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第2話 ―『閃光』―


「魔法、見せてくださいな!」


 勢いよく病室のドアが開け放たれたかと思うと、そこにはニコニコとした面で「魔法」をせがむ少女が一人。


 例のナナシノちゃんが今日も遊びにやってきたのだ。


「ははは、…まぁ、気が向いたらそのうちにね」


「私、全く同じ顔・同じセリフで昨日も断られました」


「そういえばそうだったかもしれないね」


「一体いつになったら実演してくれるんですか? 魔法」


「………誰も使えるなんて言ってないんだけどなぁ」


 魔法使い(魔法が使えるとは言ってない)。


 僕はぷんぷんと湯気を立てるナナシノをなだめつつ、「魔法見せてください」「また今度」のルーティーンからどう抜け出したものかと、割と真剣に悩んでいた。



(先生の手前、無下にするのもはばかられるんだよな…)



 独り言が大声だと言われたばかりだ。決して声には出さないように、僕は悩みを吐露する。


 ───ナナシノとの出会いから約数時間後。要は今から数えて2日と数時間前。「また遊びに来ます」とナナシノが病室から出ていった後のことだ。


 先生はおもむろに話し始めた。


「あの子、ああ見えて友人関係に乏しいんですよ」


「…まぁ、あの感じなら人は選びそうですよね」


 そこは先生も気にかけているところなのか、何も言わずただ黙って白衣の裾を手で払う。


 数秒間の沈黙の後、先生はさらに続けた。


「ですから、あまり彼女のことを面倒に思わないでやってください」


「何が言いたいんです?」


「 " 子供の言うことなんだから少しは付き合ってやれ " 、です」


 少しだけ厳しい口調で、命令めいたことを言われてしまった。


 そしてその言い付け通り、「魔法使い設定」を否定しきれていない自分がいる。それがもっぱら、この「ナナシノとふたりきり」という状況の自分における悩みのタネだ。


「魔法使いさんは、普段どんな魔法で闘うんですか?」


「戦闘要因なのは前提なんだね」


「『スナップ』? 『ドロウ』? それとも『フォース』ですか?」


「………知識の偏りがすごいね」


 別に褒めたつもりはなかったのだが、ナナシノはえっへんと胸を反る。


「魔法なんて見て、一体どうするの」


「感動します」


 それだけ? と訊く僕に、ナナシノは少し恥ずかしそうな様子で目を逸らしながら答える。


「あと、願いを叶えてもらいます」


 魔法で、と付け足すナナシノは、彼女らしくもなく硬直してしまっている。俯いたまま汗を垂らし、心ここにあらずといった調子。


「願い、かぁ」


 僕は彼女のセリフを復唱すると、一周よく考えて結論を出した。


「───まぁ、何を願うのかは聞かないでおくよ。野暮ってもんでしょ?」


「………! そうですか。やはり話の分かる大人は違いますね」


 そう思うなら、君も聞き分けの良い子供でいてくれよと僕は内心で念を押す。


 調子に乗られると面倒…いや、厄介だ。これ以上魔法見せろだの何だの言われる前に、何か策を考じなければ。


「で、話は変わるけど。じゃあナナシノは『自分で魔法を使ってみたい』とか、そんなことは考えないの?」


「私が魔法使いに…───ちょっと面白いかもです」


 よし、食いついた。


「なら、一緒に魔法の練習をしよう」


「くぇ!?」


 チョコレート菓子みたいな素っ頓狂な反応の後、ナナシノは詳しく聞かせろと僕ににじり寄ってきた。


 よし、と頭の中でガッツポーズ。これならなんとか2週間、やり過ごすことができるかもしれない。


「実は、僕も魔法使いとしてはまだまだ未熟なんだよ。よければ一緒に練習しない?」


「私が…魔法を、ですか。………なるほどなるほど、いいでしょう! 丁度退屈してたんです、全力でお付き合いさせていただきますとも!!」


 よほど遊び相手に飢えているのだろう。僕の提案を快諾する彼女の瞳はギラギラと、眩んでしまうほど輝いていた。

 

