あなたと私のさようなら
貴族の学園物を描くのは初めてなので、おかしい点があるかもしれませんが、ご容赦ください。
完結まで頑張って書き切ります。
――――公爵令嬢のナラノ=ベネットは、15歳年上のフランツ=ロバーツに幼い時から密かに恋をしていた。
それが、禁断で叶わない恋だと分かっていても、諦めることなんて出来なかった。
―――――
ナラノとフランツの初めての出会いは、ナラノが0歳の時である。
5歳となったナラノの兄、ホワイト=ベネットの『家庭教師』として、15歳のホワイトは来ていたのだ。
今考えると、ナラノの父ストーン=ベネットは、将来のベネット家の跡取りとなる兄のホワイトと、同じ公爵家で将来はロバーツ公爵を継ぐことになるフランツを、幼い時から仲良くさせたかったのだろう。
そうして、ナラノの父ベネット公爵は、知り合いだったフランツの父リチャード=ロバーツに頼み事をした。優秀な成績を収めているフランツに家庭教師を頼みたいと。
――――ペリクレス王国の貴族は10歳から15歳まで6年間、ペリクレス貴族学院に通うことになる。
ナラノの父ストーンは、『フランツに時間があるときだけでもいいので、兄のホワイトの家庭教師をしてほしい』として依頼していた。
そして、明言はされていなかったが、家庭教師の依頼は、
『兄のホワイトが10歳になってペリクレス貴族学院に入学するまでの5年くらいになるだろう』、と父には思われていたらしい。
――――だが、結果的にフランツはベネット家の家庭教師を10年も、続けてくれたのだった。
フランツはナラノが10歳になって、ペリクレス貴族学院に通うまで、なぜかベネット家の家庭教師を務めてくれたのだった。そう、ナラノにはその理由はわからなかったが、本来の予定よりも5年も長くフランツは家庭教師を務めてくれたのだ。
フランツは、サラサラの銀の髪に温かい金の瞳で、飛び抜けて顔が整っていた。しかも、フランツはナラノの知らないことをたくさん知っていて、ナラノに誰よりも優しかった。ナラノが生まれてから、10歳になるまでの間、ナラノの世界で1番フランツがかっこ良い存在だった。
(私、フランツが好きだ)
――15歳も年上だけど、そんな優しいフランツにナラノが惚れないわけがなかった。
「ナリィ」と、フランツに親しげに呼ばれるだけで、ナラノの心は嬉しすぎて飛び上がった。『たかが名前を呼ばれただけで、こんなに気持ちが跳ね上がるなんて、我ながら私って単純だな』、と思ったりもしたのだけれど。ナラノには、たまらなく嬉しくってたまらないのだった。
嬉しくて「もっと、呼んで!」とはしゃぐ私を見て、「ああ。君は、まだまだ子どもだな」と苦笑気味のフランツに頭を撫でられていた。
私には、そんなことでさえ、フランツに構ってもらえるってことだけで嬉しかった。ただ、フランツといられるだけで幸せでしかたなかった。
(でも、いつからだろう……?
フランツに『子ども』だと言われて子供扱いされるのが嫌になっちゃんだっけ?
――――……あぁ、そうだ。思い出した。
あのときからだ。)
――――あの日だ。
フランツが私に家庭教師をしてくれた『最後の日』から嫌になったのだ――
(今までなら、嫌だなんて思ってなかったのに。どうしてか、その時から、どうしても無性に大好きなフランツから『子ども扱い』をされたくなくなったんだよね。)
だから、ペリクレス貴族学院の入学を控えたナラノは、ずっと気になっていたことをフランツに尋ねた。
「ね、ねぇ、フランツィ。……フランツィは好きな人はいる?」
私は顔が赤くなっているが自分でもわかった。
勇気を出して、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。ただ、聞いただけ。なのに、ナラノはフランツにその言葉を伝えただけで、鼓動が早くなるのを感じた。でも、なぜかフランツにはそんなの恥ずかしくて見られるは恥ずかしかった。
(きっと私の顔は赤くなってると思う。大好きなフランツに、子どもっぽい、だなんて思われたくない。)
ナラノは、赤くなった顔が見えないように俯いて、フランツの返事を待った。
「…………」
(あ、あれ? フランツからの返事がない……?)
フランツは答えてくれなくて、あんまりにも長い間沈黙が続いた。
だから、ナラノは待ちきれなくてフランツの顔を見た。
――フランツは、ぽかんとした表情のまま固まっていた。
(かっこいいよ、フランツ。そんな顔でも、やっぱり、かっこいい……!)
