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対深淵学

 本日の最終授業、『対深淵学』。


 集合場所は、学舎の地下だった。


 インクリウス魔術学院の地下へ行くには、魔術で施錠された大扉を開ける必要がある。その鍵をもっているのは、学院の教師だけであり、許可を得た生徒しか地下に行くことは出来ない。


「はい、つーわけで、ガキどもの引率を担当する『クラウス・マクドネル』だ。気軽に、『学院一格好良い先生』と呼びなさい」


 無精髭を生やして、死んだ目をしている男性教師……『対深淵学』を受け持つクラウス・マクドネル教員は、面倒くさそうにそう言った。


 クラウス教員の前には、幾重にも鎖が巻きつけられた大扉があった。


 彼は、その扉の表面を叩きながらつぶやく。


「この先には、なにがあると思う?」


 静まり返る生徒たちの前で、クラウス教員は口端を曲げる。


魔窟ダンジョンだ」


 一斉に、生徒たちがざわついた。


 一部の生徒……特に貴族組は、最初から知っていたのか、素知らぬ顔で突っ立っている。学院の地下に魔窟ダンジョンがあるなんて、正気だとは思えないが、なんらかの仕掛けがあるのだろう。


「ご存知の通り、魔窟ダンジョンってのは、深淵を利用して作られた構造物のことを指す。古来の魔術師ってのは、自分の力を誇示するために、色々と頭が悪いこともしてたわけだが……その極地のひとつが、コレだ」


 再度、コンコンと、クラウス教員は扉をノックした。


「では、深淵とはなにか?

 えぇと……ファイとか言う主席」

「知りません」

「おい、マジかよ、授業の初回で嫌われる年齢になっちゃったのか俺は。もうちょっと、見た目(ヴィジュアル)磨いとけば良かったわ。おじさんってのは、業の深い生き物だな、おい」


 ファイは、興味なさそうにそっぽを向いている。


 気にした風もなく、疲れた顔のクラウス教員は、フロンを指した。


「なら、もうひとりの主席」

「魔物、幻獣、異形……過去に、地上に存在していた生物たちが、暮らしている世界のことを指します。特に魔物は人間と折り合いが悪く、約三千年前、魔術師たちによる極地封印が行われて、幻獣や異形と一緒に深淵と呼ばれる世界へと飛ばされました」

「おっしゃる通り。人間の醜さ、丸出しの話だな。ムカつくヤツがいたから、別世界を創って、そこに飛ばしちまおうって発想がイかれてる。

 まぁ、魔術師なんてのは、往々にしてそんなもんだ」


 そう言えば、ある時期から、ガルハ大森林にいた魔物やらの数が激減したな……いつの間にか、封印されてたのかアイツら。可哀想。


「で、その封印ってのは、不完全だったんだな。極地封印を主導した魔術師は、揃いも揃って天才だったが、完璧じゃあなかった。

 結果として、封印は不完全で、この世界と深淵が繋がることが多々ある。だが、ある程度、その繋がる条件ってのはわかるようになっていて、力のある魔術師は擬似的な深淵を創り出すことすら可能になってる」


 クラウス教員は、ゆっくりと、大扉を押し開ける。


「そのひとつが、コイツだ」


 崩れかけている石造りの階段……底の視えない闇から、冷気が、広間にまで上がってくる。何人かの生徒が、後退りをして、恐怖を表していた。


「それで、なんで、学院の地下に魔窟ダンジョンなんてあるんですかぁ~?」


 イロナの問いに、クラウス教員は、つまらなそうに答える。


「校長の趣味だ」

「……は?」

「何百年前かに、校長が趣味で創った。以来、ココにある」

「いや、何百年前って……校長さん、何歳?」

「いやぁ、わかんないねぇ。とりあえず、暫く、死にそうにないんだわ」

「…………」


 校長とか言うヤツ、仙人か? 師匠と知り合いでもおかしくないが、何百年も生きてるということは、俺なんぞより修行期間が長そうだな……転生器を使うようになってから、寿命を伸ばすのはやめたからなぁ。


