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黒粘獣《イヴォルータ》

「おいおい、マジかよ」


 腐臭のする黒色の肉袋。


 かろうじて、耳らしきものが確認できる異形の化け物が、クラウス教員の展開した魔法円盾ペンタクルにむしゃぶりついていた。


「いつの間に、封印が解けちゃったのよ。どこのどいつだぁ、勝手に封印獣を解き放ちやがったの。

 あの隠し扉を開ける人間なんて、いるとは思わないが……三層のベツヘレムの星まで、盗まれてたら大事だぞ」

黒粘獣イヴォルータ……ちょっと、洒落にならないわね……学院の地下に潜んでて良いレベルの異形じゃない……。

 ラウ、私の前に出ないで」


 フロンとファイは、俺の前に立って、静かに趨勢を見守っていた。


「先生!!」


 加勢のつもりだったのか、一部の生徒たちは、手のひらを構える。


「あ、おい、バカ!」


 魔力が充填され――一気に、解き放たれる。


 火、水、風、土……四大元素の初級魔術ファーストが、雨あられと降り注いだ。パニックを起こした生徒が、なりふり構わず、目の前の化け物を葬り去ろうと叫声を上げる。


 幾重にも、爆発が折り重なって、周囲に煙が充満する。


 クラウス教員の姿ごと、黒色の化け物の姿は、見えなくなっていた。


「ふむ、まずいな。もう、根源的恐怖カオスに操られている」

「言ってる場合か、ライン! とっとと、他の先生を呼んでこよう!!」


 どう考えても、彼らの攻撃は、クラウス教員を巻き込んでいた。よくよく視てみれば、黒色の肉袋……黒粘獣イヴォルータは、すすのような煙を発している。


 魔術を発動している生徒たちは、目や口や鼻の隙間から、その煤のような煙を景気よく吸い込んでいた。


根源的恐怖カオス灰燼かいじん……!!」


 バッと、フロンは、俺の鼻と口を手で塞いだ。


「ラウ、目、閉じてっ!! ハンカチ、持ってる!? 自分で、鼻と口を押さえて、目を閉じたまま座ってて!! 動いちゃダメよ、良い!?」

「おい、主席(Sランク)


 乱暴に殴りつけて、操られている生徒たちを、気絶させていたゼンは高らかに笑う。


「手伝え。ココからが、おもしれーところだ」


 煙が晴れて――数メートル大に膨れ上がった黒粘獣イヴォルータが、空気の抜ける袋のように、しゅぽっ、しゅぽっと、大量の黒煙を吐きながら四足で立っていた。


「ライン、あの肉袋、大きくなってる!! 大きくなってるし、上に続く扉が開かない!! 魔術で吹き飛ばすしかないよ!?」

「退いてろ、グール! フハハ!! オレ様の活躍に刮目せよ!!」


 ポケットに手を突っ込んで、事態を見守っていた俺は、イロナの姿が消えていることに気がついた。


「ラウ君」


 いつの間にか、俺の傍にいたファイが、そっとささやく。


「魔術を使うのはダメよ。たぶん、それが狙いだから」

「アレ、倒したらマズイのか?」

「えぇ。あのヒゲ面の教師が、封印獣と言っていたし、なんらかの理由で封じられた異形でしょう?

 わざわざ、学院の地下に封じておいたような異形なんだから、なんらかの重要な役割がある筈だけど……どちらにせよ、貴方の力を見せたらダメ」

「まぁ、退学したくないしなぁ」


 成り行きを見守っている俺の前で、自分の周囲、四辺にかすみを呼び出したフロンが空中に銀槍を生み出したのを見つめる。


「アグロシア家のアホ!! 合わせろッ!!」

「てめーが合わせろ、クソがッ!!」


 その銀槍は、凄まじい勢いで、黒粘獣イヴォルータへと突っ込んでいき――空中で、キャッチしたゼンが、そのまま脳天に叩き込む。


 雑音ノイズとしか思えない金切り声が鳴って、黒粘獣イヴォルータから、勢い良く黒煙が吐き出される。先程、魔術で攻撃された時には膨れ上がった獣は、今度は、一気に萎んでいった。


