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春 諦められない気持ち。

 


 ――ナラノは過去に戻ってきていた。


 カレンダーを見ると、今の季節は4月の春。ナラノがペリクレス貴族学院の6年生の始業式を迎える日だった。



(まだ、この時点ならフランツとマリアは婚約をしていない……

 ここからなら、まだ、やり直せる。)






 ――『フランツから好きだから結婚してくれ、って言われたの。ナラノ、祝福してくれるわよね?』


 唐突に友人だと思っていたマリアから言われた言葉。


 その言葉は、ずっとナラノの心の中の抜けない棘となっていた。




 まさかナラノと同じ歳で、しかも学生のマリアが、フランツと結婚することになるなんて、まったくの予想外だった。


 てっきり15歳年上で魔法研究の教師だったフランツは、ナラノのような年の娘は恋愛の対象外だと思っていた。

 きっと、ペリクレス貴族学院に入学する前に言ったように、ナラノのような年下は『()()()』でしかないのだと思っていたのだ。



 なのに――――



(どうして、同い年のマリアなの? 私の方が、ずっとずっと、生まれてからずっとフランツのそばにいたのに。)



 良くない感情に飲み込まれそうになり、ナラノは軽く頭を振って考えを止めた。



(だめだ……違うことを考えよう。フランツとマリアのことを考えるのは、やめとこう。)



 自称神様は、私をペリクレス貴族学院の6年生の始業式の日に戻してくれた。

 リスクはあるけど、それでも不可能なはずのタイムスリップで、たった一度の過去のやり直しの世界にやってこれたのだ。



(この機会を活かしたい)



 ――今度こそ、せめてフランツに好きだと伝えたい






 ―――――






 ――コンコン。控えめな、形だけのノックが部屋に響く。


「失礼します」


 ナラノの小さい時からのメイドのカロルが、静かにナラノの部屋に入ってきた。


「っ! お嬢様?! なぜ起きていらっしゃるんですか?」


 カロルは驚いたように私を見つめた。



(まずいわっ! 普段の私なら起きてない時間だわ!)



「……え、えへへ。目が覚めちゃったのよ。――あ、今日が始業式だからかもしれないわ」


 ――なんとも苦しい言い訳だ。


 気まずげに笑って誤魔化した。


 ナラノは、普段こんな朝早くに起きない。いつもなら、カロルに起こされるまで爆睡してしまっている時間なのだ。


「信じられないです……寝坊助(ねぼすけ)さんのお嬢様がこんな朝早くに1人で起きていらっしゃるなんて……!」



(ちょっと……それは、主の私に対して失礼なんじゃ……?)



「……あ、あの、カロルさん? 寝坊助さんって、それは褒めてるのかしら?仮にも私はあなたの主なんだけど……」


 思わず私は苦笑いになってしまった。


「まぁっ!今は朝の5時なんですよ?私はメイドなので、朝から仕事をしていますけど、お嬢様がこんなに朝早くに起きているなんて、……信じられないことですわ!」


「……か、カロル?それは言い過ぎじゃないかしら?私だって、1人で起きられるわよ?」


「……あら?お嬢様が1人で起きられるのは、こっそりされているお昼寝の時だけじゃありませんか。」


「うっ……」



(正論すぎて、言い返せないわ! こんにゃろー!)



 痛い所をつかれて私は押し黙る。


 そうだ。カロルの言う通りなんだよね。


 私が朝に1人で起きたことなんかない。毎朝、小さい時から一緒にいる、メイドのカロルに頼りだからなんだ。



(くそっ! 自分で言っといてなんだが、情けないな、私!)



「……えっと、だ、だから、始業式があるから、よ!――――私だって、もう1人で起きられるってこと!」


「あらあら、では明日からはカロルがお嬢様を起こしにこなくてもいいということですね?」


 にっこりとカロルは笑みを深めて私を見た。



(ま、まずい……今日は自称神様のせいというか、おかげでこの時間に起きられただけなんだから。これから、カロルが毎朝起こしてくれなくなったら――――私は確実に毎朝寝坊してしまうっ!!)



「〜〜〜っ!! だめよ、だめだめ!」


「ふふふ、何がですか? ちゃんとお願いしてくれないと、カロルにはわかりませんわぁ?」


 カロルがからかったような口調で意地悪をいってくる。


「……か、カロル。明日からも毎朝私を起こして下さい」


 私は、なんとなく悔しいような恥ずかしいような気持ちで、真っ赤に顔がなるのがわかった。真っ赤な顔が見えないようにしながら、なんとかカロルにお願いをしたのだった。


 ナラノは無意識だが、顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにしながら美少女がお願いする様はなかなかくるものがあるのだ。そんなナラノの無意識の可愛さに、ナラノが大好きなカロルがやられないわけがない。


 カロルは、鼻血が出そうになるほど興奮して変な顔になるのをナラノにバレないように、俯むいて隠した。


 さすがに、ナラノの可愛さに興奮してしまっていた、なんて独特の興奮は、ナラノには知られたくない。


「〜〜っ!!!! はぁぁあん……お嬢様、かわいいです……!」


「へ?」



(なんだか、変な声が聞こえたような気がするんだが……聞き間違いだろうか?)