太陽のように優しい金の瞳を開けたままの間抜けに固まった姿ですら、フランツはかっこよかった。ナラノは、緊張していたことなんてすっかり忘れて、フランツに見とれた。
そして、止めておけばよかったと今なら後悔するのだが、ナラノはサラサラしたフランツの銀の髪が綺麗で、思わず触って見たくなってしまったのだ。
「綺麗な髪……」
意識してフランツの髪に触ったわけじゃない。本当に何かを考えて行動したわけじゃない。
でも気がついたら、ナラノの指は大好きなフランツの髪に触れていたのだ。
「――っ!! っ、な、何をしているだ!」
「えっ?」
優しいフランツからありえないくらい強い力で、ナラノは触れていた右手首をフランツに掴まれていた。
(どうして?)
浮かんできたのは、『疑問』だった。そして、次に感じたのは『痛み』だった。
「っ! い、いたいよ。 フランツィ……」
「っ、す、すまない! だがっ、ナリィ、こんなことは私以外の他の誰にもしてはいけない!」
今までにフランツからこんな風に腕を掴まれたことはない。ナラノは、フランツの行動に戸惑った。
確かにナラノが突然フランツの髪を触ったのは良くなかった。でも、ナラノには理解できなかった。
フランツは、ナラノが生まれた時からそばにいてくれて。そして、ナラノを膝に乗せて、いつも優しく頭を撫でてくれていたのだ。
もちろん、ナラノがフランツの髪に触れたことだってあるのだ。
――なのに、なぜ急にフランツはこんな行動をとるんだろうか?
(いつもフランツは優しかったのに、どうして?)
フランツはナラノに注意をした後、慌ててナラノの手を離してくれた。そして、ナラノの右手首が痣になっていないかを心配そうな表情で丁寧に確認していた。
ナラノは戸惑った。
一見、フランツは今までみたいに優しいフランツに戻ったように見える。でも、生まれてからずっとフランツといるナラノにはわかる。
(あれ…………? どうしてだか、フランツは今までとは違って私に一線を引いているように感じるのはなぜなのだろう?)
「フランツィにしかしないよ。……でも、どうして?どうしてそんなこと言うの? 今まではそんなこと言わなかったよ?」
ナラノは、フランツの変化に戸惑いながらも、どうしてフランツがそんな風に注意するのかわからなくて尋ねた。
するとフランツは、一瞬寂しそうな顔をした。
そして、またいつものように言ったのだ。
「…………ナリィ、君はまだまだ子どもだな」と。
なんてないことのように、ナラノに言ったのだ。
(また、子どもだって言うんだ……)
フランツは、私の大好きな美しい金の瞳で目を細めながら、私のことをいつものように優しげに見つめてくれていた。
(でも、何かが違う。前のフランツの見つめ方とは何かが違う)
違うのは、フランツの優しい瞳の中に、今までには感じなかった一線を引かれているのを感じたことだ。フランツとの間に距離を感じるのだ。
それをナラノはすぐに感じ取ってしまった。
そのことがわかったとき、ナラノはなぜだか無性に悲しくなった。
(私の行動のせいで、ナラノとフランツの関係性は変わってしまったのだ)
でも、ナラノはそのことを理解したけど、敢えて気づかないフリをした。まだ、大好きなフランツとの関係が変わったのを理解したくなかったのだ。
――――そして、なぜなのか、フランツに『子ども』だと言われるのが、前よりも悲しくて、嫌でたまらなかった。
「っフランツィ! 私だってもう子どもじゃないんだよ!」
そのときのナラノはなぜか、どうしても私フランツに子ども扱いされたくなかった。
「っ、ナリィ、落ち着きなさい。」
フランツは、ナラノを落ち着けようとしていた。でも、ナラノが求めているのはそんなことじゃない。
ただ、大好きなフランツに『子ども扱い』をされたくないってこと。そして、フランツと両想いになりたくて、前よりもフランツと仲良くなりたかっただけなのだ。
なのに。どうして?
ナラノの思いとは裏腹に、フランツとの関係は距離があいてしまったままだ。
(こんなこと、望んでなかった。フランツに私のことを好きになって欲しくて。ただ、フランツの好きな人を聞きたかっただけなのに、どうして? ……どうして、前よりも関係が悪くなっちゃうの?)
