春 諦められない気持ち 2
「……フランツィが好きなのは、――マリアなの?」
憎々しげに睨んできているフランツの金の瞳を真っ直ぐ見つめながら、頑張って聞いたのだ。
ガタンッ!!!!!
「っ!! ――――馬鹿な……」
とつぶやいた後、処理落ちしたように立ち上がったまま固まったフランツがいた。
(なんだ、なんだ? どうして、フランツは固まってるんだ?)
「え、フランツィ……?」
フランツは勢いよく、座っていた椅子から立ち上がったままだ。
あまりにも勢いよく立ち上がったから、フランツが座ってた椅子は倒れてるし、机にあった書類の山も床に落ちていた。
(何か様子がおかしい)
私はフランツが心配で、立ちつくすフランツに駆け寄ろうとした。
「――――だ、大丈夫、フラ……」
「君はっ!!」
「?」
フランツは、大声で私を見つめた。その声で、私は駆け寄るのをやめて、フランツを見つめた。
「――君は、何もわかっていない……!!」
「??」
叫ばれているのは私なのに、なぜかそう言うフランツの方が悲しそうな顔をしていた。
(なんで? どうして、フランツがそんな顔をするの? マリアを好きなのはフランツでしょ? フランツがマリアと未来で結婚するってこと、私は知ってるんだから、もう誤魔化さなくてもいいのに……)
「ふ、フランツ、落ち着いて……」
「君はっ……私がマリアを好きだと聞くのか!? 誰よりも、君にだけは、そんなことは聞かれたくなかったっ……!!」
フランツは私の方に歩いてきた。
(どういうこと?)
「……ナリィ、君は私にマリアを好きになってほしい、そう言っているのか?」
「え、ち、ちがっ……」
(そんなわけない!どうして私が、そんなことを言わなくちゃいけないんだよ!私はフランツに好きな人を聞いてるだけじゃないか。)
フランツは私を昔の呼び名で読んだ。
フランツにナリィと名前を呼ばれるのは何年ぶりなんだろう?
あの日以降、ベネット公爵家に来なくなったフランツは、私を『ナリィ』と愛称では呼ばなくなった。
それは、大切な名前。
――――家族とフランツだけが呼ぶ、私のもう一つの名前。『ナリィ』
もう、フランツから呼ばれることは永遠にないと思ってた。
(でも、何でだろう? 私は、マリアを好きなのか、と尋ねただけなのに。 どうして、フランツがそんなに傷ついた顔をしているの?)
「――もう一度、聞く。 ナリィ、君は私にマリア=リバースを好きになってほしいと望むのか?」
(あれ? 私がフランツに質問したはずなのに、どうして立場が逆転してるの? )
フランツは私の目の前に立ち、正面から私の瞳を見つめていた。
そのフランツの瞳は、『嘘や偽りは許さない』と雄弁に語っていた。
(そんなこと、望むわけがないのに。フランツとマリアの愛し合う様子を見て、前の世界で私がどんなに苦しかったと思ってるの?
フランツがマリアと結婚式を挙げた時、2人の床入りを想像するだけで、…………私がどんなに嫌だったと思ってるのよっ!!)
「そんなわけないっ!――――私が、フランツィにマリアを好きなってほしいなんて思うわけないじゃないっ!」
私は、思わず叫んでいた。
(あ……ごめん、フランツ。 これじゃ、――――まるで、告白みたいだ……私を嫌いなフランツにこんなこと言ってしまって、ごめんなさい。
でも、フランツがマリアを好きになるのなんて、もう二度と見たくなくて、つい本音が漏れたの……どうしたって、将来のフランツはまたマリアを愛するんだろうけど、本音が漏れたのは許してほしい。私は嫌われたままなのだから。
だから、そんな嫌いな私に告白まがいのことを言われたら、…………フランツなら容赦なく断るんだろう、ってことはわかってるから)
そう叫んだあと、やらかしてしまったことに気づいて、私は頭が真っ白になって、身体から力が抜けた。
(最悪だ……もう、このあとはフランツに振られてしまうんだ……)
失敗した。
立っていられなくて、倒れる私をフランツが慣れた手つきで私を受け止めた。 膝をついたフランツは、大切な宝物かのように、私を優しく抱きしめるようにして受け止めてくれていた。
(ああ、こうやってフランツに抱き抱えられるのも久しぶりだなぁ。
私を嫌いなフランツにこんなことさせちゃって悪いけど、やっぱり私は嬉しくてたまんないよ。フランツ、大好き。どうしようもないくらい、愛してる。
……だから、これ以上私を嫌いになって、私の告白を断らないで……!)