 うん。言い間違いだろう。まさか、カロルが変態みたいな声を出すわけがないしね。


 カロルは、ギリギリ許容される範囲のナラノ愛を溢れ出しながら、うっとりとした。


「い、いえ、わかりましたとも、お嬢様! これからも、カロルをお嬢様のそばに置いてくださいませっ!!」


 くいぎみに、カロルがずいっと、身体を乗り出してきた。


「っ?! も、もちろんよ! 私のメイドはカロル以外には務まらないんだからっ!」


「ふふふっ。ありがとうございます。」


 当たり前よ、とばかりのナラノの返事に、カロルは嬉しそうに微笑んだ。


 私はまだ顔が赤くなってるかもしれないけど、もうそんなことはどうでもよくて、カロルと一緒に笑いあった。









「――――え、早めに学校に行くのですか? 何かご予定があるのでしょうか?」


 カロルは、じーっと、探るような視線で笑いながら私を見つめていた。



 ドキンッ!!と、私の心が跳ねたのがわかった。




(す、鋭い! もしかしたら、カロルは私が時を戻ってやり直してるって、バレてしまいそうだわ。 ……ここは、バレないように私の渾身の演技をするっきゃないわね!)



 そう。私はやり直し世界で最初にやりたいことがあるんだ。そのためには、始業式の今日、早めに学校に行かないと行けないのだ。


「そう!大事な、とっても大事な予定なの!だから、今日はいつもより早く学校に行きたいの!お願い!」


 私はメイド服を着たカロルにガバリと抱きついた。


「? ……ふふふ、何だかよくわかりませんが、カロルはお嬢様に従いますとも。」


 私が抱きつくと、カロルは

『お嬢様ったら、仕方ないですわね〜。しゃないな、誤魔化されてやるか』、

という顔で、微笑んで引き受けてくれていた。


「っ! カロル、ありがとう! 大好きよ!」


「ふふふ。――――ほんとうに、今日のお嬢様は変ですわ。」


 軽くため息を吐くけれど、カロルは相変わらず私に優しい。




 きっとカロルは、未来からタイムスリップしてきた私の行動が、いつものナラノと違っておかしいと気がついている。

 身近なメイドだからこそわかる、些細な変化に気がついているのだろう。


 でも、追求はされない。一重に、ナラノが聞かれたくなさそうだから、カロルは聞かないのだ。カロルの優しさである。


 


(……危なかったわ。今、カロルに抱きついてなかったら、動揺した顔でカロルに疑われちゃう所だったわ……)



 私が衝動的にした、大好きなカロルに抱きつくという行動が、かろうじて私をピンチから救ってくれたようだ。



(さすが、私の渾身の演技!私が一流女優、顔負けの演技ができて助かったわね)



 カロルは、

「この時間からなら、始業式に参加されるお嬢様を可愛らしく準備しても、余裕で学校に間に合うように支度できますわ!腕が高鳴りますわ!」

と、頼もしいことを言って、カロルは大張り切りで私を飾り立ててくれる。


 でも、まぁ、といっても、ペリクレス貴族学院の学生はみんな同じ制服を着るから、パーティのドレスのように飾り立てることはできないんだけどね……



(それに、カロルは素晴らしいメイドなのだが、主が私のような平凡な者で、飾り立てがいのないことが申し訳なる)




 私は、こっそりと張り切るカロルを横目にそっとため息を吐いた。






 ペリクレス貴族学院の学生は、紺色がかった暗めの紫色の紫紺(しこん)の制服を着る。

 男子は紫紺色の学ランで、女子は紫紺色のワンピースだ。そして、男女共にペリクレス貴族学院のデザインが入った、丈が長くフード付きの紫紺色のローブを着る。


 教師も同じように制服がある。教師の制服も色は紫紺色で、学生と同じだが、やはり学生とはデザインが異なる。

 男性教師は白いシャツと紫紺色のネクタイとブレザーの上着とズボン。女性教師は白のシャツに紫紺色のリボンとブレザーの上着とスカートだ。丈が長くフード付きの紫紺色のローブは、学生と同じだが、ペリクレス貴族学院とペリクレス王国の両方のデザインが入っている。








 ナラノは、ペリクレス貴族学院の教師の制服を着るフランツが、かっこよくて好きだった。


 やり直し前の世界では、フランツに嫌われるのが怖くてあんまり見れなかったけど、紫紺色のローブをたなびかせながら優雅に歩く教師のフランツは、どこからどう見てもかっこよかったし、似合っていたのだ。







