寸劇
バッと、飛び退って、イロナは顔を歪める。
「Eランク……!」
「いや、俺はラウだが」
「は、はぁ? まじで、きみ、あたしのことつけてきてるの? い、意味わかんないんだけど、なんで、あたしに固執してるわけ?
て、てか、さっきのなに? なんの魔術? きみ、Eランクなんでしょ?」
「魔術じゃなくて物理だが」
「い、意味わかんない」
「一部、仙術だしなぁ。あまり、馴染みがないとわからんかもな」
じりじりと、後ろに下がっていったイロナは駆け出し――俺は、一歩で前に回って、あくびをする。
「まぁ、そう焦るなよ。散歩でもどうだ。お菓子もたくさん持ってるから、ご馳走してやってもいいが」
「き、きみ、何者なの……Eランクじゃないの……?」
「Eランクのラウだが」
「い、今、あたし、暇じゃないから……退いてくれる? 退いてくれたら、きみと仲良くしてあげてもいいよ?」
急に、猫撫で声になった彼女は、艶かしく目を細める。
ため息を吐いた俺が、デコピンをすると「あいたっ!」と額を押さえて、涙目でその場に蹲った。
「子供が、そういうことをするな」
「は、はぁ!? ま、まじで、なんなの、きみ!? うっざいんだけど!! じゃま!! じゃまだから!! 退いてよ!!
ねぇ、退い――」
俺は、イロナの腕を引っ張る。抱き寄せてから、反転場を展開し、飛来してきた火球を掻き消す。
「まぁ、良いから付き合え。丁度、俺も、暇なんだ」
建物の隙間から、ぞろぞろと、剣呑な気配を滲ませた連中が姿を現す。銅色の魔術衣を羽織った彼らは、自身の周囲に魔法陣を展開して、数十個の火球を生み出した。
銅色の魔術師たちの胸元には、例外なく、銀の六芒星が輝いている。
「銅色の魔術衣……薔薇十字……!」
目を見開いたイロナを片腕で抱いて、俺は、丁度良い建築物を見つけ出す。
「飛ぶぞ」
「えっ、ちょっ、きゃっ!?」
翔りを発動して、建築物の屋根へと跳ぶ。片腕で抱いているイロナは、悲鳴を上げて、俺の首に縋り付く。
「撃てッ!! 殺せッ!!」
四方八方から、狙い撃ちされる。
「……まぁ、コレくらいなら普通だろ」
向かってくる火球に対して、俺は、その倍の数に調節した火球を返した。
「は、速――ぎゃぁ!?」
俺の火球に貫かれて、大半の連中が絶命する。とある喫茶店の煙突に片足で着地し、俺は、イロナの膝に手を回して抱き直す。
「な、なんなの、きみ……誰……?」
「火球大好き仙人」
とっ、とっ、とっ。
銅色の魔術衣を翻して、俺を追ってきた三人の魔術師が屋根の上に下り立った。フードで顔を隠した彼、彼女らは、ニヤニヤとほころんでいる口元から、残忍さが滲み出していた。
「おいおい、まぁじかよ、インクリウス魔術学院にココまでやべーヤツいたのか? ノーマークだぜ?」
「ネクタイの色、一年生だよ。今年の主席じゃない?」
「一瞬で、十三人の仮入会者が殺されてますからね。Sランクどころの騒ぎじゃないと思いますが」
くつくつと笑って、ひとりの男が、俺に向かって声を張り上げる。
「今直ぐ、その女ぁ、渡せ。そうすりゃ、即死させてやる」
「友達か?」
イロナに尋ねると、顔を真っ青にした彼女は首を振る。
「なら、殺すが……別に、問題はないか?」
俺が問うと、目の前の三人は笑い声を上げる。
「おいおい、まぁじかよ、このちっこい英雄、調子ノッちゃってるぜ? 『なら、殺すが……』、うははっ!! まぁじかよ、ウケるわ!!」
「あたしたちのこと、舐めてるね」
「王都に住んでおいて、銅色の魔術衣を視てもわからないとは……哀れでなりませんね」
「遺言は、それで良いのか?」
俺は、尋ねる。
「せめて、今まで、殺してきた無辜相手に謝罪してから死ね……まぁ、その血の臭いの濃さ、救いようがないか」
三人は、ぴたりと笑うのを止めて――静かに、宙空に三本の杖が浮かび上がる。
「コイツの首、オレの家の玄関に飾るわ」
「じゃあ、あたし、鼠径部から下」
「私は、指でも貰いましょうか」
そして、三人組は、同時に動き出――俺は、指を指して唱えた。
「『来い、火球』」
ドッ――指先から、噴き出した炎の塊――三人組は、驚愕で目を見開いて――その場から、消滅する。
ぱらぱらと、三人組のいた場所に灰が降る。
見上げた俺は、手のひらで灰を受けて、ふっと息を吹きかけて消した。もう片方の手で、閉ざしていたイロナの視界を解放する。
「えっ……あれ、薔薇十字の人たちは……?」
「『殺す』と脅したら、帰って行ったぞ。思ったよりも、聞き分けの良い連中で、一瞬で消えてくれた」
「…………」
俺は、イロナを抱き抱えたまま、地上に下りて着地する。
地面に下ろすと、ちらちらと俺を視ながら、彼女は腕を押さえた。
「…………」
「散歩」
俺は、再度、イロナに微笑みかける。
「するか?」
彼女は、静かに頷いた。




