第七話「凍てつく銀星の叛徒」中編
第七話「凍てつく銀星の叛徒」中編
「華遙 沙穂利さん、キミが俺を篭絡しようとしているのは”家”のためか?それとも……」
”夜伽”騒動の翌日、華遙グループ会長宅へ乗り込む日の早朝に――
俺は彼女を屋敷敷地内の道場に呼び出して問うた。
「貴様!阿久津 正道!お嬢様をこのような早朝に呼びつけておいて不躾な!」
華遙 沙穂利の傍にはピッタリと直立不動でパンツスーツ姿のキリリとした女……
”堅鞍 影奈”と言ったっけ?
華遙 沙穂利の侍女で護衛も務めているだろうっぽい女が、早朝にも拘わらず既に駆けつけて来ていた。
――平安の世から続く武家の名家、日本経済を牛耳る十財閥の一つである華遙家
現在の当主は彼女の祖父である華遙 甚士朗なる老獪。
そしてその男が今回の一連の騒動の黒幕であるだろうと、当初、俺はそう踏んでいた。
そう、今朝方までは……
「何のことでしょうか?私には解りかねます」
眩しい銀光の流路の双瞳を細めながら美少女はとびきりの微笑みを返す。
――当然そう来るだろうなぁ
だが、俺は”そうでない”確証を得ていた。
「これ以降は”仕事”の話となるなら、茶番はやめにして本題に入りたい」
“華遙 沙穂利”の身辺を引き続き調査させていた有能なる我が秘書、錦嗣 直子、27歳独身から、その”そうでない”証拠を得たのは昨日の……
いや、日付が変わった今日の午前三時過ぎのこと。
「俺もてっきり”お爺さま”の命令とやらで俺を篭絡して、華遙家が再び飛躍する踏み台に利用しようとしているんだと思ってたけど、どうやら華遙さんはそういうつもりじゃなかったわけだ」
「……」
比較的柔らかい口調を心がけてはいるが、その実は尋問と何ら変わらない俺の言葉、
対して美少女は美しい仮面を外すこと無く、涼しい表情のままだ。
――そうか……なら、
「”華遙サプライサービス”って確か代表はすっごく綺麗なお嬢様だっけ?」
「……」
投げかけた言葉に、冬の清らかな夜空に輝く天の川銀河が僅かな反応を示す。
「……確かに、それは私が十歳のみぎりに父から譲り受けた会社ですが、正道様が気に掛けるほどの、取るに足らない存在かと」
彼女が言うように”華遙サプライサービス”とは殆ど実績の無い、取るに足りない小規模非上場会社ではある。
あるが……実はその資産に”大いに意味”があったのだ。
「法人格として所有する資産に”ちょっと面白いモノ”があるけど、それも”取るに足らない”って?」
「……」
そして、そんな事は既にお見通しだと言わんばかりの俺の更なる追求に、
希な程に美しい”銀光の流路”の双瞳が、今度こそは恐ろしい程に冷たく光って反応した気がした。
「ぶっちゃけ、会社資産として”華遙システムズ”の株式を保有してるよな?それも五十三パーセントも。その数値は”議決権”を持つ立派な支配権だ」
”華遙システムズ”は歴史は浅いが、長く不振が続く華遙グループの中では珍しく躍進を続け主力になりつつある新進気鋭の企業である。
我が社が華遙グループの主要企業の一つである”華遙電子産業”の買収を続ける過程で得た情報と、俺が錦嗣 直子に直接指示した“華遙 沙穂利の身辺調査”を合わせると、そういう面白い情報が浮かび上がってきたのだ。
「……」
黙り込むお嬢様に俺は構わず続ける。
「で……我が社の調べでは、キミは密かに動いて自由にできる”華遙システムズ”の株式を十四パーセント程確保していると。つまり合わせれば”三分の二”を超える株式を実質保有するという事で、華遙 沙穂利は華遙グループの主要企業の一つである”華遙システムズ”に対して特別議決の行使も可能ということになるってわけだ」
――そう、それはつまり……
華遙グループ主力企業の一つを“華遙 沙穂利”一個人が支配できるという事実!
グループの根幹を成す主要企業に対し一族による盤石の影響力を確立するため、親族である華遙 沙穂利に”華遙サプライサービス”という隠れ蓑経由で株式保有させていたみたいだが……
それを逆手にとり、彼女は”反抗の準備”を密かに整えていたという。
「随分念入りに、用心深く動いていたみたいだが、我が”A・K・M”の目は誤魔化せない、つまりキミは独立を……」
「黙れ!この売国奴如きがっ!」
黙り込む少女に代わり、後ろに控えていた堅鞍 影奈が勢いよく俺の方へと踏み込んで来るっ!
「……」
そして――
”銀光の流路”の双瞳を静かに光らせた美少女は……
――”今回は”その蛮行を制止しない
ガッ!
――なるほど、図星ってな!
俺は堅鞍 影奈なる武術使いの鋭い拳をポケットに手を入れたままの体勢にて迎え撃ち、
後足を半歩退いてから肩で拳を受け流す!
「なっ!」
堅鞍 影奈はそれが予想外であったのか俺の場慣れした動きに一瞬だけ狼狽したが、そこは流石に一流の武術家、直ぐに立て直して……
ストン!
その場に尻餅を着いていた。
「なっ!?ななっ??」
武術女は何が何だか理解していない間抜け面にて、今度こそ呆ける。
「で、沙穂利は密かに独立を画策していた……と」
――武術家としては中々のモノだが、若干適応力に欠けるな
俺はそのまま華遙 沙穂利と会話を続けながら、心中で先ほどまでの攻防を振り返る。
――武術女は呆けているが、なんのことはない。俺は振り向きざまに蹴りを放とうとした女の軸足を払っただけだ
「…………」
そして護衛たる女が醜態を晒しているのを目の当たりにしても、さして顔色を変えない美少女は今も冷静な瞳を俺の顔に向けているだけだ。
「ああそうだ、一応言っておくが……俺は別に敵じゃないぞ、沙穂利の邪魔をしようというつもりも無い」
「…………そうですね」
そのまま一歩、二歩と何事も無かったかのように近づく俺に、冷めた”銀光の流路”の双瞳を向けたままの少女は呟くように応じる。
ガチャ!
――お!?
その瞬間!
俺の後頭部には懐かしい……いや、この国では中々見ない代物が突きつけられていた。
「そこまでだ下郎っ!両手を上げて跪け!」
そう、俺の後頭部に感じる固さや大きさから断定できる……
”拳銃”が突きつけられていたのだ。
第七話「凍てつく銀星の叛徒」中編 END