「っいやだ! 私は子どもじゃないんだよ……!」
後から思えば、まるで『子ども』のように、ナラノはぐずって嫌がっているようにしか見えなかっただろう。
「はぁ…………仕方がないな、ナリィは。」
そう言って、フランツは呆れたような顔をした。でも、やっぱりフランツは優しい。
だから、フランツは手慣れた手つきで私を膝の上に乗せて、ナラノの頭を撫でながらいつものようになだめ始めた。
(フランツはかっこよくて、優しい。けど……けど、こんなのは、結局子ども扱いのままだ。それに、前よりもフランツとは遠くなってしまった。
こういうのを、私は望んでたんじゃない。)
きっと、結局その時のフランツにとって、「子どもじゃない」と言って駄々をこねるナラノは、10歳の子どもでしかなかったのだろう。
結局、ナラノが質問した、フランツの好きな人のことは答えてもらえなかった。けど、ナラノはもうフランツにそのことを聞かなかった。
(――きっとフランツは私に聞いてほしくなんだ……)
そのことを、ナラノはフランツの顔を見てわかってしまったから。
だから、その後も「フランツの好きな人」は気になってはいたけど、ナラノは聞けなかった。
だってそうすれば、もしかしたら今まで通りのフランツィとナリィの関係でいられるかもしれないから。ありえないとわかっていたけど、そんな僅かな希望にも縋りたかった。
そして。
フランツはその後から、もう私のことを「子どもだ」とは言わなくなった。けど、ナラノの心は悲しみに満たされた。
――――なぜなら、その日を最後に、フランツもナラノに家庭教師として会いに来ることはなくなったからだ。
あからさまに、フランツはナラノを避けるようになった。目に見えて、フランツに避けられるようになって、ナラノの心は悲しみで一杯になった。
――――ナラノとフランツの距離は、大きく離れてしまったのだ。
―――――
ナラノは予定通り10歳でペリクレス貴族学院に入学した。
ペリクレス貴族学院は、貴族の学校だけど学院にいる間は身分に関係なく接することが許される。
だから、基本的に学院では『様』ではなく、『さん』をつけて呼ぶように勧められる。
でも、仲が良ければ、呼び捨てや愛称で名前を呼び合うことが許されている。
そこでは、ナラノにも幼馴染以外の友達ができた。
でも、良い出会いばかりじゃなかった。ペリクレス貴族学院で出会った友達のマリアは、ナラノの心を傷つけることになる人物だった。
なぜなら。
――後に、ナラノの大好きなフランツの奥さんになってしまうのは、マリアだったからだ。
ナラノの人生において1番な親友である、幼馴染のメアリア=ペリクレスと過ごすことになる学園生活。
ペリクレス王国の王女であるメアリアとナラノはとても仲が良かった。
ペリクレス貴族学院に入学した後、フランツはもう私の家庭教師には来てくれなくなった。悲しかった。
けど、その寂しさは親友のメアリアといると楽しさで忘れられた。
家に帰った時、何気なくベネット公爵家の跡取りの兄ホワイトに聞いた話では、ロバーツ公爵家の跡取りとしてフランツは、お父様や兄の元には訪ねてきているみたいだった。あからさまに、ナラノだけを避けているようだった。
(……どうして、私にはもう会いに来てくれないの?)