「俺の『対深淵学』は、この魔窟ダンジョンをフル活用する。

 深淵ってのは、触れてなんぼのモノだからな。現世と深淵が繋がるタイミングってのは、誰も予想がつかないこともあって、いざという時にどう対応するか、実践で学んでおくべきだと思ってるからな」

「えっ、てことは?」


 クラウス教員は、頷く。


「今から、君たちには、この素敵な魔窟ダンジョンに潜ってもらう」

「いやいやいや!! いやいやのいやいや!!」


 黙っていたグールが、急に大声を上げた。


「死ぬでしょ!? アホですか!? 深淵生物って、やべーヤツばっかりなんでしょ!? 学費を搾り取ってる学生を地獄に突っ込むつもりですか!? ヒゲ、剃ってくださいよ!! 似合ってないんだよ、きしょいなぁ!!」

「君、途中から、俺の悪口言ってなかった? 気の所為せいか? ちなみに、このヒゲは、相手に不快感を与えるのが目的だから剃らない」

「貴様、本気で、魔窟ダンジョンに生徒を潜らせるつもりとは……正気か……死人が、大量に出るぞ」

「だいじょぶだいじょぶ。

 ちゃんと、法則ルールを設けるから」


 クラウス教員は、淀んだ目で、三本の指を立てる。


「ひとつ、魔窟ダンジョンに潜る時には、必ず五人組パーティーを組むこと。

 ふたつ、魔窟ダンジョンに潜る時には、必ず教師か上級生の許可を得ること。

 みっつ、魔窟ダンジョンに潜る時には、必ず帰還魔術に従うこと。

 このみっつに従えば、絶対に死人は出ない。手足の数本は、持ってかれるかもしれんが、治るから大丈夫だ」

「おい、質問だ、ヒゲ面」


 ゼンは、笑いながら言う。


「必ず教師か上級生の許可を得ることって言ったが、授業外でも魔窟ダンジョンに潜っても問題はねーってことか? 対深淵学は、テメーが主導するんだから、自動的に許可は得られるだろうしな」

「ご推察の通り、勝手に潜っていい。ちなみに、魔窟ダンジョンで手に入れた物は、好きに持って帰ってきても良いぞ。

 魔窟ダンジョンってのは、魔術師が権威を示したり人間を釣るために、高価な宝物がバカみたいにたくさん眠ってるからねぇ。過去の生徒の中には、この魔窟ダンジョンに潜って、大金持ちになったヤツもいる」


 生徒たちが、わかりやすく色めき立つ。金銀財宝と言う釣り餌に、ものの見事に釣られて、深淵の危険性を忘れてしまったようだった。


「俺も質問していいか?」


 俺が手を挙げると、クラウス教員は頷いた。


「帰還魔術とはなんだ?」

魔窟ダンジョン内に、張り巡らされている魔術のこと。簡単に言えば、魔窟ダンジョン内にいる人間が、危機的状況に陥った時、自動的にこの広間にまで強制的に戻されるようになってる。

 ただ、本気で抵抗すれば、その場に残ることも出来るんだな、コレが。欲にまみれて、死なれたら、掃除が大変だからやめろってのがみっつ目の法則ルールね」

「わかった、法則ルールに従う」

「はい、サンキュー」


 ぱんぱんと、手を叩いて、首を鳴らしたクラウス教員は叫ぶ。


 と同時に、俺は、気配を察知した。


「んじゃあ、本日は、授業の初日ということもあり、全員で魔窟ダンジョン内を視て回ることにし――」

「クラウス教員、説明を遮って悪いが」

「ん? なに?」

「来るぞ」


 唸り声が、闇から上がる。


 クラウス教員は、恐るべき速さで魔法陣を展開しながら振り向き――闇底から、一匹の魔獣が、彼へと襲いかかった。

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