王国都市インクリウス
ラインとグールと連れ立って、俺は、王都へと足を運んだ。
がっちりと、両側からふたりに肩を組まれた俺は、街の地図が描かれた看板を前に立ち尽くしていた。
「あっはっは! ライン、ラウ!! やっぱり、漢の休日は最高だね!! ボクたちには、カワイイ女子なんて、必要なかったんだ!! だから、止まれ、ボクの涙ッ!! デートを断られたからって泣くんじゃないッ!!」
「フハハァ!! まったくもって、その通りだなァ、グール、ラウ!! おれたちに必要だったのは、背と命を預けられる友のみよ!! 気品溢れる令嬢など連れていたら、味わえん感慨だわ!! なぜ、写真だけでフラれた!? この歳で見合いが組まれて、写真だけでフラれることが許されていいのか!?」
「あまり、メソメソと泣くな。往来なんだから。お前たちは、良い男なんだから、直に相応しい相手も見つかるだろう。その歳で、絶望して泣くな」
「「黙れッ!! 余裕ぶるなッ!! 敗者に寄り添えッ!!」」
「なんだ、お前ら、こわいなぁ……」
数分後、ようやく、落ち着きを取り戻したグールは見取り図を指した。
「ラウにとって、王都は初めてだよね。ボクとラインは地方領主の息子だから、そこまで馴染みがあるわけでもないんだけれど、何度か遊びに来たことはあるから、ラウよりかは詳しいと思う。案内するよ」
「フハハ! 王都は、あまりにも広大だ! 初見は、面食らうこともあるだろう! だが、怯えることはない!! おれたちが付いている!!」
「女にモテないとは思えないくらいに、お前らは良いヤツだなぁ」
「「次、そのセリフ吐いたら殺すぞ」」
王国都市インクリウスは、芸術、商業、教育、娯楽、ファッション、金融、メディア、専門サービス、調査開発、観光、交通、魔導技術……広範囲に当たる分野において、強い影響力があり、いち早く魔導技術を取り入れた『最先端都市』とも言われているらしい。
「例えば、路線魔導車。
運転手は、魔術の才能のない一般平民なんだ。もちろん、大した魔力もないんだけど、導魔板に魔力を通すことで、路線に沿って魔導車を走らせることが出来る。魔導技術には、魔力の量も、魔術の才能も要らないんだ」
魔導技術の一例として、グールは、数十人を収容して走る黒い車体を指して言った。
「王都インクリウスは、34の地区に分かれている。路線魔導者は、この地区間を移動するのに用いる重要な移動手段のひとつだ」
34の区画に分かれた地図を指して、腕を組んだラインは言った。
中心の第一区画『シティ・オブ・インクリウス』には、王城が聳え立っており、政治の中心と言われているらしい。
立ち入りには、厳しい検閲が敷かれており、基本的には王侯貴族や騎士、行政に携わる一部の人間しか立ち入りを許可されていないとのことだ。
「たまに、式典が行われる時には、第一区画への立ち入りを許可されたりもするんだけどね。基本的には、ボクたちには、縁のない場所だと言ってもいいよ」
「俺たちは、今、どこにいるんだ?」
「第7区画『スカーレット・サザーク』だね。インクリウス魔術学院があることから、教育区とも呼ばれているんだ」
第1区の下側にある縦長のシルエットを指して、グールは言った。
「スカーレット・サザークは、インクリウス魔術学院があるだけあって学生の数が多い。魔術学院に憧れて、外部からやって来る人もたくさんいるから、レストランや遊び場、名所がたくさんあるんだ。
他の区画にも、目玉はたくさんあるよ。例えば、第28区『ウルフ・フォレスト』にあるハンドウラス湖群国立公園とか」
「ハンドウラス湖群国立公園……」
その名前に聞き覚えがあって、俺は、ぽんっと拳を打った。
「イロナと行ったところか」
「イロナ……イロナ・アクチュエートか?」
顔色を変えたラインに問われて、俺は、こくりと頷いた。
「グール」
「うん……そっか、あの時に……まぁ、よくはないね……」
「どうした、ふたりして。俺の知らないうちに、またフラレたのか」
顔を見合わせたふたりは、重たい口を開いた。
「ラウ、あまり、イロナ・アクチュエートとは関わらない方が良いよ」
「なんで?」
「あの女には、あまり良くない噂がある」
首を傾げると、グールは、顔をしかめながら言った。
「彼女、平日の放課後に、学外に抜け出してるみたいなんだ。普段から、授業をサボったりして、教師たちからも勘ぐられてる。
好奇心旺盛な生徒のひとりが、彼女の後を追いかけたらしいけど……なんていうか、その……」
「グール、大丈夫だ。気にするな、言え。俺は、俺で判断を下す」
ため息を吐いて、グールはささやいた。
「貴族相手に、身体を売ってるらしい」
「…………」
「飽くまでも、噂だ。噂ではあるが、チンピラ紛いの連中とも繋がりがあるらしい。昨今、急増している魔導技術を用いた犯罪行為にも絡んでいる恐れがある」
両腕を組んだラインは、重苦しく目を閉じた。
「ラウ、貴様は、Eランクで……そして、おれの大切な友だ。妙なことには、巻き込まれて欲しくない。貴様の優しい心と好奇心のことは重々承知だが、イロナ・アクチュエートとはあまり関わるな」
「そうか、ありがとう」
俺は、心配してくれる友人に微笑みを返す。
「十分、注意することにする。危険な真似はしない。
ただ、少し、あの子に確かめる必要性はあるが」
大きく伸びをしてから、俺は笑った。
「さて、行くか。案内してくれるんだろ。俺は、腹が減った。ちなみに、ひとりでは、食べられないから、お前たちにあ~んしてもらう」
「いや、なんだそれ、新しい扉が開く地獄か……」
「フハハ……震えてきおったわ……」
震えているふたりを連れて、俺は歩き始める。
俺たちは、仲良く、王都巡りへと出かけていった。




