凱歌の疑惑
今、正に、戦っていた魔術師は、急に顔を上げて焦燥を刻む。
「うむ、定刻通り。私を超える格上が参上するか。ココで、死ねば、あの御方の計画に支障が出る。想像以上、アイシクル家のご令嬢はやる。粘られた私の敗けか」
四辺霞の魔法陣を展開したフロンは、金色の魔術衣を着た魔術師へと狙いを定めて――銀槍を投擲した。
「定刻通り」
当然のように、魔術師は、黒色の手で銀槍を掴まえる。
ビィンッ――と音が鳴って、しなった銀槍が伸び切り、徐々に銀は腐食していってボロボロに砕け落ちた。
「では、コレにて失礼する。申し訳無いが、お土産の銀槍は腐らせてしまった。またの再見を期待しよう」
魔術師は、静かに、赤色の海へと沈んでいって――赤渇海は、幻のように掻き消えた。
「なんだったの、あの男……私の攻撃が、一切、通じなかった……」
気配が消えて、フロンは、戦闘態勢を解く。
「無事?」
「うわっ!?」
唐突に、窓から飛び込んできたファイに、フロンは思わず飛び退る。
「苦戦してたみたいね。補助に来たつもりだったけど、敵にはもう逃げられた後ってことかしら」
「ま、まぁね……今回は、貴女に助けられることもなく撃退できた」
「今回は?」
誤魔化しているつもりなのか、ファイ……いや、炎唱は、小首を傾げる。
フロンは、己だけが知っている秘密に笑みを浮かべ――本来の目的を思い出して、一気に、駆け出した。
そして、急ブレーキをかける。
「ねぇ!? ラウ、視なかった!?」
「視てない」
「わかった、ありがとう!!」
フロンは、加速して、校舎の中を駆け抜けていった。
リエナは、愕然と立ち尽くしているクラウスを見つめる。
「おいおい、嘘だろ……ベツヘレムの星は、校長ですら、封印するしかなかった化け物だってのに……誰が、討伐したんだよ、こんなもん……」
床に落ちている八つの目玉、そっと、リエナが触れると灰になって掻き消える。
「……粘ついている」
鼻を利かせると、ほんのりと、焦げた臭いがした。
「……火」
ぼそりと、リエナはつぶやく。
「……炎唱?」
立ち上がって、リエナは、廊下を振り返った。
そこには、なんの痕跡もない。あたかも、幻が現れて、ベツヘレムの星を消し飛ばしたかのように。
「炎唱って……秘術指定の……?」
「先日、フロン・ユアート・アイシクルの誘拐未遂事件の際にも、現場には火の魔術を用いた痕跡が残されていました」
なぜか。
そう、なぜか、リエナは、先日の授業中に起きた爆発騒ぎを思い出していた。
――火球なら……俺だろ
「まさか、ね……」
リエナのささやきは、空気中に溶け落ちる。
遠くから、勝利に酔った学生たちの歓喜の声が、聞こえてきていた。
この話にて、第二章終了及び第一部、終了となります。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
書き溜めがこの話で終了となるため、ココで一旦完結となります。
申し訳ございませんが、第二部開始はいつになるかわかりません……再開時は、恐らく、活動報告で周知させて頂きます。
ご愛読、ありがとうございました。




