめる黒―――銅色の髪のエデンスが、笑みを浮かべて立っていた。
「やあアルフェ君。会いたかったよ」
にこやかな笑み、親し気な言葉とは裏腹に両手を満たす黒の短剣は、学内ガイダンスのときとは明確に異なる鋭利を白い廊下にぼやけさせている。
彼女はまるで気負いなく、友人のもとに歩み寄るような気軽さでやってくる。
「我々は風紀だ。ナメられたままじゃあ終われない」
ゆらりと見開く碧眼。
互いに腕を伸ばせば届きそうなその距離で、彼女は立ち止った。
彼女は投げナイフを武器とするはずなのに至近と呼ぶほど近づいているが、それを侮るほどにアルフェは純情ではない。
《楽しめそうじゃねえかよ……ッ!》
ギラリと牙をむき出して笑うベル。
アルフェは頬を垂れ落ちる血液が口元にたまるのをちろりと舐め、そうしてこれ以上ないほどの礼を示した。
「改めまして―――アルフェと申します、先輩」
「ああ……望外に良き日だ」
そして黒は疾駆する。
「あはははははは!」
笑みとともに飛来する黒をかわす、その一歩ですでに徒手射程圏内。振り下ろされる切っ先を、その腕に腕を合わせることで受け止めながらねじ込む前蹴りは空ぶって、飛び退りながら投げつけられる短剣を掴み取りつつ即座に接近。
投擲される短剣を弾き流れるように首を狙う一撃は刃身に逸らされ、鏡写しみたいに迫る切っ先ではなく腕を狙う一閃をエデンスはくるりと逆手に持ち替えた短剣で受け止める。
ほんの一瞬の硬直を薙ぎ払う蹴りは足で受け止められ、同時に手首だけで鋭く投擲される短剣に対処するためアルフェは強引に腕を振り払う。
キキキンッ!
鳴り響く刃の交差音。
わずかに体勢を崩したアルフェへと至近距離から飛来する短剣の嵐。とっさに体勢を低くしてそれを回避、追撃として降り注ぐ短剣に飛び退ったところを狙い撃ちする刃を弾き飛ば―――
《オイッ!》
「!」
ベルの警告に大きく身を反らす、その鼻先を掠める白色の短剣。
黒に混ざって飛来したそれを、アルフェは見落とした。
黒は視線を吸い寄せる、そのうえ廊下も白だ、まるで保護色のようにそれは目に入らない。
見えないわけではない、ただ単に見落としてしまうからこそなんの違和感もなかった。
真正面という死角―――アルフェは視線を細く警戒を強めた。
「とれるつもりだったんだけれど」
にこにこと笑いながら刃幕をばらまくエデンス。
黒に混ざる白は警戒していてもなお見落としそうになって、ほんのワンテンポ遅れる対処を貫く刺突が肩をかすめる。
そのままくぃっとひねった短剣が首を狙うのを大きく身体を反らして回避、そのまま床に手をついて蹴り上げ短剣を弾き飛ばすと、逆立ちから足を広げて回転蹴りを振り回す。
「おっと」
遠心力の乗った蹴りをエデンスはあっさりと受け止め、まるで真似っこみたいにぶん回したアルフェをそのままぶん投げた。
「くっ……!」
ガシャアアアンッ! 講義室の窓をぶち抜くアルフェ。
騒然とする生徒たちの合間、空中で体勢を取り直して机に着地すると、飛来する短剣を受け止め投げ返しながら廊下に躍り出る。
「キミは少し優しすぎるね」
閃く碧眼。
よどみなく首を刈り取りに来る一閃を受け止め、カギ爪のように構えた第一~第三指による鋭利の反撃を透かされ、その隙を射抜く反反撃を紙一重で回避しつつやり返し―――繰り返し繰り返される反撃の応酬、まるで武術の型稽古のように流れる連撃は、しかしクリスタル製の蹴りだの短剣だのカギ爪だのと殺意が高すぎる。
「ふっ」
「ぐっ」
エデンスの振るう短剣を回し蹴りで吹き飛ばした、瞬間に潜り込んだ肘を腹に叩き込まれ、壁に弾かれた短剣をキャッチした刺突が追撃する。