「ナリィ、君は私のこ……」
「ごめんなさい、フランツ! あのね! えっと、私、今変なことを言っちゃったけど、……許してほしいの!」
「ナリィ……」
(言わないで。私の告白を、断らないで……)
「ごめんなさい! だから、嫌いにならないで! もう、……もう二度と! フランツィの好きな人なんて聞いたりしないから……」
泣きたくなんかないのに、私の空色の瞳には涙が溢れてきていた。
(いやだ、泣き落としなんてしたくないのに。 なんで、こんな時に涙が止まらないの? どうして、こんなにも辛いんだろう?)
私の頬に流れる涙を、フランツが右手の親指で拭った。 私を抱き抱えたフランツは、無言で私の溢れ出て止まらない涙を見つめた。なぜだか私より苦しそうな顔をしたフランツは、ポケットからハンカチを取り出すと、そのまま優しく私の涙を拭いた。
「――――君は馬鹿だ……」
「え?」
私を抱きしめて、私の涙を拭くフランツは思わずといった感じで呟いた。
「私が、……君を嫌いになるはずないだろう……」
「けどっ」
「もう、黙りなさい」
「でも、それって、どういう……っ?!」
意味がわからない私はフランツに聞こうとした。
必然的に私を抱きしめたフランツの顔を見ることになってしまって、そのあまりの顔の近さに驚いた。
「っ!!」
(ちかっ!!
昔はあまり前だったけど、大きくなってからは避けられてたから、カッコいいフランツの顔は私の心臓に悪いわ)
フランツから私は目を逸らして、俯いた。
「ナリィ……頼むから、もう泣かないでくれ……」
懇願するようにフランツは言った。
フランツに言われて気がついたけど、私は両目から涙を流し続けていたようだ。
私を見つめるフランツは切なげに私を見つめており、私を抱きしめる腕に力がこもった。
(……あれ? まるで、私が泣いたらフランツが辛いみたいだよ?
おかしいな。 私を嫌いなはずのフランツが、まさかね?
だって、フランツが嫌いな私が泣いたって、フランツが辛くなるなんてことないはずなんだから。)
――――だって、未来でフランツはマリアを愛して、結婚する。
私だって、無駄に人生をやり直してるわけじゃない。フランツの気持ちはもう充分ってほど理解してる。
前の人生でも10歳以降は、ずっとフランツに嫌われていたんだから……わからない方が馬鹿だよね。
(変にフランツに期待したらだめだ。期待しても、待っているのは前のように悲しい日々だけなんだから。それなら、私は初めから期待なんてしたくない。)
―――――
私は始業式の前の教室で1人物思いに浸っていた。
あの後、結局フランツは誰が好きなのかは言ってくれなかった。
ただ、私を抱きしめて慰めるだけだった。
私が泣き止んだ後、腫れてしまっていた私の目を『氷』と書いた魔法道具で冷まして腫れをとってくれた。
フランツの部屋は、魔法研究をしているだけあって、沢山の変わった魔法道具がある。
その中には、まだフランツの研究段階で、世の中には広まっていないものも沢山ある。
まぁ、今回の目の腫れを取ってくれた魔法道具は一般的なものなんだけどね。
「ナラノ、おはようですわ!今年も同じクラスですわね!わたくし、ナラノと同じクラスで嬉しいわ〜」
ペリクレス国の王女様で、幼馴染で親友のメアリア=ペリクレスが華やいだ雰囲気を振り撒きながら近づいてきた。
メアリアの護衛クレイグ=ハネスが、メアリアの背後に静かに付き従っている。
「あ、メアリア。おはよう。」
「ナラノと同じクラスだと空気が違うのよね! ……もしナラノと同じクラスじゃなかったら、王女としてペリクレス貴族学院に圧力をかけなくてはいけないところでしたわぁ。」
(なんだそれ。さりげなく、怖いことを言うのはやめてくれ。そんなところで、王女様の権力を使うだなんて、怖いことを言わないでほしい。
冗談だってわかってても、……怖いものは怖いよ!)
