お前、ファイアボールしか使えないから最低ランクな!!
アタゥ、ハラー、ピトネを抜けて、俺たちは、ついに王都に辿り着いた。
王国の心臓。
そんな異名が付いている王都インクリウスは、大陸最大の中央都市である。
魔導技術を主体とした諸外国との通商、産業、統治……王都では、そのどれもが、華々しい成功を収めている。
中でも、王都内にあるインクリウス魔術学院は、名門として名高い。
整備された街中には、魔導技術を用いた電灯が敷設されており、魔術師が大手を振って歩いている。小型化された魔導車は、都内を一周しており、王都内の移動手段として用いられているようだ。
俺たちは、魔導車に乗って、インクリウス魔術学院に向かった。
魔導車は、馬車と比べて小回りは利かないが、規定の道をなぞるのはずっと速い。あっという間に、学院前に辿り着く。
インクリウス魔術学院は、華々しい大門を構えていた。
門の両脇には、守護像がいて、嘴を突き出して威嚇してくる。
立派な純白の校舎には、幾重にも魔術防壁がかけられているようだった。庭園には、バラの花が咲き誇り、中央の噴水には女神の彫像が立てられている。演習場からは、呪文を唱える声が聞こえてきていた。
「ファイ、この学院に入学する前に頼んでおきたいことがある」
「はい、なんなりと」
「学院内では……というか、今から、俺のことを他人扱いしてくれ。敬語はなしだ」
「と、言いますと?」
俺は、転生器からの忠告を思い出して口にする。
「なんだかよくわからんが、王都内で、俺が力を誇示するのはマズイらしい。特に火球は、絶対に、力を籠めて撃つなと言われている。ファイとも他人のフリをして、目立つようなことはするなとのことだ。
力を見せれば、確実に、学院には居られなくなると言ってたな……だから、お互い、バラけて悪目立ちすることは避けたい。よくわからんが」
「承知いたしました」
「うん、よろしく。
では、別々に、入学手続きを踏もうか。入学金は、コレで払ってくれ」
小分けした金袋を渡して、ファイと分かれる。
門の隣にある詰め所に行って、俺は、守衛に声をかけた。
「この学院に入学したいんだが」
「あぁ、はい、事前に申請書を送付して頂いていましたか?」
俺が首を振ると、男は、机上にあった黒石を手にする。
湾曲しているソレを耳と口元に当てた。
「今、門に入学希望者が来ているんですが、本日の受験枠数って余ってますか……はい、はい……あぁ、入学金は……」
俺は、頷く。
「もってます……えぇ……はい、わかりました……では、失礼します。
通って、大丈夫です。奥の大広間までどうぞ」
「ありがとう。
金を払うのは、ココで良いのか?」
「あぁ、はい、自分の方で処理するので支払いはコ――」
どさっと、金袋を置くと、彼はぎょっと目を剥いた。
「すまないが、金勘定はよくわからなくてな。好きなだけとってくれ。別に要らんから」
「…………」
金袋を覗き込んだ彼は、手のひらいっぱいに金貨を受けてから笑顔になる。
「どうぞどうぞぉ! 大広間まで、ご案内しまぁす!」
「おう、ありがとう」
俺は、彼の後に従い、大扉を開いて学院内に入る。
内部は、幾つかの講堂に分かれているようで、学生たちが座学を受けている最中だった。魔術教師が、教本を浮かせて、あくびをこらえながら教壇に立っている。学院生たちは、実践を学びたいのか浮かない顔だった。
俺は、案内に従って、大広間に通される。
大広間には、的が用意されていて、小さな教師が立っていた。
くしゃくしゃ髪の女性教師は、ちょいちょいと指で俺を招いた。
「こんにちは、私、マリーね。
時間がもったいないから、早速、入学審査を始めるけど……まぁ、金さえ払えば、どんな無能でも入れるから安心して。
ただ、この入学審査で、EからSでランク付けはさせてもらう。ランクによって、卒業後の進路や学院内での処遇が変わるから、なるだけ頑張るようにしてね」
「うん、わかった」
「よろしい。んじゃあ、まずは、質問。
君の使える魔術は、何種類? 3? 5? 7くらいは使えたりする? 君は、貴族に視えないし、さすがに10はないと思うけど」
「1だな」
「……は?」
浮かせた羽ペンで、筆記していた彼女は、急に顔を上げる。
「ごめん、なんて?」
「1だな」
冗談だと思ったのか、にこやかな笑顔を浮かべていたが……徐々に、マリーの顔は、引き攣っていった。
「お、オーケーオーケー、全然、問題ないよ。一分野を突き詰めるのも手だしね。今の時代、1種類っていうのは珍しいけど、一種類だけでも中級魔術が使えれば、学院に通っているうちに直ぐに身に付くと思うから」
「俺は、火球しか使えないぞ」
「……ん?」
またしても、マリーは、急激に顔を上げた。
「ごめんね、もう一度?」
「俺は、火球しか使えない」
彼女は、大きく息を吐いてから、ゆっくりとその場を回った。両手で顔を拭ってから、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……どうやって、入学金を払ったの?」
「魔物を倒して」
「あぁ、君、剣術畑の人間か……たまに、そういう人もいるけど、初級魔術しか使えない子は初めてだなぁ……うーん、悪いこと言わないから、そっち関係の学院に入った方が良いと思うけど……一応、ココって、ある程度、魔術の基礎を身に着けた人たちが入るところだから……」
「俺は、剣術なんて使えないぞ」
「えっ」
マリーは、愕然と、立ち尽くす。
「いや、じゃあ、どうやって魔物を倒したの?」
「火球で」
彼女は、静かにしゃがみ込んで頭を抱える。
「あのね、矛盾してるのよ。火球で、魔物を倒せる程の人間なら、最低でも3種類の魔術を習得してる筈なの。だって、割に合わないから。初級魔術を100年修行するよりも、5年費やして、中級魔術を習得した方がずーっと効率が良いから。
だから、君は、嘘をついてる」
「いや、1垓回、火球を撃っただけなんだ」
「オーケー、わかったわかった。じゃあ、そのお得意の火球を見せてもらおっかな。
あそこの的に向かって、全力で撃ってくれる?」
「全力で撃ったら、世界が滅びるが?」
ため息を吐いた彼女は、用紙になにやら書き込んで判を押した。
「はい、君、E査定。入学してから、頑張ってね」
『E』とデカデカと書かれた用紙を受け取って、俺は肩を落とした。
「やはり、最低ランクか……火球しか使えないし、修行不足だからな……」
「だーいじょうぶだいじょうぶ、Eランクで入学すれば、基礎の基礎から教えてあげられるから。たま~に、そういう子もいるいる。学院で学べば、他の魔術も直ぐに唱えられるようになるよ」
「ありがとう、頑張るよ」
「うんうん、君は素直だから、きっと伸びるよ。1垓回、火球を撃ったくらいなんだから頑張って勉強してね」
落ち込みながらも、真摯に結果を受け止める。
こうして、俺は、インクリウス魔術学院への入学を果たした。