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第三話「悪屑」後編

挿絵(By みてみん)

 第三話「(あく)(くず)」後編


 ――カラーン、カラーン


 ――放課後


 俺は現在は特別教室でしか使われていない旧校舎の屋上を訪れていた。


 勿論、一般生徒は進入禁止の場所である。


 無論、俺がそんな場所に入れるのは本校へ多額の援助を納めた賜物だろう。


 「ええと……」


 そして、何故にそんな場所に俺が居るかというと……


 「で、”S.K”さん。俺が此所(ここ)にキミを、密かに呼び出した理由は解るかな?」


 少々のビル風が鼓膜を叩く中、俺はスッと振り向く。


 「華遙(かよう) 沙穂利(さほり)です、その節は大変失礼致しました」


 日差しにキラキラと輝きながら風に踊る黒髪と添えられた白いリボンをそのままに、生粋のお嬢様は”らしく”ペコリと頭を下げる。


 ――華遙(かよう)……


 華遙(かよう)家は平安初期から続く武家の家系だ。


 世間一般には知らされていないが、実は清和(せいわ)源氏とか桓武(かんむ)平氏という、所謂(いわゆる)、武家系譜の代表格たる()(すじ)よりも古く”天帝”の血を引く名家であり、武家が権力を持ち始めた平安後期以降も他勢力から独立して天帝を護ったという日本史上の名家中の名家である。


 それは、一説には華遙(かよう)が在ったために天帝はその後の時の権力者にも完全に廃する事が出来なかったと歴史家が評価している事からもその影響力の大きさが知れる。


 とは言っても、現在の一般的な史書や一般人向けの教育で、その存在は公にされていないのだが、華遙(かよう)家が現在の日本経済を牛耳る十財閥の一つであることは全国民周知の事実だ。


 ――その華遙(かよう)家のお嬢様が俺に近づく理由……


 「それはまぁ、置いていおくとして、キミが俺に近づく理由を知りた……」


 ”一見”殊勝なお嬢様に対して俺がそう言いかけた時だった。


 「阿久津(あくつ) 正道(まさみち)!!誰のせいでお嬢様が会長から厳しい叱責を受けられたとっ!どんなお気持ちで貴様などに謝罪されているのかも知らないで貴様はっ!!」


 俺の態度に切れたのか、鬼の形相で二人の間に割り込む様に体を入れてきたのは女……


 教室での自己紹介の折り、華遙 沙穂利(かのじょ)の傍にピッタリと直立不動で控えていたパンツスーツ姿のキリリとした例の美女だ。


 「影奈(えいな)!」


 そして俺と同じくらいの身長であるその女は、主人であるだろう華遙(かよう) 沙穂利(さほり)の制止を振り切って、そのまま俺の方へと一歩踏み出してきた!


 ――この動き……


 柔術か?……いや、居合いの……


 近代格闘術とはかなり毛色が違う雰囲気の初動に、俺はポケットの中に在った拳をそっと軽く握った。


 ガガッ!!


 「随分と……物騒な国ですね、挨拶を”当て身”でとは」


 だが、結果から言えば俺が動く必要はなかったようだ。


 「っ!誰だ?」


 いつの間にかその場に駆けつけて来た第三の女が、襲われかけていた俺の前に素早く割り込み、そして間一髪!凶器である相手の拳を高そうなブランド物のハンドバッグで防いでいたのだ。


 「Boss(ボス)如何(いかが)致しましょうか?」


 もう言うまでも無いが、感心にも主人を自らの身体(からだ)で……いや、”ルイ○トン”のハンドバッグを盾にして護ったその勇敢な女は……


 ――錦嗣(かねつぐ) 直子(なおこ)。27歳、独身


 弁護士、司法書士、国際医師免許、果ては軽飛行機(セスナ)操縦士(パイロット)などなど、数多くの才能を凝縮した超優秀な俺の忠実な秘書である。


 「このっ!」


 「甘いですよ!」


 グイッ!


 初撃を防がれ、(こぶし)を一旦引いて切り返そうとする相手の腕を、受けたバッグを捻って紐部分を利用し押さえ込みにかかる美人秘書!


 ――そうそう、先程の経歴に付け足すなら、錦嗣 直子(かのじょ)は古流空手の皆伝だったなぁ


 「いい加減にしなさい!堅鞍(かたくら) 影奈(えいな)!!」


 そんじょそこらでは見られない達人(レベル)の女達二人の攻防!


 それを完全に制止させたのは、この争いの原因である少女、華遙(かよう) 沙穂利(さほり)だった。


 「重ね重ね、すみません。彼女は私の事となると……」


 そう言って今度は深く深く頭を下げる少女。


 ふわりとシャンプーのだろうか?とっても良い香りが俺の鼻孔をくすぐる。


 「華遙(かよう)グループの会長がご立腹とは、やはりあのテレビ番組はキミの家で仕組まれた茶番だったのか?」


 下げた少女の旋毛(つむじ)に俺は問いかけ、少女は……


 「はい、あの件は私も当日聞かされたばかりで……満足に理由も説明されないまま、あの場に……」


 ――なるほど……


 だから華遙(かよう) 沙穂利(さほり)嬢はあの時、場違いな制服姿だったのだろう。


 納得できないままに強引に連れてこられたと……


 「ですが、あの後、お爺さ……会長からお話がありまして……」


 彼女の俺に対する態度は、この前の夜とは随分と違う印象だ。


 「あれから一応こっちでも色々と調べてある。多分、キミがお爺さまとやらから聞いた話とそう違わない内容だと思うけど、俺はその件に関しては……」


 事実は一つだが、実は少々の行き違いがあるだろうと、俺が釈明を始めようとした時だった。


 「”復讐”……でしょうか?いいえお気になさらずに。私も武門の娘です、事ここに至っては覚悟も出来ております」


 ――!?


 華遙(かよう) 沙穂利(さほり)は綺麗な紅の口端をニッコリと……


 全く笑ってない笑顔を作って真っ直ぐに俺を見る。


 「いや、そういうわけじゃ……うっ!?」


 微塵も恐れること無く俺を真っ直ぐに捉える少女の双瞳(ひとみ)は、まるで天の川銀河……


 夜闇の天蓋に(ちりば)められし幾千の凍る銀光の河。


 ――”銀光の流路(ラ・ヴォワ・ラクテェ)


 美術品の域まで完成された西洋人形プペ・アン・ビスキュイ連想(おも)わせる白く白く輝く肌に、もぎたての石榴(ざくろ)の様な瑞々しい赤。


 その口元に感情の無い笑みを浮かべて少女は……


 「…………うぅ」


 眼中にないなんてものじゃない。


 彼女にとって俺なんて者は同じ世界の住人でさえないような……


 「阿久津(あくつ) 正道(まさみち)様、貴方がこの華遙(かよう) 沙穂利(さほり)を五千億で買い取られたのですから」


 そう言うと、彼女はもう一度、綺麗な紅の口元をニッコリと上げてから、まるで感情の喪失した”銀光の流路(ラ・ヴォワ・ラクテェ)”の双瞳(ひとみ)を細めたのだった。


 第三話「(あく)(くず)」後編 END

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