黄金の魔女
学院内の庭園――赤渇海から、ゆっくりと、銅色の魔術衣を纏った三人の魔術師が浮かび上がる。
「予定通りだな」
落ち着いた声の男が、ぼそりとつぶやく。
「あの御方の計画からは、多少、ズレちゃったけどもぉ……まぁ、しょうがないわよね~!!」
高ぶっている声の女が、短剣を回しながら笑う。
「ギャハハハハ!! おい!! もう、来やがったぜっ!?」
脳天に剣が突き刺さっている男が、大笑いしながら指を指した。
ゆっくりと、こちらに向かってくる人影。
焦げ茶の魔術衣、宙空に浮いている五本の杖を引き連れて、ツバの広い三角帽をかぶってやって来る。
その気配は、異様だった。
ニコリともしない彼女は、あたかも、散歩に向かうかのような気楽さで歩いてくる。まるで、三人の魔術師が視界に入っていないかのように。正道を歩き続ける常識人みたいに、己の信条を盲信して歩いてくる。
「アレが、リエナ・ナシアロム……」
「ただのガキじゃ~ん? 本当に、処刑対象一桁なのコイツ~?」
「ギャハハハハ!! ブチ犯してから、殺してぇ~!!」
途中で、立ち止まったリエナ・ナシアロムは、肩のホコリを落としてから向かってくる。近づけば近づく程に、ただの少女のようにしか視えなかった。
「今から、貴方たちを殺しますが、聞いておきます」
リエナは、真顔で、問うてくる。
「銀の星団、魔術師、ドミナ・オプティマを知っているか?」
底冷えするような視線……常人であれば、覗き込むのも厭うような眼に対して、三人の魔術師は談笑で答える。
「ギャハハハハ!! コロスってよぉ!? オレらのこと、コロスってよぉ、コイツぅ!? こわくねぇ~!? ギャハハハハ!! コロされるぅ~!?」
「おい、ソイツを黙らせろ。剣が刺さってる角度が悪いんだろ」
「あたし、知らないわよ~! 今日のお世話係、あんたでしょぉ~?」
「薔薇十字団の雑魚が、知るわけもないか……程度が知れますね。深淵を歩いて、雑に侵入してきただけはある」
ぴくりと、三人は反応を示した。
「俺たちは、小達人だ。
意味はわかるな?」
「雑魚……って、意味でしょう?」
不敵に笑んだリエナに対して、得物を構えたふたりに対して、リーダー格の男が手を出して制する。
「魔眼を出せ、リエナ・ナシアロム。
待ってやる」
男の提案に、ふたりは、気色ばむ。
「例の眼かぁ……良いなぁ、あたしも視てみたい」
「ギャハハハハ!! 噂の黄金審判の魔眼か!! 良いねぇ、滾るねぇ!!」
「過大評価ですね」
男は、口端を曲げて笑う。
「いや、過大評価ではない。
お前のもつ魔眼の噂は、我々の間でも有名で――」
「違う」
リエナは、嘲笑う。
「貴方たちが、自身を過大評価している」
嘲笑を消した彼女は、五本の杖を浮かべたまま、無表情でつぶやく。
「貴方たち如きに、魔眼を使うわけがないでしょう?」
「……殺るぞ」
男たちは、周囲に魔法陣を張る。
四辺霞、五芒星、六血囲……各々が、異なる魔法陣を展開し、魔力を練り上げながらリエナに狙いを定める。
「折角、学院にお越しになったのだから、実践授業で教えてあげましょう」
リエナの背後で、五本の杖が回転しながら広がって――杖先から、別の杖先へと、蒼光が放たれ繋がれて、五芒星が描かれる。
パパパパチン!
小指から順に、親指で四本の指を弾いて――リエナは、放った。
「身の程ってヤツを」
ドッ――五芒星の中心から放たれた極大の光線が、三人の全身を包み込む。展開から発動まで、1秒もかかっていない早業。防御魔術の展開すらも叶わずに、三人組は消し炭にされて、足首だけを残して失せた。
「足首が残った……火力不足、か」
「おいおい、マジかよ」
口笛を吹いて、クラウス・マクドネルが現れる。
「やべーヤツが来たから、増援に来たのにもう終わってたよ。
なんで、あのレベルの魔術師を瞬殺できんの? 三人も、相手にしてなかったか?」
「クラウス先生……貴方は、深淵生物専門でしょう? 魔術師相手には、無能も良いところなんだから、でしゃばって来なくても」
「リエナ先生は、いつも、中年男性に手厳しいねぇ」
「貴方にだけですが。
この不始末、どう責任をとるつもりですか? 赤渇海から出現した下位の深淵生物は、先生方と緋色の学徒が中心になって処理していますが……学院内に、銀の星が紛れ込んでいる」
「自分で言ってるじゃん。銀の星が関与してるんだから、俺の罪も情状酌量の余地があるってもんじゃないの?」
「生徒が死んだら、どうなさるおつもりで?」
「そんなやわな育てた方をしたつもりはないねぇ。一年にも優秀なヤツらがいるし、二、三年は、下位くらいは自分で処理できるよ。こういう場合を想定して、魔窟を探索させて来たんだから」
リエナは、ため息を吐いて、五本の杖を懐に仕舞う。
「私は、主犯を叩きます。恐らく、ベツヘレムの星と共にいる」
「たぶん、内部犯だよ」
「でしょうね。恐らく、生徒のフリをして潜伏していた。目星はついているので、彼女のことを殺します。
寄生先が死ねば、赤渇海は消える」
「じゃあ、その前に、俺がベツヘレムの星を封印し直して、不始末の責任をとっちゃおうかなぁ」
「お好きにどうぞ。私の方が速いので」
頭を掻いて、クラウスは口を開く。
「あのさぁ、リエナちゃん、仮にも元生徒の命なんだから、もうちょっと大切に扱っ――」
「価値なんてない」
学舎に向かって、歩き出したリエナは言った。
「銀の星に関わった人間に……価値なんてない」
クラウスの言葉を振りほどくように、リエナは、ただ歩き続けた。




