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第3話 ―分岐点―


「まさか、あなたが本当に魔法使い役を買って出てくれるなんて。正直言って意外でした」


 中庭から帰ると、休憩時間であろう先生が僕の病室でサンドイッチを食んでいる最中だった。


 僕はその問いにどう答えたものかと数秒思案し、やっぱり面倒だとスルーを決め込むことにした。当たり障りのないように、とりあえずどこのサンドイッチかだけ訊いておく。…なるほど、先生の手作りらしい。


「様子を見る限り元気そうで安心しましたよ」


「『元気そう』って、むしろ元気過ぎて困るくらいです。偶には先生も相手を───」


「いえ、今私が言ったのはナナシノでなく、あなたのことです」


 先生は僕の言葉を半ば強引に遮り、いつになく真面目に、しかし穏やかな色を残した顔で話し始める。


「───あなたはここに来てから…いや、多分ここに来る前から、焦燥に駆られるような顔をしていた。それと同時に、どこか他人を寄せ付けない空気を纏っていました。まるでずっと独りきり、ただ一本の糸にしがみつき続けてきたような。あなたは少し、疲れていたんだと思います」


「僕、そんな疲れた顔してましたか?」


「何かに取り憑かれていて、自分が疲れていることにすら気付いていないような顔でしたよ。ぶっ倒れたのが動かぬ証拠です」


 だから、『長期休暇』ということだったのか。


「差し出がましい言い方で申し訳ありませんが…このままでは、あなたはいずれ壊れてしまう。身体のこともそうですが、真に按ずべきは心です。手段と目的が入れ替わったままでは、あなたの欲しいモノは決して手に入らない。ならいっそのこと、ここで止めてしまうのも───」


「それはつまり、『筆を折れ』ってことですか」


 確かな怒りを含んだ声。それはおそらく、己が道を否定された人間なら誰しもが浸かってしまうであろう、不快感と憤怒の波。


 僕はそれを柄にもなく、形あるものとして吐いていた。


 一拍置いて、先生はまた話し始める。


「自分に無茶を強いることは、時として必要です。ですが、そこには明確な『意味』が付随していなくてはなりません。そうでなければ、ただただ自傷行為にふける愚者に身を落とすだけなので。そして今のあなたには、その『意味』が存在しない。何かを欲して作家を目指すようになったとお見受けしますが、その " 何か " には果たして意味があるのでしょうか。それがわからないのであれば、即ち意味なんてないんですよ」


 ならいっそのこと、新しい道を探し歩み直した方が建設的だ。───現実をそのまま文字に起こしたようなその言葉に、僕は返す言葉が見つからなかった。作家を名乗るくせして、臭い台詞の一つも出てきやしない。


 " 彼女 " との再会。


 魔法への焦がれ。


 僕はそれだけを追い続けここまでやってきた。…けど。


 先生の言うとおり、僕の握るペンには、僕の目指す終着点には、せっかく身に着けた「魔法」にだって、意味なんてなかったのかもしれない。


 …なんてこと、簡単に受け入れられるわけないだろう。


「私は医師として、色々な人間を見てきました。そしてそれ以前に、私は年長者として色々なモノを視てきました。だから、そんな私だからこそ。先駆者としてあなたに告げなくてはならない。───あなたはどこか、大事な部分が欠けている」


 僕は納得するでもなく、それを否定するでもなく。ただじっと聞いていた。それはどこか、鏡の中にいる自分を見つめる行為に似ていた。と、思う。


「だから私は、あなたとナナシノを引き合わせたんです。あの子は、良くも悪くも空っぽですから、素直に " あなたそのもの " を受け止めてくれると、そう考えました。あなたに足りない何かを、あの子なら示してくれるのではないか、と」


 先生の言う、 " 良くも悪くも空っぽ " とは一体どういうことなのだろうか。しかしそれを口にする勇気なんてものあるはずもなく。


 僕は別の問を先生に投げた。


「僕は…ナナシノに救われているのでしょうか」


「私から言わせてもらえば、『互いに支え合える関係を構築中』という表現が一番しっくりきます。なに、心配せずとも良好な関係だと思いますよ」


 それはどういう意味の良好なのかと、そんな言葉が喉まで出かかった。しかし口には出せない。


 その答えは自分で見つけるべきだと、先生の眼がそう言っているように思えて仕方がないからだ。


 ───ここで道を変えてしまうか。


 ───それとも進み続けるか。


 ───芽吹き始めたスタートか。


 ───待ち望んでやまなかったゴールか。

 

 先生の言葉は、優しいようでひどく直線的だと思った。


 先生の語る " 僕 " は、常に自壊の可能性と隣合わせで、それに対しここでは " 別の可能性 " を提示してくれている。


 確かに、自分は今まで振り返ることをしなかった。眼に映すものは常に未来、それも理想的なハッピーエンド唯一つときたものだ。


 先生の言葉を鏡として、僕はその " 危うさ " の一端に触れてしまった。あの人なりの情なのだろうが、良薬にしては少し苦すぎだ。


 そしておそらく、ナナシノと深く関われば関わるほど、この問題は僕に選択を強いてくる。遅かれ早かれ定めなければならなかったことなのだ、概ねその事前通告といったところだろうか。………先生の温情には感服である。


 …とまぁここまでくどくど言い方を変えてはきたが。要は「ここらでゴールするのも身のためだよ」という年長様からのアドバイスなのだ、この話題は。


 そして、僕はその助言に応えかねている。


「とりあえず、精密検査が終わるまでまだ時間はあります。これからもナナシノと、仲良くしてやってください」


 そう言うと、先生は残りのサンドイッチを口内に押し込み、咀嚼した後ゴクリと飲み込む。そしてそのまま病室を後にしようとドアのくぼみに指をかけた。


 しかし、先生の次の動作は僕の一言で打ち切られてしまった。


「先生。───ナナシノが求める『魔法』って、一体何だと思いますか」


 先生はこちらを見ず、ドアの先を見つめたまま動かない。


 そしてしばらく経つと、静止していた先生の腕は再び持ち上がり、今度こそ病室のドアを開ける。


 病室を後にする刹那、先生はいつもと変わらぬ調子で、いつも以上に難解な答えを残していった。



「求めているのではなく、解いてほしいんですよ。ナナシノは───」

 


 丈の長い白衣をたなびかせ、先生は去って行ってしまった。


 そしてその後ろ姿は、どことなくローブを纏った「魔法使い」を彷彿とさせるようだった。

第4話へ続く。

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