第四話「刃の下に心……」後編
第四話「刃の下に心……」後編
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事、”我が屋敷”に至る!
「ちょっと落ち着いて状況を整理しよう、な?お互いにその方が……」
俺は彼女が卒なく入れてくれた緑茶を煽る様に一気に飲み干すと、そのままの勢いで攻勢に出ようと試みる――が!?
ガチ!
「……って?なにをしてるんだ?」
その言葉は、目前の少女が持ち込んだキャリーバッグの一つ、その留め金を外す音に遮られた。
「ええと……なんだそれ?随分といっぱいの封書だけど」
解放されたバッグからは、なにやら可愛らしい封筒が何通も何通も……座卓の上へと並べられてゆく。
パサッ、パサッ、パサッ……
――ひぃ、ふぅ、みぃ……優に50、60?いや、もっとあるな
パサッ
そして間抜けな顔で俺が見守る中、最後の一通を積み上げた黒髪の美少女はニッコリと微笑んでみせる。
「…………」
封書はどれも少し古いみたいで、紙の色が少々変色してある物も多い。
あと、封筒はどうやら子供が書いたような稚拙な文字で……
――あ……ああっ!!
そこまで観察して俺は!!
「憶えてらっしゃいましたか?これは正道様が私宛に出された”恋文”です」
「…………くっ」
――う……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!
俺は悶えた!
いや、実際は心の中でだが……
その時、俺の耳は完全に真っ赤に染まっていただろう!
「別にどうということはありません、幼少時の物ですし」
――いや!いやいや!子供の時だからヤバいんだろうがっ!!
当時は……当時も全く相手にされず、完全一方通行!
中には開封さえされずに目の前で捨てられたのも何通も……うわ、死にたいっ!
「な、何のために……そんな珍妙な骨董品をいまさら?」
背中に嫌な汗がダラダラ流れるのを感じながら、それでもなんとか問う俺に彼女はまたもニコリと微笑んだ。
「特に理由は……ただ、現在はこういう状況ですので、昔は目を通さなかったこれらを見れば正道様がどういった人物なのか理解できるかと、そういう他愛も無いお遊びです」
――”お遊び”で俺を殺す気かぁっ!!
焦りまくる俺を尻目に、お嬢様らしく上品に口元に手を当ててコロコロと天使の笑みを魅せる小悪魔美少女。
「い、意外と悪趣味だな……」
俺はジト目で反論した。
「そうですか?ただの悪戯心ですよ」
「……」
本当に可愛らしく無垢な笑みを魅せる美少女に、俺はもしかしたら、彼女は超の付くお嬢様だから、そういう世間知らず的な非常識行動も仕方ないのかと……
「でも、悪趣味というなら……財力で婦女子を”手込め”にするのはどうでしょう?」
――へ?
「ふふ、冗談ですよ」
「……」
あまりにも突然な無垢なる刃の不意打ちに、俺は今日一間抜けな表情で固まっていただろう。
「忘れて下さい。”他意”はないですから、ふふ」
「…………」
――”殺意”はあったけどなぁ
俺はもう理解し始めていた。
――”いいえお気になさらずに”
――”私も武門の娘です、事ここに至っては覚悟も出来ております”
この一連の出来事が起こってから終始して俺に従う体を装うこの少女は……
”華遙 沙穂利”は本質的には”なにも”納得などしていないのだと。
――”刃”の下に”心”で”忍ぶ”……というが
華遙 沙穂利は耐え忍ぶ素振りで、力無き刃を以てして、俺の心を嬲る気なのだろうか?
いや、或いは……
現在の状況で、それが抗いようのない立場である彼女として取り得る唯一の反抗心なのだろうか?
「…………」
「どうかされましたか?」
つい黙り込んで彼女の顔を凝視する俺に、沙穂利は平然と、あくまで可愛く首をかしげてみせる。
――否!ちがう!
――彼女は……俺が幼少時から識る”華遙 沙穂利”という人物はっ!
想像を絶する過去を経験し、生半可な人生を送れなかった阿久津 正道は唯々感じる!
この純粋に輝く”銀光の流路”の双瞳は”そういう”直接的で単純な歪みとはあまりにも別種の存在であると。
数々の修羅場を呼吸の如くに熟してきた俺さえもが感じる、どうしようもない不安……
俺は何の根拠も無くそう確信し、そして……
――状況がどうでも、彼女は相変わらず天上の住人、文字通り”高嶺の華”
――わからない……
だが、それなら!
現在の俺にも”らしい”やり方がある。
第四話「刃の下に心……」後編 END