お菓子とお茶
インクリウス魔術学院のある第7区から、魔導車で東へと走る。
辿り着いたのは、第21区『スウィーツ・ルイシャム』。『スウィーツ』と冠されている通り、大量の菓子店が軒を連ねていた。
停留所から、一歩出た時点で、俺たちの周囲を色彩が埋め尽くしている。
赤、青、緑、黄、橙、紫、桃……カラフルでポップな色の看板がかかり、きぐるみをかぶった店員が、空からキャンディーを撒いていた。
拾ってみると、包み紙が口の形になって『フループ魔法菓子店、好評営業中!!』と叫び――手の中で、弾けて、光の中へと消えた。
「スウィーツ・ルイシャムに来たら、フループ魔法菓子店に行かなきゃ! 古今東西のお菓子が集まってる! 中でも『弾けキャンディー』は最高だよ! ボクは、7歳の時に、口が裂けた!!」
「それは、もう、菓子じゃなくて兵器だろ」
さすがは、王国都市インクリウス……魔術師が多い。
街の通りを埋め尽くしているのは、大半は、魔術衣を着た魔術師だ。さすがは、お菓子の区画、女性の数が圧倒的に多い。
俺たちは、人混みを縫って『フループ魔法菓子店』と書かれた看板が、火花を散らしながら回転している店にまでやって来る。よくよく視てみれば、火花のように視えるのは、炭酸水の飛沫のようだ。
フループ魔法菓子店は、床から天井まで菓子で埋め尽くされていた。
コップに入ったジュースが、虹色の噴火を起こして、店の床を水浸しにしていた。蛇の形をしたグミが、柱に巻き付いていて、客たちに襲いかかっている。壁には、ゼリーで作られた槍が、大量に突き刺さっていた。
「なんだ、この地獄は」
「ラウ、とっとと、買い物しないと怪我するよ。フループ魔法菓子店の菓子は、活きが良いからね」
「…………」
「ラインが、グミに絞め殺されてるぞ。どうするんだ」
「運がなかった。諦めよう」
自力で『アナコンダグミ』を引きちぎったラインは、げほげほと咳をしながら、店の外を指差す。
「貴様ら、外に出ろ!! グミに殺されかけた友人を助けん鬼畜どもがっ!! 生きていて、恥ずかしくないのか!?」
「面白いな。世界には、こんな魔術もあるのか」
俺は、飛んできた『ゼリー槍』を避ける。後方にいたラインの顔面に突き刺さって、周囲に緑色のゼリーが飛び散った。
「ラウ、『噴火ジュース』だ。ゼンのヤツに飲ませてやろう。コレを飲まされると、鼻から虹色の炭酸水が噴き出すんだ」
「良いな、今度、飲ませてみ――おい、また、ラインが絞め殺されてるぞ」
「…………」
「学習しないヤツだね。諦めよう」
俺は、金貨を払って、大量の『弾けキャンディー』と『噴火ジュース』を買い込んだ。コレで、学院の生徒全員の口と鼻を破壊できる。
茶色の紙袋から、はみ出さんばかりに、菓子を買い込んだグールは、ほくほく顔で魔導車に乗り込む。
ゼリーまみれのラインは、腕を組んで、ぶすっとつぶやいた。
「良いか、ラウ、よく憶えておけ。フループ魔法菓子店で、買い物をするような人間は、まともじゃない。貴族の風上にもおけん畜生だ」
「スリルのない菓子なんて、菓子なんかじゃないね。紛い物だよ」
「俺は、今まで、紛い物を食べていたのか……」
「騙されるなッ!! コレが、ヤツの手口だッ!!」
俺たちは、魔導車で南下して、第22区『ティー・ブレイク・ブロムリー』にやって来る。
ティー・ブレイク・ブロムリーは、スウィーツ・ルイシャムと比べて、落ち着いている区画だ。人もそんなに多くない。ゆったりとした雰囲気をもつ区画で、小さめの図書館と喫茶店、自然公園が幾つか存在している。
停留所の周囲のベンチでは、足を組んで新聞を読んだり、本を読んでいたりする中年男性や妙齢の女性が多かった。
ちなみに、ファイと一緒に、ホットケーキを食べたのもココである。
「穴場なんだ」
通りを歩きながら、グールは言った。
「なにが?」
「最近、出来た喫茶店の制服が……カワイイ……」
「グール、貴様なぁ」
呆れたように、ラインは眉を下げた。
「ロングスカートなんだろうなぁ?」
「もちろんだ、ライン。あそこは、軟派な店じゃない。軽薄じゃないんだ。女性の脚のラインではなく、何気ない所作を味わうボクらのような紳士の行くべき楽園だよ」