 そして彼女の放つ眼光に、僕は選択を誤ってしまったのではないかと一抹の不安を覚えるのだった。



 それからはひたすらに魔法使いの真似事だった。


 幼き日の自分が熱中していた出鱈目な " 修行 " を呼び起こし、ひたすらにあの頃を模倣する。


 先生の用意してくれた原稿用紙には、いずれ書店に並ぶであろう未来のベストセラー小説…ではなく、出来損ないの魔法陣が。病室にあるカラーボックスにも、随分と魔術関連の古書が増えた。全てナナシノの私物らしい。


「『エクスプロージョン』!」


「『コキュートス』!」


「『ホーリー・スマイト』!」


「『エアストブラスト』!」


 手製の魔法陣を片手に、絶対私物の古書とは関係ないであろう魔法を連呼するナナシノ。


 しかし当然何も起こらない。爆発はおろか、雷光の一筋も顕れぬ晴天・平和的風景を背に、彼女一人だけがその平和に涙するのだ。


 ある日、いつものように魔法発現の失敗に項垂れるナナシノを不憫に思い、僕はある " 魔法(手品)" を披露してやった。


 ナナシノを連れて病院の中庭に出た僕は、数メートル離れた位置に風船を1つ浮かべると、右手の人差し指を銃口に見立て、反対の手で銃身を抑えるように構える。


 そして固唾を呑むナナシノの隣で、静かに " それ " を打ち放った。


 ───『閃光〈ライトニング〉』!


 閃光の名を詠じた瞬間、紅い筋が宙を駆け「標的」の身を穿く。


 パンッという炸裂音と共に、風船だったものがはらはらと散り落ちた。


「こ、これが " 魔法 " …!」


 一連を眼に焼き付けたナナシノは一言そう呟くと、感動のあまり静かに身を震わせている。


 一応説明しておくと、僕の行った " それ " は決して魔法なんて大それたものではない。ナナシノを飽きさせないための「手品」だ。


 予め服の袖に仕込んでおいた「レーザーポインター」のスイッチを、詠唱と同時に押しただけ。風船が割れたのは、レーザーポインターの生み出す熱によってゴムの表面が傷付けられたからである。


 そんな子供だましの魔法なのだが、ナナシノはそれが魔法だと信じて疑わない様子。やはり危ない子である。


 そんなナナシノの、感動オーラ全開な背中を前に、僕の良心は少しだけ痛んだ。

 

 ………痛んだのだが、不覚にもその瞬間、まるでかつて憧れた魔法使いになれてしまったような気がして、僕はそんな感覚に心地良さを覚えてしまった。

 

 結局僕は、「閃光」を発動させたときナナシノの見せたリアクションが忘れられず、暇があれば彼女を手品で騙くらかすことに時間を使ってしまうようになっていた。


 ある日は粉末状の発火材を利用した噴火魔法「炎波〈ブレス〉」。またある日は、イカサマトランプカードを使う透視魔法「真眼〈ギル〉」、またまたある日は───なんてことを続けるうち、僕はすっかりナナシノに懐かれてしまった。