でも、私もフランツと全く会えないわけじゃない。
ペリクレス貴族学院でなら、学校がある日は毎日ってくらいフランツに会える。
だって、フランツはペリクレス貴族学院で、魔法研究の教師だったからだ。
(教師のフランツ先生になら会えているから、寂しくなんてない。そう、寂しくなんてないんだから……)
ナラノは、ふと気を緩めたら凹みそうになってしまう気持ちを、自分で励ました。
フランツは優秀な成績でペリクレス貴族学院を卒業した後からずっと魔法研究の教師を続けている。まぁ、そもそも、家庭教師が副業というか、趣味のようなものとしてでも、続けてくれていたことが特別なことだったのだ。
フランツは、ロバーツ公爵の継嗣だ。
当たり前だと思っていた幸せであの大好きなフランツとの日々は、当たり前じゃなかったのだ。
(そうだ、同じ公爵家とはいえ、家庭教師のフランツとあんなに仲良くできたのが奇跡だったんだ。)
――ペリクレス貴族学院では、『婚約者でもない限り、教師と生徒の親密な関係になることを禁じられている』。
同じ学校にいたって、教師のフランツと、ただの生徒のナラノの距離は遠すぎた。
それに、最後の家庭教師をしてもらった日から、ペリクレス貴族学院でもナラノはフランツに避けられていた。
寂しくて、魔法研究の部屋にいるフランツに授業の質問に行ったことはあるが、その時のフランツは他の生徒にはわからない変化だけど、ナラノだけにわかるほどの変化で、とても嫌そうな顔をしていた。
それ以来、ただの学生のナラノは無闇にフランツに近づかないように気をつけていた。
――――フランツが好きなのは、魔法研究だ。
(それを知ってるナラノが、フランツが満足に魔法研究に打ち込めるペリクレス貴族学院での生活を邪魔しちゃだめなんだ。)
フランツはいずれは、ロバーツ公爵家を引き継がなければいけない。そうすれば、フランツの好きな魔法研究に打ち込むのは難しくなってしまう。
それに、ただの生徒のナラノが不用意に教師のフランツに近づいて、親密な関係だと誤解されたら、フランツは好きな魔法研究の教師でいられなくなる。
そう思って、ナラノはフランツから距離を置いた。気がつけば、ナラノは教師のフランツに片想いしたまま15歳になった。
――――ペリクレス貴族学院では、『15歳となった最終学年の6年生は、婚約者を連れて卒業パーティでダンスをする』ことになっている。
ナラノは、教師だけどフランツのことが好きだったから、できるならフランツと参加したいと思っていた。
まぁ、その前に告白をして、婚約者になれたら、っていうのが前提条件だったのだけれど。
――それでも、ようやくナラノはフランツに告白しようとした。
フランツに告白をしても振られてしまうかもしれない。いや、きっとフランツに避けられているナラノは、フランツに振られてしまうだろう。
うん。でも、それでもいい。それでも、あの日からナラノの中で燻り続けたままになっているフランツの初恋を伝えられるなら。そして、フランツに正々堂々と告白して、玉砕するのなら。それで、良いじゃないか。
――――でも。運命は上手くいかなかった。
そのとき、ナラノは友達のマリアから唐突に言われてしまったのだ。
「フランツから好きだから結婚してくれ、って言われたの。ナラノ、祝福してくれるわよね?」と。
――――予想外の言葉をかけられたのだ。
ナラノが戸惑う中、本当にフランツは同じ学生でナラノの友人のマリアとあっという間に婚約したのだ。
(ありえない……フランツがマリアと婚約……⁉︎)
――――現実は残酷だ。
卒業パーティでは幸せそうなマリアと、悔しいほど貴族の礼服が似合うフランツがダンスを踊っていた。フランツにエスコートされるマリアはとても幸せそうだった。
悔しいくらいに、2人はお似合いだった。
そして、そのまま、フランツはナラノに一言もなく結婚してしまったのだった。
(……悪夢だ。誰か、これが悪い夢だったと言ってほしい。)
ナラノは祝福しないといけないのに、フランツとマリアのことを喜べなかった。もはや、幸せそうに笑うマリアを見るのすら辛かったのだ。
そして、2人を祝福できず、そんなひどい考えばかり浮かんでくる自分が嫌になった。
(初恋の相手とだろうと、友達の結婚を祝福できないなんて、私は最悪だ……)
――――結局、フランツが友人のマリアと結婚してから、ナラノは後悔ばかりして、悲しい日々を送った。
――――そんなある日、運命が変わる出来事が起こった。
絶望にくれるナラノの元に、『神と名乗る怪しい男のが、チャンスだと言って、もう一度人生をやり直させてくれる』ことになったのだ。
そして、そんな怪しい提案でも、もう何もかもどうでもよかったナラノは、自称神様の提案にのったのだった。
そして、眠りから目覚めたナラノは、世界が変わっていることに気がついた。
(え、ここはどこ? 私の、部屋? カレンダーは…………っ‼︎
え、この日付って……っ ――――私が、ペリクレス貴族学院で6年生になる始業式の日じゃない〜〜っ!!)
ナラノは心の中で盛大に叫んだ。
――ナラノは過去に戻っていた。
(そうだ。もし、過去に戻れたのなら――)
フランツとマリアの結婚式の日から、ナラノはずっと後悔していた。
――――もしやり直せるなら、『私は、フランツに好きだと告白したい』
告白すらできなかったことを、ナラノはいつも後悔していた。
(そうだ。今度こそ、好きな人に好きだと言おう)
そうして、ナラノのやり直しの世界が始まったのだった。
――やり直しの世界で目覚めたナラノは、フランツとの恋をあきらめないーー