「え、えっと……メアリア、それはやりすぎなんじゃないかな?」
私はやんわりとメアリアを嗜める。
「あら、そうかしら?」
「そ、そうだよ!それに、私たち、今までの6年間ずっと同じクラスだったじゃない。ずーっと一緒だよ?すごい偶然だよねっ?だから、王女の圧力の圧力なんて、そんなの、だめだよ。」
「ふふふ、そう、すごい偶然よね……もうっ、ナラノったら可愛いわぁ。」
「わっ」
メアリアはそのまま私に抱きついてきた。
幼馴染のメアリアは、なんだかんだとスキンシップを取ることが好きなようで、抱きつかれることが多い。
メアリアは私と同じで金色の髪と青い瞳の美しい少女だ。
巻いた髪の毛を高めのツインテールにしている。一見、儚げで弱々しく見えるが、これでも結構しっかりしていて意思は強かったりする。
ぼーっとしてることが多い私を、メアリアが引っ張ってくれることが多いから助かっている。
そして、私はメアリアがいたから、ペリクレス貴族学院で寂しくならずにすんでいる気もする。
だって、私に話しかけてくれるのって、メアリアとか幼馴染くらいなんだよねぇ。他の生徒も時々話しかけてくれるけど距離を感じるし、メアリアがいてくれるから、楽しい学生生活ができていると思うのだ。
(…………あ、けど、マリアはよく私に話しかけてきているか……)
そうだ、マリアはずっと公爵令嬢の私にもよく話しかけてきてくれてて、友達だと思ってたんだよね。だからこそ、フランツとマリアが結婚する、って聞いたときはショックだったんだけど。
「……ん? ナラノ、あなた、今日泣きました?」
「っ!」
メアリアが目ざとく私の変化に気づいたようだ。
(なぜバレた!!
おかしいな、フランツの魔法道具で綺麗に目の腫れはとったはずなんだけど……)
メアリアに抱きつかれた私は、身体を強張らせた。
「ほほほ。ナラノ、わたくしに隠し事は許せなくってよ?
――特に、あなたが涙を流すようなことは、許せないわ。全て白状してちょうだい。」
「え……か、勘違いじゃない、メアリア?」
「ナラノ、可愛い顔をしてもだめ。無駄な抵抗はおやめなさい。さぁ、すべて白状なさい?」
どす黒い笑みを浮かべながら、メアリアは私に微笑みかけた。
(こ、こわい……)
こうなったメアリアには逆らわない方がいいとナラノは学習している。
「ううっ。 ……もー、仕方ないなぁ。じゃあ、耳をかして?」
「ふふ、はいどーぞ」
「ありがと。えっと、えっとね、メアリア――――」
私はメアリアに話した。
――フランツのことが好きだ、ということ。
――それから、今朝フランツに好きな人を聞いたけど、それは誤魔化されてしまって聞けなかったこと。それで泣いたのはその時で、でもフランツは悪くないこと。
――フランツにいつかは告白して気持ちを伝えたい、ということ。
「――――ナラノ!」
「へ?」
「全面的に協力しますわ!!」
「?」
私の気持ちを聞いたメアリアはやる気に満ちた目をしていた。
応援してくれたら嬉しいな、と思っていた私が拍子抜けするくらいあっさりと、メアリアは私のフランツの気持ちを応援してくれた。
「もう、つれないですわ。もっと早く教えてくれれば、他にも沢山協力できましたのに……!!」
「え、ほんとにいいの?だって、ほとんど見込みのない恋なんだよ?」
「当たり前ですわ!わたくしは、いつでも、ナラノの1番の理解者でいたいんですもの!」
「っ!!!」
なんてことない当たり前のことみたいに、メアリアは戸惑いもなくそう言ってくれた。
それが、嬉しかった。
(ありがとう、メアリア。やり直しの前の世界では、誰にもフランツへの想いは言えなかった。でも、やり直しの前の世界のメアリアも、こんな風に受け止めて応援してくれたのかもしれない。
やり直しの前の世界でも、親友のメアリアに言えばよかったな……)
「ありがとう、メアリア!」
メアリアが私の親友でよかった。
メアリアはやり直しの前の世界でも、ナラノが教師のフランツを好きなのだと気づいています。でも、ナラノが教師と学生の恋愛は禁断だと、必死に教師のフランツへの恋心を隠そうとしている様子なので、あえて気づかないフリをしていました。
メアリア自身は、自分の王女としての権力の大きさを理解していてますし、ナラノが嫌がることはしないように動いていたのです。