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第1話 ―魔法使いのファン―


 僕は真っ白な空間に独り、横たわっていた。


 むっくりと身体を起こしたその時、僕はベッドの上で寝かされていたことに気が付いた。


 部屋にはベッドと、小さい机に椅子が一台。一応小さな窓もあり、薄いカーテンの隙間からは春の木漏れ日が覗く。


 もう少し、このままでもいいかなと呑気に構えていると、医者と思しき白衣の男に声をかけられた。


「あぁ、お目覚めになられたんですね」


 彼の名前は「七瀬 志乃」。後に僕の担当医となる男なのだが、このときはそんなこと知る由もなく。


 なんせ、僕は明日にでも病室を抜けることができると思っていたから。


「…過労ですね。ですが念の為、精密な検査を行います。2週間は入院してもらいますよ」


 なんということだ。


 そんな言葉が口をついて出た。


 先生は笑いながら、


「長期休暇とでも考えていただければ」


 と僕の肩をトンと叩く。


 僕は礼を言うことも忘れ、気が付けば先生にこんなことを口走ってしまっていた。


「あの、『原稿用紙とペン』って用意できますか」


「可能ではありますが…何故?」


 先生は、何か言いたげな顔でこちらを見る。


「失礼。僕、魔法使いなんですよ。紙とペンは、魔術の触媒ということで」


 僕は先生の言葉に安堵の息を漏らし、先の無礼に対する謝罪と、何用の紙とペンなのかを告白した。


 ………我ながら、かなり怪しい自己紹介だったと思う。がしかし。変に作家を名乗るのも気乗りしないし、第一小っ恥ずかしいことこの上ない。(この場合、自称魔法使いの方が遥かに恥ずかしいのではという常識的なツッコミは効力を得ないものとする)


 先生も先生で、鳩が豆鉄砲食らったような面持ちだ。


 …ったのだが。


「奇遇ですね。実は私も、魔法使いなんですよ」


 現代の医療レベルは魔法の域にまで迫っているんですよ、と。先生はイタズラっぽく笑いながら、この病室を後にした。


 いつの間に用意したのか、脇にある机の上に、僕の所望した紙、それとペンを残して。


 呆然と静止する僕であったが、数十秒後。得も言えぬ笑いが込み上がってきた。


 まさか。まさか、入院先で魔法使いと出会ってしまうとは。


「よし、書くか」


 よく寝たせいか、気分は嫌に晴れやかだった。僕はおぼつかない足取りで机に向かい、そして原稿用紙を広げペンを握る。


 ───まだ、ゴールには届いていない。むしろようやくデビューできた今こそがスタートラインなんだ。


 そう己を鼓舞し、僕は新たな魔法の準備を始めた。



「───で、今に至るってわけなのね」


 時を戻して、…いや、進めて? この際どっちでもいいだろう。


 僕は一度下ろした瞼をもう一度持ち上げる。


 目の前には、一人の「少女」。一度目を擦り再度正面に向き直るが、どうやら眼球の不調ではないらしい。


 僕は少女に問いかける。



「どちら様で?」


「ファンです」



 間髪入れずに、少女は答えた。


 腰まで伸びた栗色の長い髪。日焼け止めの努力が見受けられる白い肌。あどけなさが見え隠れする柔らかい顔。瞳、まつ毛、胸、そして学生服。


 ───間違いなく赤の他人だ。こんな可愛らしい知人、存在するなら僕史上一番の自慢になってる。


「えっと、…サインいる?」


「有り難く頂戴します」


 花のように笑い、少女はパッと両手を差し出す。


 僕は立てたばかりのペンを再び手に取り、記念すべき第一号となるサイン用紙の制作にとりかかる。



 ………………え、何これ。



 いや、他の誰でもないわざわざ僕に会いに来る客人といえば、必然的にこういう類の人間が当てはまってしまうのは分からなくもないのだが…。


 それにしたって展開が早すぎるのではなかろうか。


 僕は完成したサインを少女に手渡すと、今度は別の質問を投げてみた。


「えっと、僕のことどこで知りました? というか、なんで僕の入院先割れてるんですか? あと僕の作品どうでした?」


 一度に3つの質問をされ、少女はうーむと考え込んでしまう。


 たくさん訊きすぎたかなと僕も僕で思考にふけってしまいそうになったところ、少女はハイッと手を挙げた。


「えっと、偶然そこで見かけました」


 何故僕の入院先を知っているのか、という質問に対する返答だろう。だとしても返答になっていないような気がするのは僕の気のせいなのか…?


「で、偶然そこで知りました」


 ───ん?


 『偶然そこで知った』って、 " そこ " というのはどこのことなのだろうか。この病室のネームプレート、もしかしてペンネーム表記になっているのか? …いやいや流石に有り得ないだろう。


 そもそも。受賞した僕の作品、書籍化はおろかまだ公表だってされてない。よくよく考えれば『ファンです』なんて自己紹介からしておかしかったのだ。


 出版の関係者…という線も考えられるが、なら「一般人のサインを集めて周る変人」という肩書の方がまだ現実味を帯びている。いや、逆か普通。


 僕は恐る恐る、サインを抱え小躍りする眼前の少女に話しかける。


「君、僕の『ファン』って言ったけど、それは一体どういう………」


「え? あぁ、もちろん嘘じゃないですよ。───私、『魔法使いのファン』なんです!」


「そっち!?」



  " 魔法使いの " ──────『ファン』!?



 今後おそらくは耳にすることのないであろう言葉に、早くも僕の足は後退りを始めていた。

 

「え、じゃあさっきの僕の独り言って…」


「『僕は晴れて魔法使いになったのだ』ってところを偶然聞いてしまいまして」


「それだけで僕が魔法使いだと…?」


 だとしたらこの子、相当危なくないか。


「いえ、あと七瀬先生が『この病室にいる方は魔法を使える』とおっしゃってましたので!」


 危ないのは先生でした。


 しかしこうも先生の戯言を信じてしまうあたり、この子も十分危ない子で間違いない。


「いや、割と大声で独り言垂れ流すあなたも十分危ない人です」


 ガラッというキャスターの擦れる音と共に、白衣の男が病室に入ってきた。


 七瀬先生だ。


「回想シーンぶりですね。体調の方はどうですか」


「回想シーン蒸し返すのやめてもらえません?」


 僕のクレームに一笑すると、先生は僕でなく少女の方に目をやった。


「おや、誰かと思えば『ナナシノ』ではありませんか。お身体の方は不自由ありません?」


 少女は「絶好調です!」と両手を挙げると、そのまま先生とハイタッチ。病院内だからか、音はたてずに。


 どうやら、この『ナナシノ』と呼ばれる少女と先生は長い付き合いらしい。


「『ナナシノ』というのは私の付けたニックネームでね。彼女の担当医も私なんですよ」


 なるほど、と僕は小さく頷く。


「そーゆーことなの! ───改めまして、私はナナシノ。よろしくです、『魔法使いさん』」


 ハハ、と僕は少女───「ナナシノ」の笑顔を前に、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

第2話へ続く。

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