ギュルッ! 回転するカギ爪が短剣を絡み取り、刃に裂かれながらも握りしめた拳がエデンスの顔面を殴り飛ばす。
大きく飛び退って距離をとるエデンス。
追撃をしようとしたアルフェだったが、腹部へのダメージで溜まった違和感を吐き捨てるために足が止まる。
そんな彼女をまっすぐに見据えて、エデンスは鼻血をぬぐった。
「……うん。アルフェ君、キミはいいね」
上機嫌に笑いながらエデンスは懐から一枚の紙を取り出す。それは委員会の加入書類で、アルフェは目を細めた。
「遠近を問わない対応力、暴力の質、そしてなによりその遵法意識がたまらない。魔術の不使用、他学生への配慮……本来なら今は多少の違法行為を黙認してあげるところだけど、まさか必要がないとは思わなかった……いや見事だ。とても欲しい」
ひらりと振った紙を、また懐にしまう。
ぽん、と懐を叩いてまた短剣を握った。
「本来ならコレは保健室で寝ているところにでも置いておくものなんだ―――今からキミにこれを与える。受け取ってくれるかい、アルフェ君」
アルフェは笑み、当然と構えた。
「今からそれを頂戴いたします。お見舞いはさせていただきますよ、先輩」
《あー……ワタシも遊びたくなってきた……ッ!》
闘志をみなぎらせるアルフェとベル。
エデンスはそして、最終ラウンドの火ぶたを切り飛ばした。
飛来する短剣の嵐を、舞うように踊る蹴りが拳が食い破る。回転とともにキャッチした短剣を投げ飛ばすも空中で撃ち落とされ、弾かれた短剣たちが壁に弾んで縦横無尽に躍り躍った。
弾む刃は壁に床に天井に突き刺さり、次の瞬間アルフェは盛大に身を反らす。
ビュッ!
風を切り裂く一線。
追撃に跳ねのいたアルフェは背中を弾かれ、とっさに目の前に突き出した手が線を握る。
白色の線だ。
細くより合わされたそれは短剣の柄どうしを繋いでいる。
それを見極めた瞬間に飛来する短剣が白線に弾け、回避の向こうでさらに弾んでアルフェを襲う。たまらず白線を飛び越えようとする彼女を囲む短剣たち、跳躍した頭上の白線をつかんで飛び越え、それでなお追いすがる黒を振り回した靴裏で弾き飛ばす。
盛大にまくりあがるドレスからは、下に履いた動きやすそうなショートパンツが豪快に見えている。
「……少しはしたないね」
言葉とは裏腹にちょっぴり弾むエデンスの口調。
趣味がお悪い、と目を細めながらアルフェは回転し、天井を足場に白線を手で押して着地する。そのドレスを呪文が包み、魔術が布を固着した。
「お見逃しいただけるとのことで」
「ははっ、存外に茶目っ気もある」
「このような奇術もございます」
ヅン……ッ!
千切れた白線が弾けて壁に叩きつけられる。
ひらりと舞い降りたアルフェがカギ爪を振り払えば、それだけではじける白線が壁をガラスを割って荒れ狂った。
目を細めるエデンス。
ひらりと鋭く巡った視線がアルフェの手を見やり、それに応えて彼女は手を見せつけるが、そこに呪文はなにもないように見える。
「いかがでしょう」
「……そして度胸、か。我々の前で法を欺くとは」
「言質を。いただいておりますゆえ」
《げはは》
「はは、よく言うよ」
見えない魔術―――アルフェのそれを、看破せずともエデンスは感じ取っている。
しかし風紀委員会は絶対法規だ。
多少の違法を見逃す以前に、感じる、などというあいまいな概念によっては裁けない。
自然とアルフェの違法行為を見抜こうとする思考をエデンスは振り払う。
短剣を揺らめかせ、軽く切っ先を触れ合わせた。
とん、と軽やかに床を突いて、彼女はひらりと躍りだす。
「皮でも剥げば分かるかな」
「……先輩は冗談がお得意ではないようで」
カギ爪と短剣が交差する。
最終ラウンドの開催は、鳴り響く剣戟音が告げた。