ラインは、困ったみたいに、眉を下げたまま片手を上げる。
グールも、また、片手を上げて――パァン――高らかに音を鳴らして、微笑みあった。
「ラウ、君は?」
「普段、生意気な娘が、急にお淑やかになるのが良いなぁ」
ラインは、困ったみたいに、眉を下げたまま片手を上げる。
俺も、また、片手を上げて――パァン――高らかに音を鳴らして、微笑みあった。
「行こうか」
俺たちは、颯爽と、その店へと向かった。
「あれ」
数分後。
辿り着いた店の看板『クラシカル・レディ』を見上げた俺は、かつて、ファイと一緒に座ったテラス席を見つめる。
「ココ、前に来たな」
「へぇ、さすがだね、ラウ。
ボクと同時期に目をつけるなんてやるじゃな――」
「ファイと一緒に」
急に、グールとラインの目が冷たくなる。
「ん? どうし――」
パァン――同時に、グールとラインは、俺の尻を蹴り上げる。
「どうした? なんで、蹴った?」
「「…………」」
「なんで、蹴った?」
「「…………」」
「なぁ? なんで、蹴った?」
無言で、グールとラインは、テラス席のひとつに腰を下ろす。俺も、彼らに続いて、白色の椅子に腰をかける。
店内では、黒と白のエプロンドレスを着た女性たちが、忙しなく働いていた。
「ほう、良いではないか。グッド・ロングスカート。所作にも、素人味がない。雑味というものが感じられん。気に入ったぞ」
「あぁ、翻るロングスカートには芸術性を感じるね。グッド・ロングスカート。たぶん、来年辺りには、博物館に飾られてるよ」
「うん、グッド・ロングスカートだな、うん」
銀盆をもって、給仕をしている店員を視て、俺たちは思わせぶりに頷いた。
三人で「グッド・ロングスカート……」とささやいて、親指を合わせていると、ゆっくりと女性店員が近づいてくる。
「いらっしゃいませ」
笑顔でやって来た彼女は、俺たちの前にコップを置いていく。
そして、俺と目が合った。
「え? あれ~? 前に、彼女さんと食べさせ合いっこした彼氏くんじゃ~ん?」
「なんだ? 誰だ、お前?」
「え、酷いな~! ホットケーキ、おごってあげたのに~!」
「あ」
思い出して、俺は、彼女を指差した。
「ホットケーキの人か! あの時は、ありがとう! 美味しかった! お前は、良いヤツだな!」
「あはは、いいよいいよ、ありがと」
「「…………」」
俺の肩を撫でながら、彼女は笑う。
「今日は、友達といっしょ? えらいね~、彼女だけじゃなくて、友達も大切にする子はモテるぞ~! でも、あんまり、彼女さんを放っておくなよ~!」
「よくわからんが、今日は、ロングスカートを見に来たんだ。ひらひら揺れていて、とてもいい感じだと思う」
「なにそれ、えっち~!」
「「…………」」
俺の手を、そっと握って、女性店員ははにかんだ。
「奥で、じっくり、見せてあげよっか?」
「いや、いいよ。グールとラインと一緒に見るのが楽しい」
「ふぅん、じゃあ、また今度ね」
「「…………」」
ひらひらと、手を振って、彼女は去っていった。
「「…………」」
いつの間にか、グールとラインの目に冬が訪れていた。
「ん? どうし――」
自分の水を飲み干したグールは、一気に俺の分の水を飲み干した。
「「…………」」
「どうした? なんで、飲んだ?
悪いんだが、水をもう一杯、もらえないか?」
通りすがりの店員に頼んで、また、水をなみなみと淹れてもらう。
「「…………」」
無言で、ラインは、俺の水を飲み干した。
「なんで、飲んだ?」
「「…………」」
「なぁ? なんで、飲んだ?」
ふたりは、静かに、俺のコップを裏返して机に置いた。
仕方ないので、俺は、また店員を呼び止めることにする。
「悪いんだが、新しい水をもってきてくれないか?」
「はい、かしこま――あ」
俺は、その女性店員と目が合って、思わず目を瞬かせる。
「お前、なんで、こんなところにいるんだ?」
ゆっくりと、俺は、彼女を指した。
「フロン」
「……ヒトチガイデス」
銀盆で、顔を隠している彼女は、耳を真っ赤にして首を振った。