「魔法使いさんっ! 今日は今日は───」


「ハイハイ、わかったからちょっと待っててね」


 急かすナナシノに手を引かれながら中庭に続く非常階段を駆け下りる一連の動作は、もはや日の始まりを告げるモーニングルーティーンと化してしまっていた。


 僕は面倒くさそうに頭を掻いてはみるものの、意に反して随分と軽く感じられるその足取りから、この一時に対する素直な感想を否応なしに自覚してしまう。


 ───楽しい。ただ純粋に、楽しかったんだ。


 いつぶりかに訪れたその感覚に、僕はもう少し素直になれればなと…そう小さく呟くのだった。



「魔法使いさん、コレあげちゃいますっ!」


 入院生活にもだいぶ慣れてきた頃のある日。いつもに増して笑顔が眩しいナナシノに、僕は長細い形状の綺麗な包みを手渡された。


 それは白の包装紙で覆われており、その白さゆえ巻き付けられた赤のリボンが一層映える。見てくれは正しく「THE・プレゼント」だ。


「いーから、早く開けてくださいよ☆」


 言われるがままラッピングを解いていく僕。思った以上にリボンの巻きが厳重で、途中「あ! もっと綺麗に開けてくださいよ〜」なんて脇を突かれて…なんてこともあったが、どうにか包装紙を剥くことは成功した。


 白のベールと赤のリボンが包んでいた物の正体───それは一本の「杖」だった。


「僕、杖が必要なほど重体な訳じゃないんだけど」


「あ、違いますよ!?  " そっち " の杖じゃなくて、 " こっち " の杖です!」


 そう言いながら、ナナシノはプレゼントである杖のある部分を指す。


 そこはちょうど杖の持ち手にあたる部分で、彼女が指でなぞったその部位には、思わず目を引くような存在感を放つ光色の水晶玉が埋め込まれている。


 ナナシノはその水晶玉をカツンと爪で弾くと、何やら意味深げな表情でこちらの顔を伺ってくる。


 ………なるほど、そういうことか。


「『魔法使いの杖』ってこと?」

 

 答え合わせの代わりに、ナナシノは静かに口角を上げる。どうやらナナシノは、魔法使いである僕のために杖を用意してくれたらしい。


「本当は『空飛ぶ絨毯』をプレゼントしたかったんですけど…」


「…ナナシノの思う魔法使い像って案外アラビアン風味なんだね」


「───航空法に引っかかりそうだったので、泣く泣く断念しましたぁ…!」


「案外リアリティ思考なんだね」


「爆撃されるのは御免ですからね」


「いや、そこは魔法で応戦しないんだ」


 そうしてしばらくの間、二人きりの病室に笑いが起こる。こうした軽いやりとりを通して、僕の方もすっかりナナシノに懐柔されていた。


 このプレゼントも、どんな意味合いの贈り物なのかはわからないし、実用的に使える機会があるかどうかもわからないけど、それでもやっぱり嬉しいと感じてしまう。


「───ありがとう、ナナシノ。大事に使うよ」


 ナナシノに感謝を述べると、僕はラッピングに使われていた赤いリボンを一房手に取る。


 そしてそれをナナシノの髪にキュッと結び付け、可愛らしいサイドテールにしてやった。


「はい、これお礼ね。…うん。よく似合ってる」


 普段はこんな恥ずかしいこと、創作の中以外では絶対にしない。───はずなのだが、今日だけは何故か違ったようだ。


 ナナシノもナナシノで、ポカンとした表情から一変し顔を真っ赤に染め上げる。その赤面っぷりといえば、今彼女の髪に結ばれたリボンの色とほとんど遜色ないほどに。


「…あ、ありがとうございましゅぅ………」



(まずい、痛い奴だと思われたに違いないッ…!)



 脳内の自分の叫びを聞くや否や、僕は慌てて話題をすり替える。


「そ、そういえばこの杖ってナナシノの手作りなの? 随分凝ってるように見えるけど」


「そ、そそそその杖は私の手作りでありますっ! 魔力増強の他にも、時計、照明、録音、GPSなどの機能が備わっておりまして…」


「魔道具から科学の臭いが!?」


 まさかの魔法と理工学のハイブリッド仕様。


 とりあえず、今晩からトイレに行くときの懐中電灯として使わせてもらうよとナナシノに告げる。が、「今すぐ使ってみてください!」と即両断。


 かくして僕は、またいつものようにナナシノと、中庭に向け走り出すのであった。

第3話へ続く。

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