粒子状ファイアボール
俺が暮らしていた麓の村は、ガルハ大森林の中心にあった。
かつては、魔物が出現しない平和な地だったが、今では王国に危険地域の指定を受けているくらいの危険地帯である。当然ながら、数分歩くだけでも、魔物やら野盗やらが襲いかかってくるのだが。
「少々、お待ち下さい」
会敵するなり、身を沈めたファイは、四足獣を思わせる動きで駆ける。
残影――少女の両の目、淡色の光が二条、宙空にたなびく。
次の瞬間には、焼ききれた魔物の死体が、落命して地面に落ちている。血しぶきひとつ浴びていない彼女は、涼しい顔で長髪を掻き上げた。
「いちいち、相手にしなくていいぞ。村から相当離れているし、駆除する必要性は特にないからな」
「も、申し訳ありません、出過ぎた真似をしました」
跪いて、ファイは頭を垂れる。基が俺の魔術であるせいか、良いと言っているのに、堅苦しさが抜ける気配はなかった。
夜中になって、野宿の用意をする。
「では、褥の準備を」
いそいそと、準備を始めたファイを余所目に、俺は地面に横になる。衣擦れの音が聞こえてきたので、振り向かずに伝える。
「ファイ、要らん。
火球を撃つのに必要ないから、陰道に通じる門には錠をかけてある。魔術を極めるまでは、閉じておくつもりだ」
「では、添い寝でも」
「また今度な」
「承知いたしました。必要になれば、お声がけください」
ひらりと、跳躍したファイは、樹上に両足でぶら下がる。逆さまになった彼女は、微笑を浮かべてから、葉の陰へと消えていった。
次の日。
ファイの道案内に従って、俺たちは、ガルハ大森林を抜ける。
目の前に広がるラウシュ大街道は、見慣れない鉄の箱が走っていた。積み荷を積んで列を為して走る箱たちは、荷を積んでいるので隊商なのだろうと予測はつく。だが、馬もなしに、走っている理由がわからなかった。
「魔導技術ですね」
「なんだ、それは」
「ラウ様が転生を繰り返している間、大陸の人間たちは戦争を繰り返して疲弊し、戦争内で生み出された発明を技術転換することも出来ずに停滞していたのですが……100年ほど前の魔術革命で、魔導技術と呼ばれる技術が生まれました」
ファイの説明によれば、魔力を流すことで、誰もが簡単に魔術を発動出来るようにする技術を魔導技術と呼ぶらしい。
魔術は生まれ持った素養とかけた時間によって、生じる効果は千差万別で、ある意味で安定性がない。誰もがもっている魔力を流せば、そこらの一般人でも、同様の効果を得られる魔導技術は確かに一大革命と呼べた。
「つまり、あの箱は、魔術の一種か」
「はい。魔導車と言います。
馬を使わないので、御者も要らず、魔力を通しやすい堅牢な金属で出来ているので、護衛さえも必要としません」
「たまに、俺も、火球に術式付与をして、物を運ばせたりしていたが……そういう類の技術か。
なるほどな」
「………………はい」
俺は、ファイが、地面に書き込んだ地図を見つめる。
ラウシュ大街道に出て、幾つかの街を経由すれば、王都に辿り着くようだ。木の枝を使って、ファイは、街道に沿って3つの円を書き込む。
「大街道に沿って、アタゥ、ハラー、ピトネ、この3つの街を抜ければラウシュ王国です。目的のインクリウス魔術学院は、この王国内にあります」
「うん、たまには、歩いて旅をするのも良いものだな。せっかくの旅なのに、走って、景色を見逃したらもったいない」
「ラウ様の仰られる通りですが、徒歩での旅には問題が……例えば」
ファイの睨んだ先、茂みから、五人組の男たちが現れた。
無骨なブロードソードを持ち、俺たちを取り囲んだ彼らは、ニタニタと笑いながら切っ先をこちらに突きつける。
「金と女だ。こっちに寄越せ。そうすりゃあ、お前の寿命も少しは伸びる」
「ファイ、街に着いたら、お前の服を買おうか。その一着だけでは、歩き旅には適さないだろ」
「いえ、そんな、服を買って頂くなど……滅相もありません……」
「いや、遠慮するな。俺の気ままな旅に付き合ってくれている礼だよ。火球で、魔物を駆除するだけで、なぜか金が送られてくるから余っ――」
「おい、てめぇら!! なに、無視してやがるんだ!? 本当に殺すぞ!?」
俺の首筋に、冷たい刃が当てられる。
片手でファイを制止していた俺は、地面に描かれた地図を見つめたままささやいた。
「お前たち、火球は好きか?」
「はぁ? 火球? 初級魔術か? そんなもん、ガキが使う魔術じゃねぇか」
リーダー格らしい男は、楽しそうに笑い声を上げてから、俺の頬を剣の腹で叩き――
「大嫌いに決まっ」
内部から、爆発した。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
凄まじい勢いで爆裂し、消え失せた男を視て、盗賊たちは悲鳴を上げて仰け反る。男のいた場所には、足の形をした焦げ跡が残り、ぷすぷすと残煙が立ち上っていた。
「な、なんだ!? なにが起きた!? お、おい!? なんだよ、今の!? どこから攻撃された!?
上級魔術か!?」
「今のは、上級魔術じゃない」
ゆっくりと、俺は立ち上がる。
「火球だ」
「嘘、吐くんじゃねぇええ!! たかが火球で、人間が内部から爆発するわけねぇだろうがっ!!」
「火球を不可視の粒子にした」
俺は、手の内に生み出した火球を大きくしたり小さくしたり、見せつけるように大小を変更させる。
「お前たちは、もう、粒子状の火球を大量に吸い込んでいる。鼻から口から耳から……ありとあらゆる穴から、極小の火球が侵入し、血管を通して全身に運ばれ配置されている」
男たちは、両手で手と口を覆ったり、耳を押さえたりする。
「もう一度、聞く」
俺は、真剣な表情で尋ねる。
「火球は……好きか?」
「「「「大好きですっ!!」」」」
「愛してるのかァ!?」
「「「「愛してまぁす!!」」」」
「良し、なら、失せろ。
盗賊業は、今日で廃止しろ。お前たちが、なにか仕出かせば、体内に仕込んだ火球が急激に膨れ上がって破裂するからな。善行をひとつ積む度に、体内の火球を千個消してやる」
「あの一瞬で、人の身体に、何個の火球を仕込んだんですかっ!?」
「良いから、消えろ。
さっき爆発した男みたいに、人殺しでもしてみろ。容赦なく殺すからな」
盗賊たちは、剣を放り捨て、尻を押さえながら走り去っていった。
俺は、ため息を吐いて、ファイの方に振り返る。
「確かに、徒歩の旅には問題があるな」
ファイは、苦笑して頷いた。