「アグロシアのアホ!! 肺に吸い込むなッ!!」

「あぁ!? 誰に物言ってんだ、クソ女がッ!! テメー!! 人の成り視てから、もの言えやゴミがッ!!」


 ゼンの背後から、突風が吹いて、彼に纏わりつこうとしていた煙が吹き飛ばされる。氷気を帯びた二本目の銀槍を作り出したフロンは、制服の襟元を引っ張り上げて、鼻と口を覆いながら笑う。


「いける……!」

「あ、マズイな」

「ら、ラウ様……!」


 俺は、かけりを発動して、一瞬でフロンの前に移動する。


「えっ……?」

「フロン、目を閉じてろ」


 胎息たいそく――自閉的な呼吸、気を凝結させて、俺は手のひらを上に構え――拳を撃った。


 凄まじい勢いで、突進してきた黒粘獣イヴォルータに直撃し、俺の前で四方八方に弾け飛ぶ。殺すとマズイらしいので、千切れ飛んだ黒い肉袋を回収してから、適当にこねくり回して命を創り上げる。


 瞬間、刺すような殺気を感じた。


 俺は、気配を殺してから、元の位置にまで戻った。代わりに、瞬時に移動したファイが、俺の身代わりとしてフロンの前に立つ。


 殺気の正体が、天井から降ってきて――落雷の如き、破裂音。


 一本の杖が、空気を切り裂いて、垂直に床へと突き刺さった。


「間違いなく、給料が減るわ……王帰の魔剣アイオーン・グラディオが敗けたお陰で、校長と主要教師が、王に呼び出し喰らってて不在なのが不幸中の幸い……はぁ、ったく……なんで、中年になると、幸福な出来事が減るのかね……」


 機会を窺っていたらしいクラウス教員は、亀裂の中心にある杖を引っこ抜き、黒粘獣イヴォルータの核らしき心臓を拾い上げる。


「ギリギリで、死んではないか。番犬の役目は果たせそーね。どうにか、職を失わずに済んだわ。

 にしても、コレは、打ち上げないとマズイ案件か」


 彼は、面倒くさそうに、ため息を吐く。


「深淵生物は魔術師の天敵で、魔術が効かないどころか吸収するって、先に教えとけば良かったか……主席ふたりと、イカツい金髪、お手柄。効果のある銀武器を生み出して、連携で攻撃したのは良いし、なにより打撃で黒粘獣イヴォルータを消し飛ばしたのはヤバい」

「テメー、途中から、わざと放置して様子を視てやがったな?」

「だから、俺、実践派だって言ったじゃない。こういう予想外の状況下でも、利用出来るもんは利用しないと」


 言い争っているゼンとクラウス教員を横目に、フロンは、深刻な顔でぶつぶつとささやいている。


「あれ……ラウじゃなくて、ファイ……てことは、やっぱり、炎唱は……あっ!

 というか、ラウ! 大丈夫!?」

「おう、お陰様で」

「よかったぁ」


 へにゃりと、フロンは、安堵の笑みを浮かべる。


 バタバタと音がして、グールとラインが、戻ってくるのが視えた。


「無事かい、ラウ!? マリー先生、連れてきたよ!!」

「フハハ! 最終的には、扉は消し飛ばせなかったが、よくわからんうちに開いたので、おれの手柄とする!!」

「ぐぉらぁ!! クラウスゥ!! てめぇ!! まぁた、やらかしやがったのかぁ!!」

黒粘獣イヴォルータより、ヤバいのが来た!! おじさんは、逃げる!!」


 そんな騒ぎの中で、俺の視線は、ただひとりに注がれている。


 素知らぬ顔で、魔窟ダンジョンに潜り込み戻ってきていたイロナは、俺の視線から逃れるように階段を登っていった。

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