 カロルの完璧な指揮の元、いつも通りの朝食をいつもより早めに食べたナラノは、ペリクレス貴族学院の制服を着せてもらった。


 ナラノの金色の髪の毛を、緩くカールがつくようにカロルが髪を整えてくれる。そして、仕上げにほんの少し編み込みとリボンをつけてくれるのだ。

 そして仕上げに、ナラノのお気に入りの金色の宝石付きのピンクのレースのリボンを1つ、必ずナラノはつけてもらうのだ。




 ――きっと、もうフランツは覚えてなんかいないと思う。



 けど、これは昔ナラノがフランツからプレゼントしてもらったお気に入りのレースのピンクのリボンなのだ。



 このレースのピンクのリボンがあったから、前世の世界のナラノは、フランツに嫌われていても頑張ってペリクレス貴族学院で頑張れたのだ。






 ―――――






 ――今、ナラノはようやく目的の場所にたどり着いた。




 ペリクレス貴族学院の魔法研究室の前。そう、フランツが魔法研究の教師としている部屋だ。


 やり直しの世界でも、きっと前の世界のように、今日の始業式のフランツは早朝から魔法研究室にいるはずだ。





 ――ナラノはフランツの部屋のドアを、コンコンとノックした。




「どうぞ」と、ナラノの好きなフランツの声が返ってくる。ただ、そのフランツの声を聞いただけで、ナラノはもう嬉しかった。



(フランツの声だ。嫌悪感の混ざってない、ずっと聞きたかったフランツの声だ。)



 前の世界では、フランツはマリアとの婚約が決まってから、ナラノに話しかけてくることはなかったから。ドア越しでも、久々に私に声をかけてくれるだけで、嬉しかった。



(フランツ……あなたが好きなの。だから、今日は()()()()()()()()()()()()をあなたに聞くんだから!覚悟してなさい!)



 ナラノはフランツに向き合う覚悟を決めて、「失礼します」と言いながら、フランツの部屋に入った。


「っ!!?」


 フランツはナラノの顔を見ると、やっぱりナラノにだけわかる具合に器用に表情を歪めた。


 その顔は、やっぱり、

 ――――とっても嫌そうだった。



(あぁ、やっぱり、……私を見て、そんなに嫌そうな顔をするんだ。

 ――――ねぇ、フランツ。そんなに私のことが嫌い?私は、ずっとあなたのことしか好きじゃないのに……――)



 ナラノはフランツの反応に傷ついた。でも、それがバレないように顔には出さず、幼い時のように、元気よくフランツに話しかけた。



「おはよう、フランツィ。朝早くから押しかけちゃってごめんね。でも、こうでもしないと私と話してくれないでしょ?こんな早朝だから、フランツィと私以外はまだ誰も来てない。他の先生も生徒もまだ来てないの。だから、お願い。私と少しだけ話をしてほしいの」


 ナラノは勇気を出してフランツに語りかけた。


 そうだ。こんなに朝早くきたのは、フランツと2人で昔のように本音で話したかったから。


 前の世界で、フランツが始業式に早く来て準備していたというのは、ふとした風の噂で聞いたことがあった。


 今日以外の日だと、フランツが来ているのかは前の世界の時は聞かなかったからわからないし、ナラノには今日しか2人で話すチャンスがなかったのだ。


「…………私にはない」


 フランツは、私に目も合わさずに言った。



(……辛い。もうすでに辛い。でも、頑張れ、私!なんのために、世界をやり直してるんだ!逃げたいけど、逃げたらだめだ!)



 私は凹みそうになる心を無理矢理、奮い立たせた。


「そっか。でも…………私はずっとフランツィとこんな風に話がしたかった。」


「…………」


 フランツは、ずっと私を見てくれない。


「なら、一つだけ答えて?もし答えてくれたら、……もうフランツの邪魔はしないから」


「っ‼︎ …………」


 やっとフランツは、疑わしげな目だけど私を見た。


(やっと、私を見つめてくれた。おかしいって自分でも思うけど、そんなケダモノを見るような目で見られても、フランツと話せるだけで私は幸せだと思えてしまう……ほんとに、私って我ながら残念な思考をしてるわね)



 フランツが好きすぎる自分を、『我ながら馬鹿だなぁ』なんて思いながら、私は話を続けた。




「フランツィは、…………………………好きな人はいる?」




 やっと聞けた!



(前世では、あの日以降聞かなかった質問だ。でも、ずっと、気になってた。


 ……ねぇ、フランツ。あなたは、既にこの時、マリアのことが好きなの? 将来、あなたが結婚する奥さんのマリアが好きですか?)



「!!」


 憎々しげに私を見つめてくるフランツ。



(お願い、そんなに睨まないで?フランツが好きな人を教えてくれたら……フランツの口からマリアが好きだと言ってくれたら……)


 ――――私は本当にフランツへの恋心を諦められるから。もう、私はフランツに近づかないから、お願いだからフランツの口から教えてほしいの。


「……フランツィが好きなのは、


 ――――マリアなの?」


 私は歪みそうになる顔を出来る限り笑顔にして、二度と尋ねないと決めていた質問をした。







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