春 諦められない気持ち 5
「――離れなさい、アロイスッ‼︎」
フランツが、アロイスを咎めた。
「っ! う、うわぁっ!……何するだよ、フランツ先生……」
私の腰を掴んで抱き寄せていたアロイスを、フランツが引き離していた。
そして、フランツは私の手を取り、フランツの背中に隠した。
その時は、アロイスの変な雰囲気は消えていて、やや残念そうなアロイスがいるだけだった。
(……あれ、フランツ? 助かったけど、さっきまでフランツは椅子に座って書類を書いてたはずなのに、いつのまに近づいてきたんだろう……?)
「アロイス、紳士ならば淑女には礼儀を払って接しなさい」
「あーっ、そんなの、フランツ先生に言われなくてもわかってるって〜」
「そうは見えなかったが?」
「――フランツ先生にはそうでも、俺は俺なりにやってるってことだよ。」
「……ほぉ?」
フランツの声が嫌に低くなった。
「――それよりさっ。いい加減、ナラノ、返してくれる?」
「…………」
そう話している、フランツとアロイスの2人からは、見えない冷気が出ている気がした。
(こわい……いつも、お調子者のアロイスがこんな雰囲気を出すなんて、どうしたのだろう。このままじゃだめだ……でも、2人を止めるにはどうしたらいいの……?)
「アロイス、ふざけるのもいい加減にしなさい。ナラノは君のものではないだろう?」
「さぁ?どうだろうなぁ。……ナラノも俺だったら、まんざらじゃないか? 何にもできないでいる、フランツ先生と違って、さっ。」
「馬鹿な……これ以上、ふざけるのは許さないぞ……‼︎」
「へへっ、ナラノのためならなんてことないさっ!」
フランツとアロイスが纏う冷気はどんどん強くなっていく。
フランツの魔法研究室の気温は変わらないはずなのに、なんだか2人の冷気で寒くてたまらない。
(……いやだ。2人がこれ以上仲が悪くなるのは見たくない……!)
「お願い、喧嘩しないで!」
「っ!」
「ナラノ……」
フランツの背中から、私はありったけの大声で叫んだ。
「……やめて。喧嘩なんて、しないで!
昔は、私たち3人で仲良しだったじゃないっ。
――フランツとアロイスまで、仲が悪くなっちゃったら、……私たち、みんな本当にバラバラになっちゃうよ……!」
フランツの私を掴む手の力が緩む。
その隙に、私はフランツの背中から抜け出した。
睨み合うフランツとアロイスの間に立って、フランツと向き合った。
「フランツィ、きっとアロイスから助けてくれてくれたんだよね?
それは、ありがとう。」
「……」
アロイスを背に庇う私を、フランツは黙って厳しい目つきで見つめている。
「きっと、フランツィは、私が魔法研究係になったことが気に食わないんだよね……わかってる。
でもっ、だからってアロイスに冷たく当たらないで。アロイスは関係ないんだよ?」
「……っ‼︎」
「仲が良かったフランツとアロイスが私のせいで仲が悪くなっちゃうのは、……いやだよ。」
――もう、喧嘩なんてしないでほしい。
元々、フランツが嫌いな私が魔法研究係になって魔法研究室に来たことが原因なんだ。だから、2人が喧嘩する必要なんてないんだよ。
――やり直しの前の世界では、フランツとアロイスが喧嘩するなんてことはなかった。
(私のせいで、このやり直しの世界の2人の友情が崩れるのなんて、見たくないよ……)
「――君は、馬鹿だ……何もわかっていない。」
フランツが嫌いなものを見るような、冷たくて厳しい目で私を見た。
(わかってるよ。フランツが私を嫌いってことくらい。でも、ごめんなさい。フランツに嫌われてても、まだ私はフランツのそばにいたいんだよ……)
「え、えへ、えへへっ……そうだね。うんっ、知ってるよ。私が馬鹿なことは、フランツィに言われなくても、わかってる。」
「ちがっ……!」
「でも、ごめんね!私、馬鹿だけど、魔法研究係は辞めないからっ!」
――だって、私はフランツが好きなんだよ。好きで好きでたまらない。どうしようもないくらい、フランツのそばにいたいんだよ……
「私はそういう意味ではっ……」
「ナラノっ! 帰ろうぜ!」
フランツは何かを言いかけたが、被せるようにアロイスが私に声をかけてきたのでわからなかった。
「え……?」
(今、フランツが何か言おうとしてなかった?)
「じゃ、フランツ先生。挨拶も終わったんで、俺らもう帰りますわ!」
「ま、待ちなさ……っ」
フランツの呼び止める声を無視して、アロイスは凄い勢いで私の腕を掴んで、早足で魔法研究のドアの方へと歩いていく。
「では、失礼しました〜!」
――パタンッ!!
アロイスは私を強引に引っ張り、早足でフランツの魔法研究室から出た。
そして、フランツの魔法研究室を出たあとも、アロイスの早足は止まらない。
「アロイス、アロイスっ! はやい、早いよ!」
「…………」
「アロイス、どこに連れていくつもりなの?」
「…………」
アロイスは何も答えてくれない。
ただ、どこか目的の場所があるようで、迷いのない足取りで進んでいる。
(どこにいくつもりなの……?)
――辿り着いたのは、ペリクレス貴族学院の裏にある花畑だった。
一面に、色とりどりの花が咲き誇っている、ペリクレス貴族学院の隠れた名所だ。
花畑は周りを高い草木の壁に囲まれていて、あまりに広い花畑は迷路のような入り組んだ道になっている。
だから、綺麗だけど慣れてないとすぐに迷子になりやすくて、庭師以外はほとんど人が寄り付かないような場所なのだ。
私も、この花畑には入学した日の学校案内以外では来たことがなかった。
(でも、やっぱり、この花畑はすごく綺麗だね)
私は、アロイスのよくわからない行動を忘れて、綺麗な花畑に見とれた。
――この花畑には、ペリクレス貴族学院の秘密の花があるらしい。
ペリクレス貴族学院の噂程度の話だけど、その花を見れたら願いが叶うって言う伝説もあったりする。
まぁ、だけど、ペリクレス王国の王女のメアリアからは、
「そんなのはただの噂よ」と相手にされなかったけど。
でも、私はそういう夢のある話が好きだから、興味があったんだよね。
(ただ、私は地図があっても迷子になるくらい方向音痴だから、花畑に来るなんてことはなかったんだけど……)
――そこで、私はいきなりアロイスに抱きつかれた。
「わっ! あ、アロイス?!!」
「ナラノ……」と、またアロイスは色気のこもった低くていい男性の声で、切なく私の名前を呼んだのだった。
ドクンっ!と私の心臓が高鳴るのがわかった。顔が赤くなって、ドクドクと脈が速くなるのを感じた。